2017/08/12

第169回 スバル・360

第169回の名車ソムリエ supported by NGP廃車王は、「スバル・360」を紹介しました。

第二次世界大戦の後、日本では段階的にトラック、小型自動車の生産が許可されていったものの、
当時の日本人にとって、自家用車を所有することは夢のまた夢でした。
しかし、1950年代に入り、日本が好景気に沸くと、通産省は、通称「国民車構想」を発表。
乗用車の普及促進に向けて国全体が動き出したのです。

そんな中、富士重工業、現在のスバルが発表したのが、「スバル360」。
旧中島飛行機時代に培った技術を活かし、フレームレスのモノコックボディを採用します。
強度を保つために、デザインは独特の卵型で、車重はわずか385kgとなりました。

全体をひとつのブロックとして制作し、ルーフやドア、ボンネットは後から取り付け、
ルーフを外すことでオープンでの乗車も可能でした。
内装は軽量化とコストダウンのため、徹底的にシンプルにし、
車体の後部にエンジンを横置きにした、リアエンジン・リアドライブ方式を採用。
大人4人が乗れる室内空間を確保したのです。
搭載されたエンジンは2ストロークの空冷2気筒エンジン。
1954年に改正された道路交通取締法により、軽乗用車のエンジンの排気量は、
2ストローク、4ストロークともに360cc以下に統一されたため、
「スバル360」もこれに合わせ、規格ギリギリの360ccエンジンとなりました。

エンジンは、スバルが発売していたスクーター、「ラビットスクーター」のエンジンを流用。
最高時速は80km以上をマークしました。
当初は16馬力だったが、後に18、20馬力と改良を重ね、最終形では25馬力まで出力は向上。
さらに燃費もリッター26kmで、オートバイと遜色ないほどの高燃費を実現した。

幾度もの耐久テストを経て、1958年にデビューした「スバル・360」。
高性能に加え、当時としては破格となる40万円台の価格で歴史に残るヒットを記録!
「4人が乗れる室内空間」、「安定した加速性能」、「低価格に低燃費」、そして「耐久性」。
「スバル・360」は、国が掲げた国民車の要件を高いレベルで満たした初めての車になりました。

その後、国内自動車メーカーも次々と軽乗用車を発売。
日本初の国民車と呼ばれる「スバル・360」のヒットをきっかけに、
「自動車」というものが一気に大衆にとって身近なものになったのです。

今では切っても切り離せない「人」と「車」。
その距離を大きく縮めてくれた、まさに国民に愛された名車でした。


そんな名車「スバル・360」が発売された
1958年のニュースといえば……。

・東京タワーが完成
・巨人・長嶋茂雄選手がデビュー
・チキンラーメン、野球盤、粉末ジュースなどがヒット
・フラフープが大流行

などなど……
あなたの思い出に残っている出来事は何でしょうか?


日本や世界で行われている、ちょっと気になるエコな取り組みやニュースを紹介する
「名車ソムリエ・エコプラス」。

徳島県にある人口1500人ほどの上勝町が「ごみゼロ」の町を目指しています。

豊かな自然環境を守るためにごみを減らそうと、14年前に「ゼロ・ウェイスト宣言」を発表。
(Waste=ゴミ・浪費・無駄の意味)
現在、すべての生ごみが各家庭で堆肥化され、
その他のゴミは、なんと45種類に分別されています。

町のごみステーションには、「銀色の紙」、「割り箸」、「紙芯」などと書かれた、
手書きの看板とカゴが所狭しと並び、町民自らが細かく分別をしています。

この活動が始まったきっかけは、
1人の熱心な職員が各集落で分別の説明会を重ねたことだといいます。

そのうちにだんだんと町民の協力が得られるようになり、
町民の間に分別の意識が根付いたとのこと。
その活動は日本のみならず、世界からも注目を集めています。


この番組では皆さんの記憶にのこる名車、取り上げて欲しい名車など、お便りも募集しています。
メッセージ募集中」から送ってください。
抽選で毎週3名に「Amazonギフト券」3,000円分をプレゼント。
メッセージお待ちしています!