石丸:これから5週に渡り、どうぞ宜しくよろしくお願いします。
舞の海:宜しくお願い致します。
石丸:このサロンではゲストの皆さんに人生で大切にしている“もの”、“こと”、“ひと”についてお伺いしておりますが、今日はどんなお話を聞かせいただけますか?
舞の海:今日は「師匠の言葉」についてです。
石丸:舞の海さんの師匠と言いますと、元横綱の佐田の山、出羽海親方のことですね。
舞の海:はい、そうです。
石丸:どういった師匠でいらっしゃいましたか?
舞の海:厳格な親方で、近寄り難かったですね。
石丸:じゃあ、昭和のスパルタなご指導だったんですか?
舞の海:昔はスパルタだったみたいですね。
石丸:“以前は”、ですか?
舞の海:私が入門した頃は、スパルタはなかったですね。スパルタではなかったんですけど、そうしなくても(師匠は)恐ろしくて。
師匠が稽古場に降りてくると“ピーン!”と空気が張り詰めて、緊張感がありましたね。威厳があり過ぎて、叩いたりする必要がないんですよ。
それと(師匠は)時代の先を読む力があったと思います。と言いますのは、兄弟子が下の力士の髷を引っ張ってしごいていたり叩いたりすると、「そういう事はするな。一人一人に尊厳があるんだ」と言って凄く怒っていましたね。ですから20年30年は先を行っていたと思います。
石丸:そうなんですね。
舞の海:今はそういう時代ではないじゃないですか。
石丸:現在は確かにそうですね。入門したばかりの頃、厳格な師匠からどういった話をされたんですか?
舞の海:私は入門した直後に、師匠に対して凄く不信感を感じていたんですよ。と言うのも、私は大学を卒業して3月に行われる春場所の新弟子検査を受けたんですが、身長が足りなくて。私は169センチなんですが、173センチないと入れないんですよ。
石丸:というと、4センチ足りないということですね。
舞の海:でも、“出羽海部屋に入って相撲界に入る”と決めたわけですから、その4センチの不足については、師匠が裏で根回ししてくれて検査に合格できると思っていたんです。
石丸:あっ、そうなんですか。
舞の海:ところが検査で落とされてしまい、2ヶ月後の5月場所の新弟子検査で、頭にシリコンを入れて……。
石丸:あの有名な。
舞の海:やっと合格したんですよ。それはもう痛くて。痛みを通り越すと平衡感覚がなくなってくる。それから心臓があおられ吐き気もする。
石丸:そこまで!
舞の海:痛みが出てきたり止んだりするわけでなく、ズーッと激痛が続くわけですよ。だから気がおかしくなりますよね。
石丸:そりゃそうですよね。寝ても覚めても激痛なわけですから、出来るならば早く取りたくてしょうがないですもんね。
舞の海:出来たら取りたいですし、師匠が根回ししてくれればそういう事をする必要もなかったわけですよ。
石丸:それで(不信感を抱いて)恨んでいたと。
舞の海:恨みました。
石丸:その時に「大丈夫だから」とか口約束はなかったんですか?
舞の海:言われなかったですね。
石丸:では、コミュニケーションなしで新弟子検査を受けに行って。
舞の海:それで(新弟子検査に)合格をして入門をして、師匠に「どうして根回ししてくれなかったんですか?」って聞いても、師匠はニコニコ笑っているだけなんですね。納得がいかないわけですよ。
石丸:それはそうですね。
舞の海:それで何度も聞いたら、「じゃあ本当のこと言う。お前は大学の時に就職が内定していた。何もこの小さな身体で(相撲界に入って)苦労する事はない、だから一度検査を落ちれば諦めてこいつは帰ってくれるだろう」と師匠は思っていたらしいんですね。
石丸:舞の海さんが次にどういう出方をするか、どれだけの覚悟を持っているか試したんですね。
舞の海:そうだと思います。師匠に最後に「本当にその身体でやる気があるのならば、一度検査を落ちても必ず戻ってくると思っていた」と言われた時に、“そういうことだったのか!”と。生半可な気持ちで挑戦しに来たのであれば、身体も小さいし直ぐに辞めて行くだろう、だったら大人しく就職した方が良い、という事だったんでしょうね。
石丸:力士になった後、その経験はどのような影響を及ぼしましたか。
舞の海:“一度落ちてシリコンを入れて苦しんだからこそ、この苦しんだ元を取らなければいけない”と、そういう気持ちになりましたね。
師匠も私の知人に「あいつはシリコンがあったからこうやって頑張っているんだ」って言っていたのをチラッと聞いたんですよ。
石丸:入れた方の身にもなって欲しいですよね(笑)。
舞の海:そうなんですよ(笑)。
こんなこともありました。幕下から十両に上った新十両の最初の場所の、しかも大切な初日、難波の府立体育館に行くまでの高速道路で事故渋滞に巻き込まれて、車が動かなかったんです。体育館に着いたときには土俵入りが終わってました。
石丸:そういう事が!
