石丸:このサロンでは、人生で大切にしている“もの”、“こと”についてお伺いしていますが、今週はどんなお話を聞かせていただけますか?
松之丞:今日は「師匠の言葉」についてです。
石丸:松之丞さんの師匠は?
松之丞:神田松鯉と言いまして、いま七十六歳です。神田松鯉の芸が本当に好きで入門願いに行きました。
石丸:おいくつのときでしょうか?
松之丞:私が24歳のときに入門に行きまして、うちの師匠は当時、65歳でした。
石丸:弟子入りされる前は自主的に何かをやっていたんですか?
松之丞:全く何もやっていなかったです。
石丸:では、“好きだ”という思いのまま飛び込んだのですね。
松之丞:そうです。良く言えばまっさら。悪く言えば何もないです(笑)。
その状況で「弟子にさせてください」と願い出て、ひとつ条件を提示されました。
「絶対辞めるな」
これが今日の師匠の言葉なのですが、
「俺が破門するときは別だけど、お前から絶対辞めるな。それが条件だけどいいか」
と言われました。そのときは「はい!」と言いますよね。
でも、その後の修行が辛くて…そのたびに師匠の言葉を思い出していましたね。
石丸:どんな修行があったんですか?
松之丞:落語芸術協会という所で、落語家さんと一緒に修行をしていたのですが、
僕は、落語芸術協会の修行と講談修行の2つをせねばならない。だから2倍辛かったです。
石丸:ということは、落語の師匠もまた別にいらっしゃるんですか?
松之丞:いえ…師匠は松鯉だけです。うちの師匠が芸術協会にも所属していたので、“お前もこっちに来い”ということで。
両方の場所で修行をさせてもらうのは、今考えるとありがたいのですが、当時は厳しかったです。
前座修行は、まず、お茶を出すことから始まります。
石丸:これは、師匠に対してですか?
松之丞:いえ、そこにいる人全員にです。温かいお茶が好きな人、ぬるいお茶が好きな人、あるいは麦茶が好きな人……。季節や天候によって、好みは変わりますよね。それを相手に訊ねるな、察するのが芸人だということなんです。
「客商売なんだから、いずれそれが役に立つ。俺の気持ちを察しろと、それが修行なんだ」と。言われてみると、すごく合理的なんですよね。
石丸:確かにそうですね。お茶だけではなくて、ありとあらゆることに繋がりますね。