みらい図鑑

Vol.28 「つげ櫛」 京都

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今回は、日本人の美の象徴のひとつ、「髪の毛」にまつわるものづくり。
万葉の歌にも詠まれてきた”つげ櫛”に注目します。

鹿児島の指宿で採れる「薩摩つげ」という木を材料にして、
明治時代からおよそ130年、つげ櫛の製造・販売を行っているお店が京都にあります。



「十三や」、5代目・竹内伸一さんのお話です。

「薩摩つげというのは、なかなか木が大きくならない、
樹齢が最低でも35年くらい経たないと櫛にならない木なんです。
それをまた最低10年ぐらい木を乾燥させて、加工していく。
製造に時間のかかる商品なので、
少しでもお客さんにも長く使い続けて頂きたいという気持ちで作っています。」

木に粘りがあって硬いことから、判子にも使われている「薩摩つげ」。
細かい細工も出来る緻密な木なので、装飾の面からも櫛づくりに適しているんだとか。



美しい黄色が使うほどに、琥珀色に変わってくるのも「つげ櫛」の魅力。
髪と櫛の刃の摩擦で刃が磨かれ、滑りが良くなって、
使う人の髪にどんどん馴染んでくる「つげ櫛」は、日本全国に多くのファンがいます。

「木の櫛は、日本は木の文化と言われますが、使えば使うほど自分の髪に馴染み、
愛着が湧くものだと思うので、
そういう木の櫛を少しでも長く守っていきたいと思っています。」

汚れても水や洗剤で洗うことができない「つげ櫛」のメンテナンスは椿油。
櫛に油を漬けて一ヶ月に一回、一晩漬け込みます。
こうすることで、常に櫛の表面に油膜ができ、櫛通りも良く、髪の汚れも付き難くなり、
何十年も使えるんだそうですよ。

椿油を髪に漬け、黒髪を大事にしてきた昔の日本女性。
良質の素材を大事に使い込んでいくことが、美にもつながっていく・・・
100年先もそんな日本文化と美意識が受け継がれているといいですね。

Vol.27 「寒天」 長野県

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今回のタカラモノは、350年以上もの古い歴史を持つ、日本発祥の食材「寒天」。
あんみつなどでよく見かけますが、実は、いろんな食べ方があるんです。
例えば、「寒天ときのこのマリネ」。洋風メニューにも活躍するんですよ。



そんな寒天ですが、日本一の製造を誇るのが長野県茅野市。
「寒天の里」と呼ばれています。

寒天の原料は、「天草(テングサ)」と呼ばれる海藻。
海のない長野で、寒天が製造されるようになったのにはこんな歴史があります。

もともと寒天は江戸時代に京都で発見されました。
当時、長野の行商人が京都に行った際に寒天作りを見て修業、
故郷に持ち帰ったのが始まりだと言われています。
その後、海のない長野で生産が盛んになったのにはどんな理由があったのでしょうか?

長野県寒天組合の組合長、小池隆夫(こいけ・たかお)さんのお話です。

「もう、天保年間から180年続いています。
天候・気候が寒くて、冬はマイナス10度ぐらいで晴天続きということで、
寒天作りには一番適しているということで産地化しました。」

長野の気候条件が、寒天づくりにマッチしていたんですね。

大釜で煮溶かした天草から「ところてん」を抽出、
5cm四方に切って木の棚に並べて冬の露天にさらして、
マイナス10数度の気温で氷結させ、昼間の天日で溶かす。
この作業を10日から2週間繰り返すことによって、「ところてん」から水分が蒸発し、
ぱりぱりとした真っ白な寒天が完成します。





寒天を作り続けて50年の小池さん、未来のことをこんな風に語ってくれました。

「100年後、ちょっと想像がつかないところもありますが、
180年、曲がりなりにも続いた地域ですので、なんとか寒天を長野県の産物として、
100年後まで、みんなでがんばって続けていきたいなと思っています。」

京都から長野県の諏訪地方に伝わり、
日本生まれの天然食材として、代々、受け継がれてきた寒天。
100年後も「寒天の里」の寒天は、きっと多くの人に愛されていることでしょうね。

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