2019年5月22日

株式会社ワンテーブル・島田昌幸 避難所での支援活動

今週は、宮城県名取市のベンチャー、株式会社ワンテーブル代表、島田昌幸さんのインタビュー、お届けしています。


名取市にお住まいがあり、東日本大震災当日は仙台にいた島田さん。震災当日は、ご家族とともに、名取市内の避難所へ避難しました。

実は当時、島田さんは、産地直送の農作物を扱う「マルシェ」の運営をしていて、震災翌日にはそのネットワークを使った支援活動をスタートさせたと言います。

◆支援物資200トンの半分は・・・
愛島台という名取の山あいのところなんですけれども、見ず知らずの我々なんかも快く受け入れてくれて、お米を炊いて、電気が止まっているので薪などを使って食べさせていただいた。その時に、支援されるのって無力だなと思って、支援する側にならなければいけないと思った。まずは流通の脆弱性をすごく目の当たりにしたんですね。コンビニだとか大手商業施設はモノが届かない。あの当時は、我々のサプライチェーンというか流通の中で最も強かったのが農業だったんですよね。山形と仙台はもともと「仙山交流」という交流があるくらいで、その中でマルシェの山形の農家の方たちが、当時はガソリンも買えない状況で、片道切符で雪下野菜を掘って、手を真っ赤にして販売をしてくれた。まず仙台市民の方たちに、マルシェを通じて野菜の供給をしたり。僕たちは4万食炊き出しをして、200トンの救援物資を運んでいたんですよね。もちろんそれは全国から皆さんが届けてくれたものですが、その200トンの救援物資は、実は約半分ぐらいは廃棄していたんです。それこそ洋服だったり布団が「ありすぎちゃう問題」。我々としてはお風呂もなかなか入れませんでしたから、衛生環境が悪かったので、どんどん服を着替えてください、捨てて、お風呂もなかなか入れない中で衣類もどんどん着せ替えみたいなことを推奨していたりとかしましたね、当時は。


東日本大震災で問題になった、支援物資が「届きすぎる」「需要と供給のズレ」などの問題。実際には、今のお話のようなことが起きていました。物資の半分は捨てられてしまっていた一方、お風呂に入れない状況では、「多すぎる洋服」は役に立っていたようです。

あしたもワンテーブル島田代表のお話です。

★株式会社ワンテーブル

パーソナリティ 鈴村健一

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