石丸:池井戸さん、今週も宜しくお願いします。
3週にわたって、人生で大切にしている“もの”、“こと”についてお伺いしてまいりましたが、最終週は、時を重ねながら長く大切にしてきたことについて伺いたいと思います。
それは何でしょうか?
池井戸:作家であり続けるための、努力の継続ですね。
石丸:池井戸さんはもともと別の仕事をなさってたんですよね?
池井戸:そうですね、金融業界でサラリーマンをやってたんです。その後、1年少し、コンサルタントをしつつ、ビジネス書を執筆していたんですね。それから、小説を書くようになり、江戸川乱歩賞を頂いて、ミステリー作家になったのがスタートですね。
石丸:物書きになりたいと思われたのは、いつ頃なんですか?
池井戸:子供の頃から思っていました。小説というものを初めて書いたのは高校生ぐらいで、2〜30枚ほどの変な時代物だったんです(笑)。大学に入ると、青春物を書いていましたね。最終的には、会社などを舞台にした小説を書くようになりました。
石丸:今は、企業物が多いですね。
池井戸:同じ路線でずっと書いてきたというよりは、いろんなジャンルを書いてきたという感じですね。
石丸:これまでに書いてきたものを、今も書きたいっていう思いはありますか?
池井戸:あまりないですね、書きたいものはいつも変わるんですよ。
石丸:どういう時に「書きたいもの」が湧き上がってくるんですか?
池井戸:だいたい作家というのは、編集者に「こういうのを書きたいです」と伝えると、「いいですね」といった返事が戻って来て、という感じなんですね。僕の場合、出版社から「こういうのを書いてください」と言われることはあまりないですね。
石丸:じゃあ、いつも、お好きなものが書けるということですよね。
池井戸:そうですね、問題はそれが売れるかどうかで、そこが大事なんですよ。
石丸:どうやったら、売れる・売れないの線引きができるんですかね?
池井戸:まず、分かりやすさ、ですね。これは絶対に必要な条件だと思います。
石丸:どのあたりの読者を対象に、分かりやすさの線を引くのでしょう?
池井戸:ビジネス経験のない30〜40代の女性が読んで理解できるものでしょうか。あとは、専門用語や横文字をあまり使わないようにしています。「つまらない」って言われるより、「難しい」と言われる方がショックなんです。
石丸:そうなんですね。私は、ドラマ「半沢直樹」で銀行の支店長役を演じることになった時、実は、銀行の仕事についての知識が全くなかったんです。だから、原作を読みながら、“銀行員って、こういう仕事をしているんだ”と学んだようなものです。
池井戸:はい。
石丸:俳優やりながら、ちょっと銀行員になったような気持ちになれる、そこが気持ちいいんですよ。
池井戸:実際にはかなりデフォルメしていますし、全体のある一部分しか表現してはいないんですけど、そう思っていただけたのなら、あの小説の企みは成功したといえると思います。