2020年08月23日

魚住陽子『雨の中で最初に濡れる』
(河出書房新社「小川洋子の陶酔短篇箱」)

この世には、生と死の境がある。その境界線は、目に見えない。しかし人それぞれ、その境を感じる瞬間があり、また気づいていなくても、知らず知らずのうちにその境目に立っていることもある・・・。そんなことを感じさせる小説「雨の中で最初に濡れる」。主人公の「私」は、雨が降ると幼い頃の思い出が蘇えり、雨の気配とともに見知らぬ女が訪ねてきます。それが彼女にとっての生と死の境。一緒に暮らしている「彼」との日常がはかないものになり、その一方で見知らぬ女とのやりとりがリアルになっていく。最後に女が差し出した手紙は、かつて「私」が投函したものだったのか?もしそうだったのなら、そのまま「女」と一緒に堺の向こうに行っていたのでは・・・。しかしその手紙の宛名は雨に濡れ、差出人もわからないままになっていたのです。

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