石丸:三遊亭円楽さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしております。今日はどんなお話をお聞かせいただけますか。
円楽:今日はね、「寝る」こと。
石丸:寝ること?
円楽:「睡眠」! 睡眠は良いですよ。「睡眠ぐクラブ(スイミングクラブ)」というくらいでね(笑)。
石丸:ありがとうございます(笑)。師匠はどのくらい寝てらっしゃいますか?
円楽:寝られる時はいっぱい寝てるね。というのはね、もう持たなくなってきたのよ。8時ぐらいには眠くなっちゃうんだもん。
石丸:夜の?
円楽:そう。そしたら、(落語)仲間の立川ぜん馬から、「楽ちゃん、8時に寝てたら寄席のトリ取れねえぞ」って言われたけどね。「そっか、8時上がりか」って(笑)。
石丸:確かにそうですね(笑)。
円楽:加齢もあるし大病もしたし、“なんでこんな忙しい思いをして落語を広めなきゃいけないんだろう”とふと思った時に、自分の命あっての物種だって分かったわけですよ。“コロナのおかげ”って言ったら変だけども、それまでは毎日地方公演ばかりだったから。
うちの師匠に「寝てる時はせいぜい夢を見るだけだろ。だから生産性って無いんだ」って怒られたんですよ。だから二ツ目の時は本当に寝ないで遊びも含めて全部やったの。ところが最近“寝なきゃ駄目”って思った。
石丸:まずは体力ですものね。
円楽:やっぱりね、休むことの大事さですよ。いろんなことを考えながら眠るけど、余計なことを考えないから眠くなったらスッと眠れるしね。“ああすりゃ良かった。こうすりゃ良かった”って言ったって今日は終わっちゃったんだから、自分に“お疲れ様、また明日”って言ってポンっと切っちゃうのよ。
石丸:良いですね。前向きに生きられる気がします。
円楽:72年も生きてきて、病気をしていろんなとこが痛いし、やっぱり疲れてるんですよ。その日1日頑張ったから寝ていいんです。酒を飲むことと寝ることは1日働いたご褒美だもん。
石丸:それはそうです。
円楽:最近は量が減っちゃったんだけど、酒が好きでね。「何で飲むの?」っていうから、「ご褒美」だよ。「今日も1日頑張ったね。お疲れ様、いただきます」って飲む酒は美味いもん。
石丸:そうやって、ご自分の身体にご褒美をあたえながら翌日をお迎えになっていらっしゃる。良質な睡眠っていうのは大事ですけど、師匠は良い具合に眠れていらっしゃるので、目覚めも良いのかなと思いますが。
円楽:いや、今はね、気絶してるんだね。
石丸:気絶?
円楽:気絶しているんだよ。そしてそのまま寝てるから3時間で目が覚める時もあれば、6時間目が覚めない時もある。そんな時は嬉しいしね。“随分寝たな” と思ったら1時間しか経ってなかったり。深く長く寝るだけじゃなくて、そんな(睡眠の)質も楽しんでいるんですよ。さっき「8時に寝る」って言ったでしょ。
石丸:はい。
円楽:5時に起きる時があるのよね。
石丸:朝の5時?
円楽:そう。それはそれで起きちゃう。朝の8時までの3時間で頼まれている色紙を書いたり、ゆっくり風呂に入ってみたり。“今日は昼から出かけるんだから”って、湯上りにビール1本飲んだりね。
石丸:朝から良いですね!
円楽:良いですよ。朝6時ぐらいから酒を飲んでると幸せですよ。それでまた1時間ぐらい横になって二度寝してみたりしてね。(起きて)“ちょっと頭がクラクラするな、まだ(お酒が)残っているな”と思うと、“もう少し寝よう”ってもう1時間寝てみたりね。
石丸:そういう意味ではストレスが無いですね。
円楽:寝ることに関してはストレスが無い。
石丸:お話を伺っていて、お仕事柄もあって江戸弁のような口調でいらっしゃいますけど、子供の頃からですか。
円楽:噺家を長くやっているからそういう風になっちゃったんでしょうね。
石丸:そういうことですか。
円楽:ラジオをやってた時には、“落語家らしくやらない”って決めて標準語で喋ろうって努力しましたもん。でも、もう今は“色がついちゃったから良いや”って。タクシーに乗る時に行き先を言うと「あれ、円楽さん?」ってね。声で分かるらしい。芸人をやってて、顔が分かって、声で分かるっていうのはありがたいよね。俺は自慢だな。
石丸:喋り方も含めて、名刺みたいなものですからね。
円楽:ただ、どっかで見張られているんじゃないかと思うけどね(笑)。
石丸:(笑)。円楽さんが落語家を目指したきっかけは何ですか?
円楽:目指して無いんだよね。
石丸:え、そうなんですか?
