石丸:三遊亭円楽さん、今秋もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしております。今日はどんなお話をお聞かせくださいますか。
円楽:今日は「高座」の話をしましょう。というのは、「舞台」とかいろんな言い方があるけど、落語家だけ「高座」なんですよ。ひとつ上がっている高御座(たかみくら)なの。“ちょっとした”って言ったって、「高御座」だよ、石丸さん(笑)。
石丸:そうですね。
円楽:平板で檜(ひのき)をひいて(敷いて)もらっても、座布団がそこにポンと1枚あるだけだと、平たく出て行って平たく座ると、やっぱり何か違うのね。1つでも上がると、(お客さんに)上から話しかけられるような空気感があるんですよ。だから市民会館で(客席の)後ろがそり上がっているようなところだったら、お客様が上から見るようになっちゃうから、少し高めにしてもらわないと。
石丸:そういうことなんですね。
円楽:難しいんですよ。
石丸:「檜をちょっとひいて(敷いて)もらう」っていうのが大事なことですね。
円楽:最低それ位はね。でも今度は「靴下で上がるな」とか「その上には高座が作れないよ」とか言われるから、檜に檜を乗せてもらって、そこに緋毛氈(ひもうせん)か紺の毛氈をかけるかね。
石丸:なるほど。
円楽:昔は金屏風で喋ってたんですけど、今は「鳥の子(屏風)」って言って白いやつ。その方が着物の映えとか目がチカチカしないから良いですね。
石丸:そういうふうに変わっていってるんですね。
円楽:そう。ありがたいのは、どこの市民会館や文化センターへ行っても、必ず屏風と座布団はあるね。
石丸:確かにありますね!
円楽:めくり台もあるしね。だから、こけら落としに大きな予算が取れないところは落語ですよ。だって座布団1枚で、前座さん連れて独演会だったら、平気で2時間位もっちゃうんだもん。
石丸:そう考えると、すごい芸術ですね。
円楽:「人件費が足らない」って言ったらマネージャーも行かなくていいんだから。前座が全部やってね。前座が無くたっても良いんだよ。1人で喋ってろって言ったらずっと(喋ってる)。
石丸:そうですか。
円楽:前座話をやって、普通の話もやって、もう1席やりゃ良いんだから。滑稽と、人情話か芝居話みたいな、ちょっと固い話の両方をやれば。
石丸:確かに。客席も落語家さんだけを集中して観れるから、こんな至福なことはないですね。
円楽:だから私はね、(落語は)日本人が作った世界に類を見ない最高のエンターテインメントだと思ってるの。
石丸:まさにそうですね。
円楽:“まくら”を喋りながら、だんだん“本文”の話に関わりのあるような話題になっていって、ポンともう江戸になっているのよね。「旦那様、今、表の方にお国から竹次郎って方が」「竹が来たか。おい、俺の弟だ。こっちに通せ」ってね。
1人で何役もやって、照明もマイクも1本でいいし、座布団1枚でいいし。それで小宇宙があるわけですよ。
石丸:小宇宙! 確かに。
円楽:タイムマシンに乗せていっちゃうんだもん。
石丸:どこでも行けますね。
円楽:だから新作、あるいは創作落語だったら宇宙にも行けるしね。「お、火星が見えてきた!」ってね。
石丸:途端にね。
円楽:すごいね、言葉ってね。
石丸:本当にそうですね。
円楽:「夢の間に3年の月日が流れまして」って、3年流れちゃうんだもん。すごいよ。
石丸:おっしゃる通りですね(笑)。先ほど「まくら」とおっしゃいましたが、「まくら」というのは本題に入る前に(場を)少し和ませるというか。
円楽:そう。ほぐすとかね。
石丸:あと、紋付をお脱ぎになるタイミングは、何か決まりがあるんですか?
円楽:人それぞれで、喋ってることの段落があって“ここで脱ぎやすい”がある。だから慣れてない二ツ目になったばっかりのやつは、ずっと羽織着てたりね。話に邪魔になるものは取っていかなきゃ駄目ね。町人の八つぁん、熊さんが羽織を着てたらおかしいでしょ。
石丸:そういうことですか。
円楽:羽織を題材にした「羽織の遊び」って落語ならまだ良いけどね。だから先週話した着物の大事さ。「茶の湯」の落語をやるんだったら、ちょっと濃茶の旦那羽織着てやれば、それらしく見えるでしょ。
石丸:粋ですね。そういう楽しみ方があるんですね。
円楽:やる話によって(着物を)変える。だから高座の大事さっていうのは、座布団の色まで。だから、国立の演芸場みたいな場所によっては舞台袖に(座布団が)3、4枚あってね。自分の着てる着物と前にやってる人の様子を見て、「ちょっと前座さん、この座布団出してくれよ。このままじゃ俺、色がくっついちゃうから」って言って。
石丸:そこまで!
