石丸:4週目になります。立川志の輔さん、今週もよろしくお願いいたします。
このサロンでは人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしておりますが、今日はどんなお話をお聞かせいただけますでしょうか。
立川:今日は「お蕎麦と梅干しについて」についてです。
石丸:では、まずお蕎麦についてお伺いします。
立川:石丸さんは、お蕎麦とうどんでしたら、どっち派ですか?
石丸:僕は蕎麦派です。うどんも香川のうどんとか好きなんですけど、蕎麦のあの色といい歯ごたえといい、熱いのよりは冷たいのをつるつるっと食べるのが好きです。
立川:そうですね。確かに冷たいお蕎麦、温かいうどんって感じがしますね。僕も両方好きなんですけど、戸隠で毎年落語会をやっていたりするもんですから、蕎麦の旨さは全国各地で色々味わせてもらっています。
僕が今日言った「お蕎麦」というのは、お蕎麦そのものより「お蕎麦屋さんで呑む時間」がたまらなく好きなんです。
石丸:“呑む”というのは、蕎麦を食べる前にいろいろアテをつまみながら、ちょいちょいとお酒を呑む…という事ですね。
立川:そうです。それで、“お前の都合で勝手なこと言うな”とおっしゃるかもしれませんが、電波を借りて全国のお蕎麦屋さんにお願いしたい事があるんです。「昼から夕方にかけての休憩時間を、出来る限り無くしていただけませんかね」って。
石丸:それは何故ですか?
立川:私たちの仕事は何時に終わるか分からないので、仕事が終わったお昼の2時半ぐらいに“蕎麦でも行くか”と思って行くと、ちょうど休憩時間なんです。
お店には申し訳ないですけど、昼の混雑が途切れて、自分や自分と一緒に行った人しか居ない時に“板わさ”を注文してちびちびお酒を呑む時間が、この上ない幸せな時間なんですよ。
石丸:全国のお蕎麦屋さん、志の輔さんの為にぜひお店を開けてください(笑)。
立川:一緒に行った人と締めのお蕎麦にいくまでの穏やかな時間も好きですし、1人で新作落語を考えるとか、“明日の高座で何を喋ろうかな”と思ってお蕎麦屋さんに置いてある新聞をじっと読んで、“ああそうか、今(の世の中)はこういう話になっているのか” と思ったりする時間は、お蕎麦の味と共に他のものに代えられないんですよ。
石丸:確かに。お酒を呑んで締めのお蕎麦に至るまでは、フルコースみたいなものじゃないですか。お蕎麦屋さんって放っておいてくれますので、“好きなだけ居てもいい”って勝手に思ってますけれども。
立川:私も勝手にそう思っているんですよ。冷静に考えると“それだけしか注文してないのか”っていう感じで、お蕎麦屋さんに申し訳無いんですが(笑)。
でも、私に言わせると、お蕎麦屋さんにしか作れない時間なんですよ。
石丸:では次に、梅干しの話を聞かせていただけますでしょうか。どういう梅干しがお好きなんですか?
立川:真っ赤で汁が沢山、紫蘇の葉も十分付いていて、しょっぱくて、一個あればお茶碗いっぱいのご飯が食べられる、そういう梅干しです。
石丸:大粒ですね。
立川:大粒です。そして皮が薄くて、やわらかです。
色んな番組で“最後の晩餐は何が良いですか”とか言われるじゃないですか。最初は富山出身だから「ホタルイカが食べたい」とか、「富山湾の宝石と言われている白エビをご飯の上にのせて食べたい」とか、「柔らかい殻の紅ズワイガニが食べたい」とか色々言ってはみたものの、最後はうちの富山県の実家のばあちゃんが漬けていた梅干しに戻るんです。
石丸:その梅干しですか。
立川:結局、他に何があろうと最後の晩餐に必要なものは「ばあちゃんが漬けた梅干し」という話を昔からしてきたかは分からないですけど、うちの息子がその梅干しが大好きになって、梅干しのことを研究して会社を立ち上げたんです。でも梅干しを作っているんじゃなくて日本中で梅干しを作っている皆さんをご紹介しているんです。
先ずは食べて貰わないとしょうがないので、ソラマチの4階に小さなお店を出して、そこに30種類ぐらいの梅干しを置いています。焼き梅とかキムチ梅とか私が一番好きなタイプのシンプルな梅干しとか。
梅干しの文化は絶対に無くしちゃいけないというので、それぞれの梅干しを作った人達の所へ行って製法から何から学んで、作っている人達の事も含めて皆さんに伝えています。そして、うちの息子が一番最初に「備え梅(そなえうめ)」というのを発案したんですよ。
石丸:そうなんですか。“備え梅”?
