石丸:このサロンでは、人生で大切にしている“もの”、“こと”についてお伺いしているのですが、今週はどんなお話を聞かせていただけますか?
佐藤:今日は父が使用していた「コンパス」についてです。
石丸:コンパスというと、私も小学生の頃に使っていた記憶があります。お父様が使っていた「コンパス」ということは……。
佐藤:父がデザインの仕事をしていたので、小さい頃からプロ用の道具が身の回りに転がっていたんですよ。(父親が)使わなくなった物を「なんだ、これ?」と思って、私が遊び道具として使っていたんです。
石丸:今日、お持ち頂いています。色が渋いですね。何色って言うんでしょうか。
佐藤:“金属部分が時間を経て錆びて腐食している色”ですね(笑)。
石丸:どういったところが“プロ用”なんですか?
佐藤:コンパスは、広げたり閉じたりして円の大きさを調整したりするじゃないですか。やはり(プロ用は)正確に描けるようになっているので、そういったジョイントの部分が硬いんですね。
石丸:ちょっと硬くて開き難い?
佐藤:もの凄く正確に(図形を)描き続けなくてはいけないので、子供用のとは違って、簡単に(ジョイント部分が)動いてはいけないんです。だから一回決めたら動かないようになっているわけですね。そういう物を「なんでこんなに硬いんだ!」って思いながら、遊び道具に使っていました。
小学校の算数の授業だったか、先生から「駅前の文房具屋に行ってコンパスを買ってきなさい!」と言われたわけです。それで、鉛筆を差し込んで使うプラスチックのコンパスを買ってきたんです。そうしたら、自分が遊んでいたコンパスとあまりにも違う。“この違いは何なんだ?”って思って。
石丸:小学生の時に実体験したのですね!
佐藤:“本物”と“そうでない物”の違いを何となく感じたんでしょうね。“同じコンパスって言われているのに何でこんなにも違うのか”という疑問が自分の中にずっと残っていて、その積み重ねがクリエイティブにプラスになっていると思うんですけど。
石丸:やはり、小さい頃から本物を知るというのは、大事なことなんですね。
佐藤:今から思うと…ですね(笑)。後々、“凄く良い物”と“良い物”と“そうじゃない物”の違いが良くわかったんです。
石丸:だからこそ、お父様と同じ仕事に就くことになったんでしょうね。
佐藤:薦められたことは一回もないんですけどね。ただ自然と…(グラフィックデザイナーを目指していた)。あともう一つ、学科の勉強がまるで出来なかったので。
石丸:いわゆる国語、算数、理科、社会ですね?
佐藤:もう何しろ嫌いで(笑)。なかば逃げるようにデザインの世界を選びましたね。
石丸:逆を言えば、デザインに夢中で、それが自分の心を大きく占めていたということですね。
佐藤:知らないうちに(笑)。