石丸:さだまさしさん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“できごと”をお伺いしております。今日はどんなお話をお聞かせいただけますでしょうか。
さだ:今日は僕の憧れの「ポール・サイモン」についてちょっとお話をさせていただこうと思います。
石丸:ポール・サイモンと言えば「サイモン&ガーファンクル」のサイモンですよね。
さだ:そうです。僕が最初に「サウンド・オブ・サイレンス」という曲を聴いたのは、中学の2年なんです。“ギターって、こんなに綺麗な(音)なんだ”っていう感動があったんですね。それで“「サウンド・オブ・サイレンス」って響きは良いけど、どういう意味だろう?”と思って、辞書を引くわけですよ。
石丸:はい。
さだ:サウンドは「音」、オブは「何々の」、サイレンスは「沈黙」と書いてあるんですよ。“沈黙の音? 沈黙に音があるんですか!”っていう衝撃ですよね。“この人、なんだろう?”っていうのがポール・サイモンに対する最初の衝撃でしたね。
石丸:そうだったんですね。実際に「沈黙の音」、その曲を聴いて、ご自分の中で答えは出ましたか。
さだ:うーん、よく分からないから、どんどん(追いかけて)行くんですよね。
石丸:そういうことですね。
さだ:ポール・サイモンのことを追いかけてるので、彼が音楽雑誌に載ると読むじゃないですか。ちょうど「関白宣言」を作った79年ですかね、『プレイボーイ』っていう雑誌にポール・サイモンのロングインタビューがあって、そこで「たかが音楽、いつでも辞められる」って小見出しがあったんですよ。“こんなに憧れている人間がいるのに「たかが」って言うなよ”ってカチンときたんですよね。
石丸:はい。
さだ:その当時、ワーナーで同じレーベルだったので、僕、冗談でワーナーの日本の社長に「ポール・サイモンの言ったことで気に入らない言葉があるんで、ポール・サイモンに会わせてくれ」って、酒飲みの最中に言ったの。
石丸:あ、お酒の席でね(笑)。
さだ:そしたらワーナーの社長がニューヨークに電話してくれて。
石丸:向こう(アメリカ)に。
さだ:そう。当時、僕ってまあ今で言えば米津玄師的なヒット曲がいっぱいあった頃なので、レコード会社にも大事にされたんですね。
石丸:今でもそうじゃないですか(笑)。
さだ:今でも大事にしてくれてますけども。それでポール・サイモンに聞いてくれたらしいんですよ。
石丸:それって凄いことですね。
さだ:「ポール・サイモンは今『ワン・トリック・ポニー』という映画を撮っているのであんまり時間が無いけど、“ニューヨークへ来てくれるんだったら20分位なら会える”って言ってる」って聞いて、「ニューヨークまで行きます」って言ったんです。
ちょっと早く着いちゃったんで、ニューヨークのワーナー本社の近くをうろうろしてたら、楽器屋があって、マーチン(Martin)のOOO(トリプルオー)-18を見つけたんですよ。
石丸:すごい楽器が出てきましたね。
さだ:“あ、これ良いな” と思って。マーチンというなら40万もするのかと思ったら、10数万で安かったんですね。
石丸:それは中古で、ですか?
さだ:もちろん中古です。“欲しいな”と思って買ったんですが、フレットがへこんでいるんですよ。 おそらくボトルネック奏法なんかをやるギタリストが弾いてたと思われるんですけど、それを担いでワーナーの副社長室へ行ったんです。そしたら時間通りにポール・サイモンが茄子紺色のTシャツ、ジーンズにニューヨークヤンキースの帽子をかぶって「ハイ!」って言って来たわけですよ。
石丸:うわあ!
さだ:それだけでドキドキしちゃって「うわ!ポール・サイモンやんか!」っていう感じですよ。
石丸:子供の頃からの憧れがあったわけですからね。
さだ:大好きだったわけですから。当時ソニーのウォークマンが発売になったばかりで、大枚はたいてお土産に持って行ったんですよ。
石丸:70年代はそうでしたね。
さだ:「これはステレオだから、右と左でボリュームが変えられる」って言ったら「アメージング!」って言ってすごい喜んでもらったんで、これが良かったんじゃないですかね。「君はシンガーだって聞いたけど、どんな歌を歌っているの」って言ってくれたから僕のアルバムを恐る恐る差し出したんですよ。そしたら「聴こう」って言い出して。
石丸:その場で?
さだ:はい。一緒に、僕のアルバムを聴いてくれたんですよ。
石丸:優しいですね。
さだ:「ギターの弾き方なんか僕っぽいね」とか言ってくれて、“当たり前だろ”とか心の中で思いながら。それで彼(ポール・サイモン)が自分の『時の流れに(原題:『Still Crazy After All These Years』)』いうアルバムにバッとサインしてくれたのを見た時に“あ、さっきのギターにサインしてもらおう”と思って。
石丸:持って上がって来ましたもんね。
さだ:「ギターを持っているんでサインして下さい」と言ったら「これは君のギター?」って聞かれたので「今、そこで買ったんです」って答えて。そしたら(ギターの)フレットを見て 「これは『シェルカット』って言うんだよ。知ってた?」って彼(ポール・サイモン)が教えてくれたんです。
ポール・サイモンさんがサインしてくれたギター
シェルカット部分
石丸:そうなんですか。
さだ:「シェルカット」って言うんですって。こう、フレットのところだけが高くなって。「これ多分持ち主が削ったんだろうね」とか(ポール・サイモンが)言いながら、そこで「アンジー」を弾いてくれたんです。
石丸:目の前で?
