石丸:藤井隆さん、今週もよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“ばしょ”をお伺いしております。今日はどんなお話を聞かせていただけますでしょうか。
藤井:今日は「旅行」でお願いします。
石丸:お忙しいから、ご自分で行く旅行というよりは、番組企画で行く旅行もいっぱいありましたよね?
藤井:そうですね、恵まれてました。昔は吉本って、紙でスケジュールが管理されていたんですよ。
石丸:そうなんですか!
藤井:台帳みたいなものなんですが、そのスケジュールって、制作会社の人やテレビ局の人は皆見れるんですね。仲良しのテレビのスタッフの方が(スケジュールを見て)「あ、休みがあるじゃん」とか言って「じゃあ台湾へ行く?」って。
石丸:すごい!
藤井:そうなんです。そんなことが叶ってた時代でした。
石丸:それはプライベート旅行になるんですか?
藤井:いえ、仕事にしてくださいました。
ホテルの前で「○○ホテルです!」とか「○○料理店の○○が美味しい!」とかタイアップカットを撮ればオッケーという、そんな旅行みたいな仕事もさせていただいてましたね。
石丸:良いですね。
藤井:でも2日ほど休みがあれば、自分でタイや台湾に行ったりとか。
石丸:フットワーク軽いですね。
藤井:若い時はすごく軽かったです。
石丸:それは旅行が好きだからだと思うんですけど、藤井さんはどういう時に旅行に行きたいって思うんですか?
藤井:物理的ですね。例えば、1週間休みがあったら「海外へ行けるな!」っていう感じです。
僕の親戚がギリシャのクレタ島に住んでいるんですね。叔母が昭和50年代ぐらいにギリシャ人の人と結婚して、向こうに住んじゃったんですね。
石丸:そうですか。
藤井:いとこの兄ちゃん、姉ちゃんや僕の兄とかもそうなんですけど、なんとなく親戚の中で、大人になったらギリシャへ叔母に会いに行くという流れがあって、僕も22ぐらいの時に行ったんです。その時はちょうど僕の兄もオランダに住んでる時で。ほぼほぼ兄に会いに行ったような感じで、兄の所に荷物を置かせてもらってヨーロッパをプラプラするみたいな。多分、それが初めての大きな海外旅行だったと思います。
石丸:じゃあ、ヨーロッパが最初(の旅行)だったんですか。
藤井:はい。
石丸:素敵ですね。
藤井:5月に行ったんですけど、オランダの空港に着いたら電車に乗るんです。チューリップ畑や風車とか、絵葉書みたいな嘘みたいな景色から始まって、いちごがすごく美味しくて。そして酪農の国ですから、生クリームとか美味しくて…生クリームと卵のスパゲティって何て言うんでしたっけ?
石丸:カルボナーラ?
藤井:僕、それまで食べたことなかったんですけど。生まれて初めて食べたのがオランダのカルボナーラで、めちゃくちゃ美味しかったです。忘れられない位、めちゃくちゃ美味しかったです!
石丸:そのカルボナーラをお兄さんの所(オランダ)で食べて、そこからギリシャへはどうやって向かったんですか。
藤井:当時、兄が日本食レストランでアルバイトをしてたんですね。それで、ちょっとだけお手伝いしたら、お小遣いをもらえるみたいな感じ。
石丸:お店で?
藤井:はい。皿洗いとかしてお小遣いをもらって、それが貯まったら安いチケットでどっかへ行くんですよ。ギリシャは流石に飛行機に乗りました。
石丸:ということは、時間が結構あったってことですか?
