石丸:さだまさしさん、今週もよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしておりますが、今日はどんなお話をお聞かせくださいますか。
さだ:今日は「恩師の言葉」でいかがでしょうか。
石丸:恩師の言葉。さださんは、コンサート会場でよくそういうお話をされているそうですね。
さだ:そうですね。僕、音楽高校に落ちたので、國學院大学の付属高校の2次募集で入れてもらったんですよ。その時の高校2年の時の仲間といまだに仲良しなんですよ。今電話をしたとして、明日、最低13人から15人集まるようなすごい結束力なんです。
その結束力のきっかけになった先生は、残念ながら5年前に亡くなったんですけど、“この先生のクラスに居た”ということが皆の人生観を変えたかもしれない。
石丸:どういう先生だったんですか?
さだ:国語科の先生だったんですけど、「学校は勉強しに来るところじゃないぞ」といきなり言うんですよ。
石丸:いきなりですか。
さだ:「じゃあ学校は何をしに行くのか」と言うと「勉強する方法を学びに来るところだ」と。「君達は、学校は勉強しに来るところだと思ってるから、学校が終わったら勉強が終わったと思う。これは間違いだ。学校にいる間に勉強する方法をちゃんと学んで、人生かけて自分のテーマを学びなさい」と。
石丸:人生かけて、ですか。
さだ:最初の古典の授業の時ですかね、「これから諸君らと古典文学について勉強をしていくわけだけれども、私は古典文学の何たるかを君たちに伝えるほど古典を知りません」と。“え、何この人?”と思うじゃないですか。「英語じゃなくて日本語だから、君たちは読めるはずだ」と。「私は古典文学の何たるかを君たちに伝えるほど偉い人間ではないけれども、将来、古典文学を、古語辞典が1冊あれば、君たちが今ロッカーに隠している平凡パンチ、プレイボーイ、少年マガジン、少年サンデーのように(簡単に楽しく)読めるようになりたいと思わんか、どうだ?」って言うんですよ。“そんなこと出来るのかな?”と思うじゃないですか。
石丸:思いますよね。
さだ:「私は古典の何かは伝えられないけども、君たちの将来と、古典文学のためのイロハだけはきっちり教えてやるから、黙って俺についてこい!」って。
石丸:おお!
さだ:(先生の)この一言で全員やられましたね。
石丸:それで、その結束力に結び付いたわけですか。
さだ:全員(先生の)弟子になったんですね。僕は子分になる(古文になる)と言ってるんですけども…お後がよろしいようで。
石丸:(笑)。
さだ:物事の考え方は、その先生の弟子になったというのが一番大きかったかな。
石丸:そういうことをおっしゃる方って今まで居られなかったんでしょうね。
さだ:初めて聞きましたね。(他の先生は)「勉強しろ、勉強しろ、勉強しろ」で。
石丸:そういう風に言われ続けてきたさださんが、今の言葉を聞いてどういう変化が起こりました?
さだ:“そうか、一生かけて勉強するのか”というのが目から鱗だったですね。先生の「一生かけて勉強する」って言葉がどういうことなのかっていうのは、この仕事に就いて分かりましたね。
石丸:どんな風に分かったのですか?
さだ:「歌を作り」「曲を作り」「詞を書き」っていうことになると、本当に勉強し続けないといけないんだなって。先生があの時にきっちり教えてくれたおかげで、古いものを読むっていうこともそんなに億劫ではないし、古典文学ってものがすごく自分に身近なものになったので。
例えば僕が生まれて初めて印税をいただいた時に、最初に自分のものを買ったのは『古典文学大系』だったですね。
石丸:そうだったんですか!
さだ:まず、それを買った時に「勉強する時に(辞書を)引くんじゃなくて、辞書を読めよ」って先生に言われました。
石丸:辞書を読め。
さだ:「普段から読め」と。「万葉集も普段から読め」と。で、万葉集の中の印象に残った言葉や歌は自分の中に刻まれていきますんで。
石丸:そうですよね。
さだ:それはやがて歌になったものがいくつかありますよ。「防人の詩」なんかそうですね。
石丸:まさしくそうですよね。ということは、さださんはその先生の言葉を聞いた後、いろんな本を読むようになられた?
さだ:そうですね。“勉強は栄養だ”と思って、億劫じゃなくなりましたね。
石丸:栄養ね。
さだ:皆さんが野菜ドリンクを1日1本飲むように、本を読むという感覚ですかね。
石丸:やっぱり歌詞を書かれる方って、読んだ本の数だけボキャブラリーも増えるじゃないですか。
さだ:やっぱり古い文学って日常の言葉じゃないので、虚を突かれるっていう感動があるんですよね。「え、こんな言葉があるのか!」って、本は居ながらにして知らない世界を見せてくれるんで、いまだに読んじゃいますね。
石丸:そうなんですね。その高校の先生の時のあの言葉があったからこそ、今がある。
さだ:そうですね。歌作りをするようなったら、尚更先生の言葉が身にしみて。恩師の言葉の中で一番心に残っているのは「学校は勉強しに来るところじゃない」って言葉ですね。
石丸:いや、これは私にもすごく響きました。
さだ:そうですか。
石丸:どうしても学校で習うことはその場で終わっちゃうような気持ちがあったんですけど、そんなことはないんですね。生き方ですね。
さだ:そうなんです。
石丸:さださんは現在、東京藝術大学の客員教授をやっていらっしゃる。
さだ:お恥ずかしい。
石丸:私の母校なんですけどね。何を教えてらっしゃるんですか?
