JOC企画 スポーツラジオ番組 MY OLYMPIC STORY

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オリンピックには言葉にして伝えたい物語がある・・・
あのとき、あの瞬間、アスリートたちが感じた運命の一瞬を池松壮亮の朗読でご紹介していきます。Personality 池松壮亮

TOKYO FM / JFN 38 stationsEvery Saturday 22:30 - 22:55

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OnAir Report - オンエアレポート

伊達公子 の、運命の一瞬

2020.09.12

【2020/9/12 O.A】
マイ オリンピック ストーリー。
アスリートたちが感じた運命の一瞬。

今週は、日本の女子プロテニス・プレーヤー
伊達公子の運命の一瞬をお届けしました。

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1996年7月29日、

アトランタオリンピック、女子テニス、準々決勝。
     
日本のエース、伊達公子は、
     
コートで対戦相手のサンチェスを見据えた。
     
ひといちばい、負けず嫌いな性格。
     
鋭い目線がネットを越える。
     
世界を相手に闘える、日本の女子テニスプレーヤーとしての
     
風格が、会場を支配した。
     
「勝てる」
     
伊達の目には、そんな自信がみなぎっていた。
     
アジア出身では史上初めてとなるシングルス世界ランクトップ10
     
入りを果たし、前年は、世界ランキング4位。
     
ついにここまできた。
     
彼女の「ライジング・ショット」が炸裂するのを、
     
会場の、そしてテレビの前の日本人は、期待していた。
     
伊達についたニックネームは、「ライジング・サン」。
     
日の出のときは、近づいていた・・・。

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伊達公子

1970年9月28日、京都市出身。
小学1年生からテニスを始める。
兵庫の園田学園高等学校3年生のときの
インターハイで、シングルス・ダブルス・団体で3冠を獲得。
卒業と同時にプロテニス・プレーヤーに転向。
1990年全豪でグランドスラム初のベスト16入り。
1993年全米オープンベスト8入り。
1994年日本人選手として初めてWTA世界ランキングトップ10入り
を果たす。1995年WTAランキング4位に。
1996年有明コロシアムでのフェド杯では当時世界1位だった
シュテフィ・グラフを撃破。
1996年に引退するが、2008年奇跡の復活。
2009年にはWTAツアーハンソルオープンにて優勝。
全豪オープンオープン化以降の勝利、ウィンブルドン3回戦進出の
最年長記録を保持。
2017年9月、現役生活にピリオドを打つ。

大坂なおみ選手の戦いぶりが連日届き、いよいよ全米オープン決勝が明日に迫りました。
そんな中、マイオリンピックストーリーは、日本のテニス界のレジェンドに注目。
伊達選手の不屈の魂の源にフォーカスしました。
日本の女子テニス界を牽引してきた彼女は、
大坂選手の戦いをどこで見守っているのでしょうか。
健闘を祈ります。

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