2019年3月21日

相馬市原釜漁港の漁師、菊地基文さんに聞く

今週は先週に続き、福島県相馬市からのレポートをお届けします。

2011年、震災の年から中西さんが欠かさず訪ねている相馬市。今回は、相馬の基幹産業でもある漁業にフォーカス。原釜港の漁師、菊地基文さんにお話を伺いました。



今なお原発事故の影響による「試験操業」を余儀なくされながらも、操業対象の魚種は主要魚種すべてにまで広がり、価格も概ね回復してきているという相馬の漁業。

震災前には原釜港にも「直売センター」があって、新鮮な魚を求める多くの人で賑わっていたといいますが、じつは、そんな賑わいを再び!という計画もあるんだそうです。


◆海の幸が楽しめる拠点の計画

「菊)これから漁協の向かいに直売センターって出来るんですね。震災前にはあったんですけど、それが半分民間出資で半分行政で、第三セクターでやるんですけど、そこで魚とかを陳列したり飲食店もそこに併設するんでそこで提供したりってうような・・・
哲)じゃあここに来れば食べられるんですか?
菊)はいだからもう見たこともないような魚も丼に乗ってきたり、あると思いますよ。そういう魚・・・」



これじつはまだオフレコだったそうなんですが一足先に聞いてしまいました。“常磐もの”と言われる質のいい魚の話はさんざん聴いていますが、いまはそういった魚が食べたり買ったりできる拠点が市内に無いので、これは待ち遠しいかぎり!でもいつ開業予定なのかはまだ秘密だそうです。

少しずつ前に進んできた相馬の漁業。課題はまだまだ多いですが、菊地さん自身のこれからについて聞くと、こんな答えが返ってきました。


◆「息子のためにいい海の環境を残す」

「菊)いややっぱり基本的にはやりたいことを楽しい形でやりたいし、やっぱ息子にお父ちゃん面白いことやってるな〜っていうふうに見られたいし、お父ちゃんすげえな〜っていう目で見られたいし、だからそういう意味でもまわりの人に少しでもちょっと影響を及ぼして小さな渦でも作れればいいかなと思ってるんですけどね。息子もやっぱ漁師になりたいって言ったら嬉しいし、そのためには自分たちが浜を良くしなきゃなんないし、だからもう息子が漁師をするであろう時のための環境づくりとかしてきたいなと思いますね。俺の活力ってのもやっぱ親父すげー尊敬してっから、だから目指すところは自分の親父みたいなオヤジになりたいですよね。」



菊地さんは漁師一家の4代目。先代のお父さんは、腕利きの漁師であり、性格は明るく豪快。人前で決して弱音を吐かない男だったそうです。(菊地さんもだいぶ受け継いでいる気がしますが・・・)

いま菊地さんは42歳で息子さんが3歳。まだちょっと先ではありますが、息子さんが漁師をやりたい!という頃に、相馬の海をいい環境で手渡すために、菊地さんの役割はまだまだ続きます。



パーソナリティ 鈴村健一

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