石丸:このサロンでは人生で大切にしている“もの”、“こと”をお伺いしていますが、今日はどんなお話をお聞かせいただけますか?
井上:今日は「劇場」についてです。
石丸:我々の“住処”ですね。
井上:そうですよね。石丸さんも劇場に住んで長いですよね(笑)。
石丸:私は(劇場に住んで)30年。あなたは20年じゃないですか!
そもそも、ミュージカルに惹かれたきっかけとなる作品は何だったんですか?
井上:小学4年生の時にたまたま家族で観に行った、劇団四季の「キャッツ」がきっかけです。その時は福岡に住んでいたんですけど、懐かしのテント劇場でした。
石丸:百道浜でやっていたよね。その時はどんな印象を持ったの?
井上:「キャッツ」って、ミュージカルの中でもちょっと特殊ですよね。“劇場”といってもサーカスみたいな雰囲気があって、入る時から既にワクワクしていました。開幕のとき、客席に猫役の役者さんがたくさんいて、ビックリしました!
石丸:最初から、ゴソゴソ出て来るもんね。
井上:それから後に別の作品も観るようになりましたけど、「キャッツ」から入ったので、“ミュージカルは別世界”という印象が強かったですね。
石丸:たしか、アメリカに引っ越して(Vol.62を参照)、ブロードウェイのミュージカルに大きな影響を受けたんだよね。
井上:父親が大学で心理学を教えていて、その勉強のために1年間アメリカに移り住んだんです。僕は中学2年生くらいで、ノースカロライナという田舎の州には日本人が1人もいなくて。だからある意味、別世界というか…本当の“別世界”に行ってしまったんです(笑)。英語が喋れないので現地の学校が本当に辛くて…。もう、最悪な1年でした。だから、ブロードウェイでミュージカルを観ることだけが心の支えでした。
石丸:そうかぁ。
井上: 1年の内に2回(ミュージカルを観に)連れて行って貰いましたね。それぐらい、ミュージカルだけを心の頼りにしていましたね。
石丸:ショーを観ることで、芳雄くんは、救われた?
井上:(ショーを観るにも)色んな楽しみ方があると思うんです。自分の生活と地続きのものを観て、色々な事を知ったり感動したり出来るし、(自分の生活と)全然、別の世界へ行って心が軽くなるという楽しみ方もあると思うんです。
いずれしても、大変な毎日の中で、“それ(ショーを観る)だけを頼りになんとか頑張れる”という作用や効果は、文化、芸術にあるはずですよね。
石丸:僕らのパフォーマンスに足を運んでくださるお客様も、そんな思いを抱いて劇場に来てくださってるのかもしれないね。
井上:4月、5月は、皆、その楽しみが出来なかったんです。
石丸:新型コロナウィルスの影響で、色んなダメージを受けたよね。
井上:そうですね。僕も、こんなに休んだことがないってくらい休みました。
石丸:何が飛んだの?
井上:チェーホフの「桜の園」を演るはずだったんです。舞台稽古まで行ったら、その直後に緊急事態宣言になって、舞台上で1回も通せずに出来ずに終わってしまったという。
石丸:あと少しで達成出来たことが途絶えてしまった時の、行き場のない気持ちって…“絶望感”とでも言うのかな。
井上:それでも、「命より大切なものはない」という結論に至るんですよね。それも真実だと思います。これまで僕は、目の前のことで精いっぱいで、自分達が置かれている状況を冷静に考えたことがなかったけれども、(コロナ禍で)良くも悪くも“突きつけられた”気がしますよね。演劇と余り関わりのない方々からどう思われているか、ということに直面したと思うんです。
石丸:そうだね。そのような中で、我々の業界は(演劇界は)どうなっていくと思う?
井上:周りの同業者やスタッフの皆さんと話していると、ダメージを受けてはいるけれど、それでも、力強く前を向いて進もうとしているんです。制限は色々とあるけれど、“始めなければずっと止まったまま”なので、まずはやれるところから始めてみようと。その力強さが頼もしいなって思いますよね。
石丸:芳雄くんの文章を読んだけれども、誰かが何かを言い始めないと、動かないよね。我々の活動を “知って貰う”というのは、本当に大事なこと。“彼らのサポートを出来ないか?”と思ってくれる人は、そこから生まれてくるわけだし。
井上:“知って貰う”ことは、本当に難しいですよね。でも、「これを機に演劇界を助けよう」と、色んな基金や機構が出来たんですよ。
あとは「横に繋がろう!」という動きも出てきて、東宝から劇団四季から宝塚から…皆が繋がる機構が出来たんですよね。今まではなかったんですよね。
石丸:不思議なことにね。“俳優組合”も、いまだにない。
井上:アメリカのような、本当の意味での“組合”はまだですけど、その必要性や情報の共有の動きが出てきたのは良いことだと思いますね。
石丸:そうだね。
井上:自分達と社会と、どう繋がって行くのか。またこの先、新型コロナや震災とかが起こるかも知れない。そのためにも、“演劇や文化、芸術ってやっぱり素敵だよね”と知って貰うことが大事になってくるのではと思います。
石丸:今はまだ経済活動や社会活動が本格的に動いてはいないけれども、そうなった時にまず何がしたい?
井上:まず劇場に戻りたいと思っています。「桜の園」で舞台稽古に入ったとき、“こんなに感動したことはない”ってくらい感動しました。客席、舞台裏が、もう愛おしくてしょうがなかった。やっぱり、人に会いたいし、人の前で演りたい。
石丸:そうだね。今までだっていい加減な気持ちで(舞台に)立ってはいなかったけれど、“種類の違う”真剣味というか…。「エンターテイメントをこれからどうやって支えて行こうか」ということを考えつつの歩みになると思う。
井上: 石丸さんに出て貰う予定だった、僕のスペシャルライブ。あれ、国際フォーラムで5000席なんですよ。今はまだ想像がつかないけれど、いつか、満席になったら、本当に泣いてしまうくらい感動するだろうなって思いますね。だからその日を待ちたい。
石丸:その日を待ちたいし、引き寄せたいね。
井上:いつになるかは分からないけど、その日は必ず来ると信じています。
石丸:その時は、また私を呼んでください(笑)。
井上:僕も呼んでください(笑)。
石丸:さあ、そんな芳雄くんにとって「劇場」とは何?
井上:僕が好きな言葉で、井上ひさしさんの言葉があるんですけど、「劇場は夢を見る揺りかごだ」。
石丸:「夢を見る揺りかご」。
井上:この言葉には続きがあって「その夢の真実を考えるところ」。もちろん楽しくて夢を見られるのもあるし、それだけでなく、元の生活に戻った時にも使えるような“アイデア”や“考え方”を貰えたり、考えたりするところ。僕にとって、生きていく上で必要な場所、ものだと思いますね。