さだ:感激しちゃってね。なんだかよく分からない内に1時間半ぐらい経っちゃって。
石丸:すごい時間が経ちましたね!
さだ:それで「ところで君、何か僕に言いたい事があって来たんじゃないの? そう聞いてるけど」って(ポール・サイモンに)言われて、「プレイボーイ誌のインタビューでの“たかが音楽、いつでも辞められる”っていう言い方が、憧れてる人間にとってすごくショックなんだ」って僕が言ったんですよ。
そしたらね、「翻訳だから正確に僕のニュアンスが伝わったかどうかは別だけど」っていう前提で、「音楽をバカにしたわけじゃないんだ」と。「君も自分で作って歌うんだったら分かるだろうけど、音楽ってものは生まれた瞬間が音楽なんだ、こんなに最高の瞬間はないんだ。僕らがコンサートでそれを再現するのは、歌を作った時の感動をオーディエンスに共有して欲しいからだ。つまり僕らは再現技術の仕事をやっていて、音楽って生まれた瞬間に死んでるんだ。僕らが歌う度に生かすんだ。そして音楽というものは生まれた瞬間に戻ろうとする、つまり音楽は過去に向かって進行しているものなんだ。始めるも終わるも、生まれた瞬間に終わってるんだよ」と言われて。僕が腑に落ちたのは、ヒット曲を時間が経ってから聴くと、最初に聴いた時の自分に返りますよね。
石丸:そうですね。
さだ:「音楽は過去に向かって進行する」っていうのは“その通りだな”と思って。グレープの歌に憧れてくれる人が今でも居るんですけど、そういう人達は、グレープの歌を聴くとあの頃の自分に返れるんじゃないかなと思うんですね。
石丸:正にそうですね。
さだ:「音楽は過去に向かって進行してるんだ」って言うポール・サイモンの言葉が、正に腑に落ちた。
石丸:「過去に向かって進行してる」って、目からウロコです。
さだ:それで「僕らは歌う度に、一度生まれて死んだ歌をその都度生かしていくんだよ」っていう覚悟みたいなものもその時に教わりましたね。
石丸:そうなんですね。
さだ:弟と2人で行ってたんですけど、「もう僕は帰るけど、君、ホテルどこ?」と(ポール・サイモンに)聞かれて「○○です」と答えると「帰り道だから送ってあげる」ってリムジンで送ってくれたんですよね。
石丸:本当ですか! さださんと馬が合ったというか、気が合ったということですよね。
さだ:多分、ステレオウォークマンのパワーでしょうね。
石丸:そこですか(笑)。
さだ:「あと、僕と話をしたい事は無い?」って車の中で聞かれたんです。だから僕は「ガーファンクルと仕事をすることはもうないんですか」って聞いたの。
石丸:その時はソロになっていらしたんですね。
さだ:彼、しばらく窓の外を見てたけど「Never」って言いましたね。「もう無いよ」って言ったんですけど、彼がその時に撮っていた『ワン・トリック・ポニー』という映画が大赤字になって、すぐ翌年にセントラルパークでサイモン&ガーファンクルのコンサートをやってました。僕はそれを観ながら「嘘つき」って呟いてました。
石丸:(笑)。そんなポール・サイモンとの話ですけども、1999年に発売された、さださんのアルバム『季節の栖〜Twenty Five Reasons〜』この中にポール・サイモンの楽曲「JONAH」のカバー曲が入ってますよね。
さだ:そうなんです。このアルバムはですね、デビュー25年目の記念アルバムでいろんな人とコンビを組んだんですよ。南こうせつさんと組んだり、谷村(新司)さんと組んだり、小田(和正)さんがコーラスで来てくれたり。「こんな綺羅星のごとく日本の有名なシンガーが来てくれたんだから、ポール・サイモンにも声をかけようよ」って言って、ポール・サイモンに「曲を提供してくれませんか」って頼んだんですよ。
石丸:そうなんですね。
さだ:そしたらポール・サイモンから、「今、ちょっと別の仕事をしていて、新しい楽曲を書き下ろす時間は無いので、今までの自分の曲の、どの曲でも良いから、日本語の詞を付けて歌ってくれ」って言われたんですよ。
石丸:「どの曲でも」って凄いことですけど。
さだ:「どの曲でも」ってことは「明日に架ける橋」も含むわけでしょ。
石丸:ですよね。
さだ:みんなが知ってる詞なのに、まさか別の詞はつけられないじゃないですか。
だから『ワン・トリック・ポニー』っていう映画の中の「JONAH」って曲が格好いい曲だったので、それに日本語の詞を乗っけて。でも、原曲と全然違う詞を乗っけたんです。
石丸:そうなんですか!
さだ:全く違う詞に変えちゃったんです。それで“大丈夫かな”と思ったら「全然気にしないで好きにやって」って感じだったんです。ポール・サイモンに関わりあえたっていう事が僕は人生の中でもすごく嬉しくて。宝物なんですよね。
石丸:そうですよね。