円楽:落語がずっと好きだったんだけど、大学に入ってうちのお師匠さんのかばん持ちのアルバイトがあったから、2年生の先輩と1年生の私たちが、5〜6人応募して行ったのかな。うちのお師匠さんが「じゃあ、君(円楽)にやってもらおう」ってことで、かばん持ちを始めたわけ。かばん持ちを1年やったら、「どうだい。落語をやってみないか?」って言うから。
石丸:突然ですか?
円楽:あちこちで言ってる話なんだけど、竹ノ塚に住んでて、そこへ帰るタクシーの中で。夜ですよ、暗いところで師匠が顔を近づけてくるの。ホラーですよ。
石丸:(笑)。
円楽:狭い車内の後部座席であの顔が近づいてくる。「君は卒業したらどうすんだい」って。まだ卒業までに2年あったから「放送作家のアシスタントもやってますし、そんなこともやってみたいと思います」って言ったら、「どうだい、落語をやってみないか」って。「どういうことですか?」って聞いたら「面倒くさいから弟子になっちゃえよ」って。それで弟子になっちゃった。
石丸:タクシーの中で口説かれたわけですね。
円楽:思わず「お願いします」って言っちゃった。自分はスカウトだと思ったけど、そうじゃないの。テレビ朝日、その頃のNETテレビのプロデューサーが(師匠に)「あの子はなあに?」って。「学生のアルバイトだよ。でも、落語もよく知ってるし着物も畳めて重宝してるよ」って答えたら「だったら弟子にしちゃえば給料を払わなくて済む」って言ったのね。
石丸:そこですね(笑)。
円楽:うちの師匠の素晴らしい合理性ですよ。
石丸:でも(落語の)筋を見抜かれたんじゃないかなと思います。
円楽:ありがたいですね。半生記の本、『流されて円楽に 流れつくか圓生に』(竹書房)を出しましたけど、圓生に流れつくかは分からないけど、お師匠さんの手のひらの上で転がされてたとしか思えないんだよね。
私が二ツ目になってすぐにうちの師匠が笑点を辞めて「後はおめえだぞ、推薦しといたから」って笑点に入れてくれて。(その時)若干27歳でしょ。途中は色々あったけども、最後には「生きてるうちにお前が円楽になれ」って言ってね。生前贈与…生前贈与じゃない、命令だよね(笑)。でも、うちのお師匠さんの頭の良さかな、(器の)大きさかな、弟子が50人近くいるけども、「円楽(圓楽)」って名前を“こいつに継がせりゃ間違いないだろう”ってご指名だと思う。
だってそれまでは、「バカ太郎。てめえは駄目だ」ってのべつ小言をくらってた。でも亡くなる2年ぐらい前の引退表明した時に「お前も少しはらしくなったね」って言われたの。
石丸:嬉しいですね。
円楽:これは嬉しかったな。今までずっと小言で、それでいて弟子の中で1番長くそばにいたでしょう。というのは、前座見習いの前のかばん持ちから始まって、そして『笑点』で三波(伸介)さんが亡くなると、うちの師匠が戻ってくるわけ。そうすると土曜日のスケジュールは一緒。圓楽・楽太郎親子会、いろんな場面で一緒。で、楽屋で「ちょいとお前、背中踏んでくれよ」なんて言ってね。踏むわけにはいかないから肘でマッサージしたりね。そんなことをして無駄話をしたり、いろんなことを言われて、今だから気が付くけどうちの師匠はすごい人だね。
石丸:そうですね。
円楽:だから俺の「円楽」は、先代が作り上げた「円楽」だよね。私がキャラクターは作っていったけど、やっぱり芸はかなわないしね。
石丸:そんなこと無いと思いますよ。
円楽:あの押し出しにはかなわないね。“すげえな”と改めて思うのは、借金をして寄席を作る芸人なんて居ませんよ。みんな誰かのお情けで食っていこうっていう、そんなのばっかりなのに、自分が苦労して借金して寄席を建てて、それが無くなって(出来た)借金を返しちゃったんだから。
石丸:すごいですよね。
円楽:すごいよ。
石丸:でも、その精神は受け継がれてるんじゃないかなと思います。
円楽:その部分では(師匠が)「いいか、兵糧は持ってろ」って。だから一生懸命働いたもの、兵糧は持ってますけどね。うちの親父が良いこと言ってくれたんですよ。「金を貯めんじゃねえぞ」って。金を貯めようと思ったら汚くなるから、金は残すもんだって。ちゃんとした付き合いして、ちゃんと使って、それで死ぬ時に残ってるのが財産だから、「使わなきゃ駄目だ」「使わないと恥をかくよ」って親父に言われた。だからこれからどんどん使っていこうと思って(笑)。