藤井:そうです。3ヶ月位行きました。その後は1週間の休みとかで何回か行ってるんですけど、その時に(オランダの)周りの皆さんが「あ、隆! いつ来た?」って言ってきて、「昨日来ました」って答えると「いつ帰るの?」って聞かれるんです。多分、「1ヶ月後」っていうような答えを期待していたと思うんですけど、「3日後です」って答えたら、本当に呆れるというか、「君はどういう生き方をしているんだ」って怒るんですね。シエスタをするようなゆっくり人生を歩まれる方達ですから、「1週間のバカンスはバカンスと呼ばないよ」みたいに叱られました。
でも、“飛行機に10数時間乗って行けば、僕にはそうやって迎えてくれる人がいる”っていうのを若い時に体験出来たので。
石丸:“ふるさと”がヨーロッパにもあるということですよね。
藤井:そうですね。図々しい言い方ですけど。
石丸:いやいや。でもそれは素敵な良い旅からスタートしましたね。
藤井:本当に恵まれていると思います。仕事でも何かあったら「ちょっと海外に行ってみようか」とか、吉本新喜劇でニューヨークやロンドンで海外公演をさせていただいたりとか、本当に良い時代にそういう仕事をさせてもらったなぁと思っています。
石丸:じゃあ、藤井さんの人生の中で、旅行は切っても切れないような繋がりがあって、何かあったら(旅行へ)行くと。
藤井:はい。本当に嫌なことがあっても“何時間か飛行機に乗ったら、全然違う価値観の人がいるんだ”って思うと、気持ちが強くなれます。実はちょっといい加減なところがあって、(精神的に)追い込まれて、それが自分の意に反してることなら「やりたくないです」「知らない」って投げちゃうところがあるんですね。
石丸:そうなんですか。
藤井:はい。“そんなことは絶対しちゃいけない”と思っているから、ギリギリまで頑張るんですけどね。そんな時に「今度大きなお休みをいただいた時に、何時間か飛行機に乗れば全然違う自分にまた戻れる」と思うと頑張れます。
石丸:旅はご褒美ですね。
藤井:はい!
石丸:1人旅がお好きだと聞きましたけども、でも今はご結婚をされているから…。
藤井:そうなんですよ。(結婚してからは)家族旅行ばっかりしてたんです。
妻が「元々1人旅行が好きですよね。久しぶりに行ってきたらどう?」って言ってくれたんですね。
その時に、たまたまニューヨークに住んでいる吉本の元先輩のご家族が心臓の手術をするということがあったんです。その人のことがずっと心配だったので、(ニューヨークへ)“行きたいな”と思っていたタイミングだったので、行ったんですね。ニューヨークは何回か旅行で行ったんですけど、ミュージカルを観たことがなかったんですよ。
石丸:そうでしたか。
藤井:行ったことがなかったので、“これは!”と思って行ってみたんですね。ど真ん中にホテルを決めて。
石丸:いわゆるブロードウェイのエリアですか?
藤井:はい。
石丸:何をご覧になったんですか。
藤井:最初は、高畑充希ちゃんが日本でも演られていた「ウェイトレス」です。ホテルが「ウェイトレス」をやっている近くだったので、それだけ(チケットを)買って行ったんです。他は、チケットセンターみたいな。
石丸:TKTS(ディスカウントチケットストア)ありますね。
藤井:あそこにドキドキしながら行ったんですけど。
石丸:並ばれたんですか!
藤井:はい。英語は分からないので、「なんかこれで」みたいな感じで買いました。当てずっぽうで闇雲に(上演)時間に任せて、結局7本位(観ました)。
石丸:すごいですね。
藤井:(滞在期間が)5日位だったんですけど、結構たくさん観れたんです。
石丸:僕もミュージカルを観にニューヨークへ行くんですけど、行ってる期間中に7本観るって相当(スケジュールは)詰め詰めなんですよ。
藤井:滅茶苦茶でしたよ、本当に。
石丸:思いがけず(チケットを)取ってしまったものもあったり?
