石丸:松重豊さん、今週もよろしくお願いいたします。このサロンでは4週に渡って人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしてまいりましたが、最終週は“時を重ねながら長く大切にしていること”についてお伺いしたいと思います。それは何でしょうか。
松重:「ルーティンワーク」です。日々の日課的なものですね。
石丸:何か「これは必ずやります」というものがあって、それをいつもクリアしていらっしゃる?
松重:この間の回で「お寺」の話をしましたが、禅寺に行って何に感動するかというと、仏像もそうなんですけど、廊下の板目の美しさ。あれはお寺のお坊さん、修行されている方が廊下を磨くんですよね。それが修行なんですね。
石丸:“一休さん”みたいに。
松重:そうです。長い廊下がありえないくらいピカピカで、その長い廊下を見ているだけで意外と心が綺麗に洗われるんですよ。
石丸:僕はそこに目がいくことがなかったんですけど、そうですか。
松重:“廊下の美しさ”っていうのは…人が作った廊下なんだけど、何もないところに塵ひとつ落ちていない綺麗な空間には、“ここにはなんでもあるぞ”“なんでもできるぞ”って想像させるだけのものがあるんです。だから、“お掃除って大事だな”って思いますし。
石丸:そこで“お掃除”にいくわけですか!
松重:そうですね。お寺のお坊さんたちが座禅をして、お掃除をして作務をやってというような日課を日々重ねていて、それが「修行」なんです。やっぱり俳優の仕事っていうのも、ある意味「修行」の日々だと思っているので。
朝は基本的に犬を連れて散歩をするんです。うちの近所には大きな公園があるんですけど、その公園が森になっていて、そこを歩いている時に何を感じるかっていうことが、僕にとって一番大事な「ルーティンワーク」ですね。
石丸:頭の中で色んなことを巡らしながら散歩をしていらっしゃる。
松重:台詞を覚えることも、ほぼそこの公園の中でやっています(笑)。コロナ禍で小説を書いていた時も、その時間(公園で散歩をする時間)で今日書く1本を考えることをテーマにしてましたし、音楽を聴く時だってあるし、そうじゃなく、森の中にいるってことで、何も考えないで歩くということもあります。まあ、それがほとんどなんですけど。
最近、スマホをいじりながら公園を歩いている人もいるんですけども、“もったいないなぁ”と思って。“今日のこの空気を感じようよ”とか、今なら銀杏の落ちている匂いとかね。ちょっと前だったら金木犀が香っている場所の匂いだとか、冬独特の匂いもそろそろ感じ始めるし、鳥の囀りとか虫の鳴き声とか、そういうものを感じていく。
都会なんですけど、そういうちょっとした、“自然の中で何かを感じる時間”というものが24時間の中でどこかに絶対にあって欲しいということが、自分の「ルーティンワーク」っていう形になるんですよ。
石丸:ということは、その起点に、まず「散歩」というか、色んなことを頭に巡らせる時間が。
松重:そうですね。朝一番に起きて一杯の水を飲んだ後は、すぐに外に出て公園を歩く。犬がいるんで、雨の日でも”雨が降っているな”って思いながら歩くってことをやって、(自然の中で何かを)感じて、帰って、そこから掃除ですね。
石丸:掃除ですか。まるでお寺の方みたいですね(笑)。
松重:またお寺ってトイレが綺麗なんですよ。
石丸:確かにそうですね。
松重:やっぱり綺麗な所って、“隙”がないから汚せないじゃないですか。
石丸:仰るとおり。
松重:掃除で全て目が行き届いているっていうのは、そういう隙を与えないっていうことでもあるんですよね。どこの禅寺にもいらっしゃると思うんですけど、お寺には烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)さんという、ちょっと怖い顔をした明王さんがいらっしゃいまして、トイレの神様なんですよね。そういう明王さんが見守っているという前提があるので、汚せないんですよ。
石丸:明王様の前では汚せないですね。
松重:そうなんです(笑)。そうやって「散歩」して、色んなところを「掃除」したりっていうのが、「ルーティンワーク」として、自分の中で心を空っぽにするという時間にもなっています。
石丸:さて、10月30日から松重さんが出演の映画『老後の資金がありません!』が公開されております。人生100年、老後の資金は2000万円必要と言われるなか、老後資金をコツコツ貯めていた普通の主婦が次々とお金の災難に振りまわされる、痛快、そして最高の「お金コメディ・エンターテイメント」なんですね。
松重:そうなんですよ。私、今回ひと月に渡って喋ってまいりましたけど、最初に話したのが「お金」というテーマでした。
石丸:そうでした。
松重:人生で大切なものと聞かれて「お金」と言ったのは、別にこの映画の宣伝というわけではないんですけれども、やはり避けて通れない問題だと思います。僕らだって、いつ、セリフが覚えられなくなったり、足腰が弱って舞台に立てなくなるかわからない。もしそうなったらどうする?っていうのは、誰しもが考えないといけないことですし、もろにそういうタイトルの映画ですね。
石丸:そういうことですね。一時期、ニュースなどで「老後の資金には2000万円必要です」って聞いた時に、僕なんかは焦りましたもんね。
松重:そうですよね。映画の中では天海祐希さんが主役で、私はその夫役なのですが、会社は倒産して無職になるわ、お母さんは同居に来るわで…。
石丸:草笛(光子)さんですね(笑)。
松重:また草笛さんがチャーミングなんですよ。こんなお母さんだったら”まあ良いかぁ”って思えちゃうんだけど(笑)。どこの家庭でも、お金にまつわる価値観っていうのは嫁姑で全然違っているでしょう。
石丸:でしょうね。
松重:夫婦の間でも、お金の管理をどちらがしているとかで金に対しての価値観の違いってあるじゃないですか。私演じる夫は「2000万円くらいあるんじゃねえの?」っていう派なんですよね。
石丸:じゃあ、管理してない派なんですね。
松重:「はぁ? そんなのあるわけないじゃないの!」「えっないの?」っていう家も、たぶん日本には相当あるような気がするんですよ。
石丸:そうですよ。
松重:そういう人たちにとっては“痛いな、このテーマ”って思われても、「ちょっとあなた、観ておいた方が良いよ」っていう奥さんもいらっしゃるでしょうし。これはコメディなので笑える映画として提供はしていますけども、非常に切実な問題を扱ってはいると思うんです。なので、ぜひ観ていただきたいなと思います。
石丸:みなさんお近くの映画館でガッチリ観て「(老後の資金)2000万円」、どうするか考えてください(笑)。
松重:その(老後の資金の)ことを考えたくない人でも笑って楽しめる映画ですので、ぜひご覧になっていただきたいと思います。