2019年3月19日

相馬市原釜漁港の漁師、菊地基文さんに聞く

引き続き、福島県相馬市からのレポートをお届けします。

2011年、震災の年から中西さんが欠かさず訪ねている相馬市。今回は、相馬の基幹産業でもある漁業にフォーカス。原釜港の漁師、菊地基文さんにお話を伺いました。



原釜をはじめ、福島の各漁協では、今も原発事故の影響で、「試験操業」という限られた形での漁を続けていますが、モニタリング検査で基準値を超える魚種は一切なく、現在、主要魚種のすべてが対象(つまり操業OK)となるまで回復してきています。そして“国より厳しい基準値”を設けて出荷するなど、風評被害の払しょくに努めてきた結果、価格も概ね回復してきているということ。

菊地さんはそんな状況の中、これまで6次化商品を手掛けたり、相馬の魚のPRイベントに参加したり、積極的に取り組んできた人物。いつも前向きで番組で取材を始めるようになった時から“悲壮感”みたいなものを一切感じたことが無い人でもあります。

あらためてそんな菊地さんに、震災からここまでの8年を振り返って思うことを聞いてみました。


◆「嫌だったことって、ほぼない」

「菊)いやもう8年かって感覚なんですけど、ただなんか震災って自分にとっては有意義な時間が増えたというか、やりたいことを形にする時間が出来たっていうような見方をしてて、自分はこの地域に何を落とし込めるんだろうとか、そういうことを考えてくと、まあ自分達も自分の子供たちの世代も、まあ面白く思ってもらえるような地域になるんじゃないかと思いますよね。いやでも自分が生まれ育ってきたこの“地元”っていうところを考えるようにはなったですよね。深く。震災前もそういうこと思ってもまあ何も行動に起こそうとかそういうこともなかったし、そういう意味では“動けるような自分になった”かなと思うんですよね、ただ基本的にこうなんでも楽しくやりたいタイプなんで事業でも何でも面白くないものやらないし、だから本当にこう嫌な事っていま思い出してもほぼなくて、だから性格に助けられてるってのもありますね。8年間・・・
哲)でもそういう菊地さんに僕も引っ張られてると思いますし、若い、漁師になりたいっていう人達っていうのも増えてきてはいるんですか?
菊)いや毎年10代の子とか入ってくる・・・今年でいうとうちの船に17歳の子が乗り始めたりとか、まあ全国的にいえば後継者不足ですけどそういう意味では相馬って漁師に魅力を抱く若者が多いってのはほんと誇らしいっていうか、そういう気持ちはあるんですよね。」



地域のことに対して深く考えるようになった”、そして考えるだけじゃなく、“動ける自分になった”・・・という菊地さんの8年。そしてその根っこには“楽しむこと”という単純明快なテーマがあって、そのスタイルこそが、新しい漁師の卵たちが次々と彼のもとにやってくるということにもつながっているのではないでしょうか。

『LOVE & HOPE』、明日も菊地基文さんのインタビュー、お届けします。

パーソナリティ 鈴村健一

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