みらい図鑑

Vol.42 「上毛かるた」 群馬県

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群馬県民ならば、誰もが知っている郷土かるた。
「上毛かるた」が今回のタカラモノです。

戦後まもない時期、”食べるものも着るものも十分ではないけれど、子供たちに希望を与えたい”
そんな想いから1947年に誕生した「上毛かるた」は、
群馬県の名所旧跡、偉人が札になっている44枚のかるた。

子供たちにとっては郷土の勉強にもなり、大会もあって、群馬の小学生は強くなるために、
毎日練習に励んでいるんだそうです。

群馬県民が子どもの頃から慣れ親しんでいる「上毛かるた」。
大人になって、全国に散らばった猛者たちを集めて、真の日本一を決めよう!という大会が、
毎年2月に東京でおこなわれています。



参加者は皆、真剣勝負。
大会のために合宿をしたり、ユニフォーム揃えたり、気合を入れて勝ちに来ます。



名前は「KING OF JMK」。
実行委員会の代表・渡邉 俊さんにお話を伺いました。

「一言で言うのも難しいんですが、染み付いているかるたなんですね。
群馬県民だったら、100%みんな知っているので、
かるたを思い出すと地元を思い出します。
大人から子どもまで、もっというと、お年寄りから子どもまで繋がれるツールだと
思っています。」



日本一を決める「KING OF JMK」には、大きな夢があります。

「実は今、上毛かるたをやらない子どもたちも群馬県内で増えているんですよね。
こういったイベントがあれば、やるキッカケになるのかなと思いますので、
KING OF JMKはずっと続けて、いつか武道館で開催する!と言っているんですけど、
その夢を捨てずに頑張りたいと思います。」

かるたを手にすれば、誰もが一瞬にしてふるさとを思い出す。
そんな“遊び”が、いつまでも大切に受け継がれていきますように。

Vol.41 「熊野筆」 広島県

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日本古来の筆記用具、「筆」。それが今回のタカラモノです。

筆の生産で全国シェアの8割を占めている地域、広島県安芸郡の熊野町。
町民の1割が何かしらの筆の仕事に携わっています。

熊野町に筆づくりの産業が始まったのは江戸時代末期。
明治5年には学校制度ができて、筆が多く使われるようになり生産量も大きく増加しました。

しかしその後、習字教育が廃止になったことで生産が落ち込んだのですが、
昭和30年頃からは、書筆づくりの技術を生かした化粧筆や画筆の生産も始まり、
熊野の筆産業が中国地方で、最初の伝統的工芸品として指定を受けました。



筆の文化を気軽に遊んで学べるミュージアムとして、多くの方で賑わう施設、
「筆の里工房」の河岡明日香さんにお話を伺いました。

「ここ熊野町は、本当になにもない山の上の土地なんですね。
熊野町にあるのは筆づくりの技術だけです。
職人さんの技術と勘が全てで、手作業で1本1本、作られているんです。」

筆の材料となる毛や軸は、全て県外や海外から仕入れているという熊野筆。
つまり、熊野町にあるのは“筆づくりの技術”だけ。
その優れた技術が評価されて、書筆、画筆、化粧筆のいずれも全国生産の80%を占めるほどになったのです。



河岡さんは、是非、筆による年賀状を書いてほしいと話します。

「なんとなくその人の気持ちが伝わって、嬉しさが違うかなと思うんですが、
みなさん手書きの手紙やはがきをもらったらいかがですかね。
やっぱり嬉しいですよね。
大変なんですけど、始めてもらったら嬉しいなと思います。」

筆づくりが根付いて約180年。
今もなお、筆づくりが地域を支える産業となっています。

「いつかは、筆で手書きの年賀状を書きたい」。
そう思った方は、是非、今年、熊野筆を握ってみては如何でしょうか。
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