舞の海:相撲の取り組みには何とか間に合ったんですけど、前代未聞です。
新十両ですから、土俵入りの時、カメラで抜こうと待ち構えているわけですよ。それが、「あれっ居ませんね?」「どうしたんでしょう?」となるわけです。例えば怪我をしたなら出ているはずの休場届も出てないし、「何だろう? 何だろう?」となるわけですよ。
それで、土俵入りは間に合わなかったんですけど、取り組みには間に合って、勝っちゃったんですよ。たしかに嬉しいんですけど、嬉しくないんです。“これは大変なことをしてしまった。解雇だ”と。
石丸:もう自分の中では解雇だと思ったんですね。
舞の海:その日は師匠と会えなかったものですから、二日目の朝にまわしを付けて稽古場に降りたんです。そしたら師匠が、「お前は、昨日はなぜ勝てたか分かるか?」っていきなり言い出すんですよ。何も返す言葉もなくて下を向いていると、「土俵入りに遅刻したからだ。だから緊張しないで相撲が取れたんだ。今日も遅刻してみろ」って。
石丸:それは凄い!(笑)
舞の海:師匠とか上に立つ人の懐が深いと、本当に救われますね。
石丸:本当ですね。頭ごなしに叱らず、そういう言葉で取り組みの事を労いつつ。
舞の海:それと新十両ですから、関取として初めての場所なんですよ。ですから気疲れというのが物凄くあるんですよ。そういうことも分かった上で、“ガツンと怒ったらしょんぼりして二日目から自分の力を出せないだろう”と、そういうことも考えてくれたんじゃないかなと思います。
石丸:見てらっしゃるんですね。
舞の海:いつも師匠に言われていた言葉が、「勝っても威張るな、驕るな。負けても僻むな(ひがむな)。自分の努力が足りなかっただけだ」と、「勝負が終わってただ礼をするのではなく、勝った力士は相手に対する感謝の気持ちを、負けた力士はもう一度鍛え直してきますという気持ちで礼をしろ」。
石丸:そういうことなんですね。
舞の海:この言葉はいまだに思い出しますね。この、“芸能の世界”というのは曖昧ですよね。勝ち負けがないじゃないですか?
石丸:ないですね。
舞の海:運だけで上がれたり、努力しても実らない人がいたりとか。ですから、やっぱり僻みたくなるわけですね。人間はそういう根性が心の奥底にあると思うんです。そういう時にこそ師匠の言葉を思い出しますね。
石丸:そうなんですね。
舞の海:「潔く認める」とか「良い仕事をした人には拍手を送る」とか、そういう人間にまでは到達してないんですけど、そうありたいなと思っています。
石丸:師匠が、舞の海さんの心のサポートなんですね。
舞の海:そうですかね。“人はやっぱり言葉によって生かされ支えられているのかな”と、最近になってしみじみと考える事はありますね。
石丸:後にご自分の後輩にあたる力士達にも言葉をかける機会とかは?
舞の海:それは出来ていないです。でも言葉をかけるとすれば、ほとんどが師匠からの受け売りになると思いますね。
石丸:それは“伝承する”という意味で大事な事ですよね。
舞の海:そうですね。大先輩達はそういう想いで精進して来たんだなと。尊敬は忘れてはいけないですよね。