立川:“備える梅”という意味で、梅干しは3年間は保存が出来るんですよ。それを防災袋があればなお良いですが、何か袋に入れておいて玄関でもどこでも置いて、災害の時に持って避難してください。梅干しで沢山の唾液が出て、生命に大きな影響があるんです。
石丸:唾液は大事ですもんね。
立川:大事です。梅干しがあるという事はとても大事な事なので、皆さんに備えておいて欲しいと。
石丸:それで「備え梅」ですか。
立川:“窮地に立たされても何とか日本が救えるような物が出来ないか”という想いから作ったようです。
石丸:そうなんですね。梅干しってそういう意味では万能食品ですよね。
最近僕が受けたPCR検査では唾液を取るんですけど、梅干しの絵を見ながら唾液を取りました。
立川:そうなんですってね。僕が検査へ行った所にはその絵は無かったんですけど、外国から帰ってきた方の成田(空港)のPCR検査の所に梅干しの写真があったそうです。
石丸:まさしくそれです。紫蘇付きでした(笑)。“梅干しの力ってこんな所で発揮されるんだな”って思いました。
立川:温暖化か何か分かりませんけど、梅干しの梅林が段々減って、梅干しが貴重になる時代が来るかもしれないから大事にしていかなきゃいけないと息子は思っているらしいです。でもこうやって喋っていると、どんどん唾が出てきますね。
石丸:出てきますね。
立川:ぜひ梅干しの美味しさを味わっていただけたらと思います。
石丸:さて最後に、話は飛びますが、英語で落語をやっていると伺いました。
立川:私の3番目の弟子が志の春って言うんですけど、(アメリカの)イェール大学を出て(日本の)商社に入社したんです。日本に帰ってきて3年目に僕の落語と出会って、「入門させてくれ」って言ってきたんですよ。「お前、もったいない事をするな」って言ったんですけど、(入門して)今、彼は世界中で落語が出来るんですよ。
英語で落語をするという事について、1つだけ話の内容が中々伝わらないだろうと思うのは、英語では偉かろうが偉くなかろうが若かろうが若くなかろうが、自分の事は I(アイ)で、相手はYOU(ユー)じゃないですか。
石丸:確かに。
立川:日本語は自分の事は、「私」「僕」「拙者」「手前」「おいどん」と色んな言い方が出来るし、相手のことも「君」「あなた」「あなた様」「貴様」「てめえ」「この野郎」「おい」とかあります。
石丸:そうですね。
立川:いっぱいの I(アイ)があって、いっぱいのYOU(ユー)があるんですよ。そのお陰で、お客さんに説明しなくても状況が分かるんですよ。“だから英語圏のアメリカには、こういう(落語)は生まれないんだろうなあ”と思うんです。
だから、 “英語で落語をやったとしたら大変だろうな”という事をお弟子とよく話をするんですよ。「“この人はこういう人で”という説明を足していかないと落語にはならないから、その部分は苦労します」と言っていました。でも偉いですよ。外国へ行って英語で落語をやって、外国人が笑ってますもん。