さだ:“教える”って言うことじゃないんです。澤学長に、「今や“芸術でございます”って時代ではないから、美術に限らず、音楽家に限らず、歌作りっていうのは、もっと身近なもんだろう」と。「さださん、これまでこんなに歌作ってきたんだから、音楽学生に歌作りの自分のやり方を伝えてよ」って言っていただいて、「僕でよければいつでもやります」って言って昨年拝命したんですけど、コロナの関係で昨年は授業が出来なくて。
石丸:そうでしたね。
さだ:ようやく今年の秋にとりあえず1回やってみようと。
石丸:これは今の学生さんは嬉しいでしょうね。
さだ:以前、慶應義塾大学のSFC、湘南藤沢キャンパスの学生たちに2年続けて「歌作り」っていう講義をやったんですね。
石丸:そうだったんですね。
さだ:単位が2つもらえるっていうちゃんとした授業をやったんですよ。その時に音楽を勉強してない学生さんには、歌作りにおいて、ある程度の壁がやっぱりあるんですよね。
例えば「楽器も弾いたことがない人」「音楽というものは聴くだけで、自分で歌ったことも演奏したもない人」が曲作りをするっていうのは、とっても難しいですよね。
石丸:確かに。
さだ:慶応義塾大学の学生達ってすごく頭脳明晰な子が多くて、音楽をちゃんとやっていない子でも、我々が想像できないような面白い目の付け所で歌を作りましたよ。
石丸:それは詞も曲も書いたんですか?
さだ:もちろんです。“歌を作る”っていうのは“詞も曲も作る”っていうことなんで。昨年の授業で面白かったのは「台風19号」っていう歌を作った学生がいましたね。千葉がひどい目にあったあの19号を歌ったんですが、恋愛ソングになってました。ビックリしました。
石丸:恋愛ソングになってたんですか。
さだ:ラブソングになってました。ラブソングの方が聴き手が聴きやすいってことがあるから、重たいテーマでも奥に忍ばせておいてラブソングにするっていうのは一番分かりやすい手法なんです。他にも“やられたな”っていう曲が何曲かありましたよ。
石丸:そうなんですね。
さだ:だから(学生は)みんな自分の楽曲を作りました。
これが音楽家の学生達だったらもっと色々作るだろうな、と思うんです。ただし、曲作りを何度も経験した子は…慶応の学生さんにシンガーソングライターも混じってたんですが、自分なりのやり方にはめ込んでくるんで、目から鱗が落ちるような楽曲が出てこない。
「生まれて初めて作った楽曲」っていうものの方が、目から鱗が落ちて“俺は何てダメなんだ”と思いますよ。
石丸:そうでしたか。
さだ:そういう目に合いたいんで、若い人たちに「こうやって作ったらどう?」っていう種まきをしてみたいなって。
それを東京芸大でやるのは“すごいおこがましいな”と思いながらですけどね。
石丸:さださんの若い人達に対する好奇心っていうのは、すごくオープンですよね。学生さんに限らず、芸能界の人だったり、ミュージシャンの人だったり。僕たちから言うと、垣根を越えて下りていくっていう。
さだ:下りていくっていうほど偉そうなものでは無いですけど、若いミュージシャンとね、昨年は無理でしたけど、よく飲むんですよ。
石丸:どういう方達と?
さだ:ナオト・インティライミ君とか、ゆずの北川悠仁君とか、森山直太朗君とか。若いと言ってもだいぶベテランになりましたけども、そういう人達と飲んでますと、すごい伸びしろのある年齢だから羨ましい。僕なんかはもうそんなに伸びしろが無いので。
石丸:いやいや。
さだ:彼らって、“こういう石ころを投げ込んだらどういう反応をするかな〜”って言うと、ものすごい良い反応をするんですよ。ミュージシャンだから歌が好きなんで、飲んでても常に音楽の話になるんですよ。
「さだは暗い」だとか「女性蔑視」だとか皆にボロカス言われた時に、どうやって自分を慰めたのとかね。
石丸:関白宣言の時ですね。
さだ:そうそう。僕らは毀誉褒貶(きよほうへん)はつきものだから、そんなことはエゴサーチなんかするんじゃないよっていう話をするんです。「言いたい奴には言わせておけよ」と。「名乗って正々堂々と意見を言う人の意見は聞いて良いけど、名乗らないで石を投げてくる人の意見は聞く必要がありません」って僕は言うんです。
石丸:それは心強いですね。今はSNSで見たくなくてもパッと流れてきて、自分の名前とか書いてあったら、知らなくても良いことを知っちゃったりするじゃないですか。
さだ:もうボロカスですからね。まあ「0.0015%の人しか人の悪口は書かない」っていうデータが出てますけど、それにしても身の安全が保障されると、ここまで言葉を選ばずにひどいことが言えるんだなあというのは。
石丸:そうですね。
さだ:車を運転してて、自分で感じますからね。ひどい自転車の運転の仕方だとか、とんでもない歩行者なんかを見た時の私の発言はね、聞かせられません。
石丸:(笑)。
さだ:今は(ドライブ)レコーダーがついてるじゃないですか。
石丸:付いてますね。
さだ:あれは、外も内も撮ってるんでしょ。内側の喋りも全部入ってますからね、もう身を律しないと駄目ですけど。発表しなきゃ良いんですけどね。
石丸:そうですね(笑)。