藤井:はい。男性がすっぽんぽんになっていくミュージカルがありましたよね。
石丸:ありましたね。
藤井:ちっちゃな所でやってるやつ。
石丸:はい。ちょっとタイトルが思い出せないんですけど、ありました。
藤井:僕、あれを観てすっごい感動したんです。
それまで自分がやらせていただいてたことについては、本当に恵まれてますし、感謝しかないんですけど、でも「で、あなたは一体何屋なんですか?」みたいな質問や、「じゃあ、今日は俳優さんとしてお迎えしたらよろしいですか?」とか、「今日はアーティストとして格好良く撮りましょう」とか、「でも芸人ですよね?」みたいなことがあったりして、いろんなことをやることが肩身が狭いと言いますか…“どうしたら良いんだろうな”って思ってたんですよね。
でも、そのミュージカルを観て、楽しいだけじゃない感じがしたんですよ。なんかこう、「このステージで終わるつもりはないから! もっとステップアップしていくから!」みたいな、出演者の皆さんのバイタリティとか、(舞台が)圧倒的に格好良かったりとか、圧倒的に面白かったりとか。あと「歌いたい歌を唄っています!」みたいな、ストーリーはハチャメチャなんですけど、「ベリーベストなんです!」って感じがしたんですね。
石丸:そうなんですね。
藤井:セットもそんなに恵まれたセットじゃないんですけど、説得力があるというか、観ていて面白かったですし。観光客の皆さんが集まって、適当に(壁に)もたれて観てたんですけど、割と早い段階から手拍子とかして「イエーイ!」とか言って。
石丸:ノリノリで。
藤井:はい。皆で盛り上がってたので、“僕はやっぱり楽しいコメディがずっとしたいんだな”っていうのが…。
石丸:自分の原点に気付いたんですね。
藤井:なんだか偉そうな話なんですけど、あれをやるには真っ裸にならなきゃいけないから。
石丸:そうですね。皆さん、体張っていますよね。全員裸ですからね。
藤井:はい。全員裸で、しかも格好良い人もいれば、ユーモラスな人もいたりして、適材適所だと思うんです。僕がどこにハマるか分かりませんが、迷ったり文句を言ったりしていても「じゃあ、藤井で」って言ってくれる演出家の方や監督の方がいたりするわけですから。
別に、俳優だなんだとかそんなことを気にせずに、“「吉本興業のタレントの藤井隆です」で良いじゃない”って、そして“そこに面白いものがあれば良いんじゃないかな”って思わせてもらえた1本だったんです。
石丸:すごいですね。そのミュージカルを観て、自分を見つめられたんですね。
藤井:そうかもしれません。
石丸:こうやっていろんなお話を伺いましたけど、改めて藤井さんにとって旅とは何ですか。
藤井:旅は「僕を新しくしてもらえる期間」ですかね。1つの番組が始まって終わるって新陳代謝だと思うんですけど、実際終わる時って本当に寂しいですし、舞台が始まって終わるのとは全然違うんですね。舞台が終わる時は「やったー!」みたいな達成感があると思うんですけど、テレビが終わる時は「すいませんでした」「申し訳ございませんでした」みたいな。
石丸:卒業みたいな感じになるのかな?
藤井:「力不足で本当にすいませんでした」とか「私のせいでございます」みたいな感じがあって。もちろんテレビは大好きですけど、旅行に行く時は、多分、テレビ(番組)が終わって急に休みになるようなことがあったからだと思うんです。
石丸:そこに繋がっているんですね。
藤井:今、ふと思い出したんですけど、隔週でスケジュールが進んでいくことが多かったので、「この番組が終わります」となると“あ、ここ休みじゃん”となって、「はい、じゃあもう旅行行きます」みたいな感じでね。
石丸:なるほどね。
藤井:そうなんです。だから「寂しいな」とか「恥ずかしいな」とか「悔しいな」とか「残念だな」とかっていう想いを抱えながら行くんですけど、タイで美味しいマンゴスチンを食べたりしたら“まあ、いいや”とか思えてたから。
石丸:すごい気分転換出来ますね。
藤井:はい、新陳代謝。
石丸:旅は新陳代謝ですね!
藤井:はい!