みらい図鑑

Vol.109 「笠間焼」 茨城県

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日本が世界に誇るモノヅクリ。そのひとつが、「焼き物」です。
陶器や磁器など、焼き物の産地は全国にたくさんありますが、
今日の話題は、茨城県の「笠間焼」。



江戸時代中期に始まった笠間焼、
幕末から明治にかけては、江戸に近いという理由から大量生産されるようになりましたが、
終戦後、時代の変化とともに笠間焼の需要は減り、存続の危機にまで陥ったといいます。

そんな中、厨房用粗陶品から工芸陶器への転換を図ったことで、笠間焼は復活を遂げ、
平成4年には伝統的工芸品に指定されました。

伝統工芸というと、「後継者が育たない」という声もよく聞きますが、
現在、笠間焼の職人には多くの若者がいて、
古い伝統に新たな技法が加わり、自由で独創的な焼き物がたくさん生まれています。




“和”というよりもヨーロピアンな作風が印象的な若手陶芸家、
阿部慎太朗(あべ・しんたろう)さんに伺いました。

「もし、例えば、AとBの2案があったとして、
迷ったときにどちらを選択するかといったら、
面倒くさい方を選ぼうと思っているんですね。
良いものづくりは、面倒くさいところにおそらく詰まっているんじゃないかなと
考えているんです。」


めんどうくさい方にこそ答えがある。
そんな信条を語りながら、
この春、何か気分を変えてみたいという方には、ぜひ、お皿を変えてみてほしい、とも。

「大きなお皿でも豆皿みたいな小さなお皿でもいいんですけど、
お皿一枚で、生活がすごく彩り豊かになればいいなと思って作っているんですね。
ぜひ、お皿を選んでいただきたいなと思います。」



“100年後にアンティーク食器として流通できる作品を制作したい“という思いで、
今日も制作に励む阿部さん。

幸せな食卓を願って作られたお皿を日常使いの道具として愛用することが、
阿部さんだけでなく、笠間焼そのものを応援することにもつながりそうですね。

Vol.108 「大館曲げわっぱ」 秋田県

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今日の話題は、「曲げわっぱ」です。
木材を使った伝統工芸品で、今も愛され続けている弁当箱です。
日本全国で作られていますが、代表的な産地の一つが、秋田杉を誇る秋田県の大館市。
国の伝統的工芸品に指定されています。



曲げわっぱ自体が、秋田で作られるようになったのは、なんと約1300年も前だといいます。

そして、“産業”としての曲げわっぱの始まりは江戸時代。
当時の佐竹藩の大館城主が、秋田に豊富にあった秋田杉を使って、
下級武士の副業として作らせたのが最初です。

伝統工芸士で、「柴田慶信商店」の二代目・柴田昌正(しばたよしまさ)さんに
お話を伺いました。

「大館曲げわっぱは、秋田杉で作るんですね。
秋田杉には、余分な水分を吸ってくれるという性質があるので
ご飯が冷めても美味しい、夏場も水分を調整してくれるのでご飯が痛みにくい。
それが曲げわっぱの一番の特徴なので、
その長所を伸ばしていく“ものづくり”をしたいと思っています。」



実際にどうやって、曲げわっぱが作られていくんでしょうか?

一番難しい工程は、木を曲げて端を合わせたとき全体が均一な厚さになるように、
切り出した曲げの部分の板の両端を薄く加工する「はぎ取り」という作業。

その後、はぎ取りした板を80度になるまで湯船で煮て、
取り出した板を丸太に沿って巻き、型に合わせて曲げ、木バサミで固定。
これが「曲げ加工」です。





曲げた部材は7日から10日ほど乾燥させ、接着材をつけて約1日置いた後、
仕上げの手入れが済んだら、最後に接着部分を桜の木の皮で綴じて完成。

1個の曲げわっぱができるまで、約3週間もかかるんだそうです!

しかし、本当の物語はそのあとだと、柴田さんは言います。

「曲げわっぱというのは、完成して、お客さんの手に渡ってから、
そこから物語が生まれて行くんですね。
お母さんが子供にお弁当を作って、子供が全部食べて帰ってきたときに、
お弁当を通してのお母さんと子供とのキャッチボールがそこに生まれるんですよね。
もしかしたら、曲げわっぱがツールとなって、平和にもつながるんじゃないかって、
大きいことを言いますけど、そんな風に思っています。」



素材の性質を最大限に生かす伝統的工芸品、曲げわっぱ。
みなさんも、世界にひとつだけの物語を、
曲げわっぱから作ってみては如何でしょうか?

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