円楽:自分で演出する商売だから。寄席に出ていて、“同じような着物になっちゃったな”ってね。
石丸:でも、もう着替えられませんもんね。
円楽:そしたら前の人がやった話と離れたような話をしてみるとかね。だから小宇宙である高座でやることは、衣装を含めて自分の演出。たった1人で出来る。演出家であり出演者であり 構成であり、プロデュースだから。
石丸:本当ですね。
円楽:面白いですよ、だから。
石丸:円楽さんは高座に上がるうえで、1番大切にしていらっしゃることはありますか。
円楽:一生懸命やることと、一期一会。お客さんは一期一会なんだけど、“もう1回帰ってきてもらいたい、リピーターにしたい”ってこと。独演会だったら2席あるからリピーターにしやすいんだけども、1席しかやらない所だと、やっぱりネタに困る。それを“まくら”で探りを入れて。
石丸:その場でとっさに(演目を)変えることがあるんですね。
円楽:あります。喋ってて「今日のお客さんは笑いに来ているんだ」「今日は聞きに来ているんだ」って、それを読み取ることが1番大事ですね。
石丸:アンテナですね。
円楽:それで、(お客さんの)最低7割に合うような話をしようって。だから(高座を)降りていって“今日は失敗した”って時もありますもん。
石丸:そんなこともあるんですか! 先程もおっしゃってましたけど、円楽さんはプロデュース業をやってらっしゃいますよね。
円楽:落語家がプロデュースをする利点というのは、芸を知っているから。今までは頼まれて行って(落語を)やってただけだけど、そうすると看板を並べるだけになってしまう。ところがこちらがプロデュースする公演だと「この人が必要だ」「こういうプログラムだったらこれを入れてみよう」とか「こいつは今こういう風に伸びてきてるな」って企画が出来る。
石丸:じゃあ、新人発掘もしながら?
円楽:そう。だから、色んなコンテストや上方の方で「誰が良い」って教えてくれる人を増やしたりね。(落語を)やる場所を1つでも増やしてあげられるのが楽しいから。だから最近はね、“1コマ空くから自分が出なくても良いんだ”って分かったの。僕のプロデュースで腕のあるやつに良い若手をくっつけて、将来性のあるものを生み出すとか。「今の落語界で1番はじけてるやつらを3人くっつけたらどうなるんだろう」とかね、面白いですよ。
石丸:先程、「上方」とおっしゃってましたけど、(会場の)場所選びも企画の中にあるんですか。
円楽:僕らはあんまり上方を荒らせない立場でしょう。呼ばれたら行くけども、こちらから仕掛けはしない。だから、博多だとか札幌だとかそういう所でやれば、遠距離だから、東京の人間も大阪の人間も両方がゲストにならないで済むんですよ。
石丸:なるほど。
円楽:大阪へ行けば我々はゲストだし、上方の人が東京へ来ればゲストになっちゃうから、別のところでやればしのぎを削りあえるし。
石丸:そうですね。「博多・天神落語まつり」をやっていらっしゃいますけど、始めるきっかけは?
円楽:福岡では単発で色んな落語会があったの。それで、福岡の企画運営会社の仲が良い社長がね、「ドンと1回にまとめて祭りみたいに出来ませんか?」って。「出来るよ。ただし、赤字が出たら2人で背負える? それだけの腹でやろう」って言って。酒飲んでたからそうなっちゃった(笑)。
石丸:酒の席で(笑)。
円楽:やってみたら、コロナ(禍)まではトントンときてた。コロナでキャパシティ半分でしょ。そうすると結局費用は同じだから、INが半分で、OUTは全部。噺家に「すいませんけども、キャパ半分の予算でやってるんで、宣伝・広告・人権費、様々含めてちょっと泣いてください」と言ったら、誰1人として文句を言わなかった。これが嬉しかったね。
石丸:本当ですね。
円楽:“やっと育ったな”って。15年やってみて、みんなこの祭りが、落語が好きなんだなってよく分かった。
石丸:これは、コロナが明けてもどんどん盛り上がっていくでしょうね。
円楽:盛り上がって欲しいんだけどね。寿命があるうちに、終わってくれないとね。こっちの仕掛けも色々あるんだよね(笑)。