石丸:大久保嘉人さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしております。今日はどんなお話をお聞かせくださいますか。
大久保:今日は『「天狗になるな」という父の言葉』についてです。
石丸:厳しいお言葉ですね。お父様はいつ頃、その言葉をおっしゃったんですか。
大久保:プロ入りが決まった時に言われましたね。
石丸:そんな時に?
大久保:(父は)子供に“サッカー選手になって欲しい”って想いがあったので相当嬉しかったと思うんですよ。「(プロに)決まったよ」って言った時に一緒に喜んでくれるのかなと思ったら、全然喜ぶこともなく「お前は天狗になるなよ」って言われましたね。
石丸:喜びを胸にしまって出された言葉でしょうね。何しろ小学生の時に「国見へ行け」と言ってくださったのがお父様ですよね。見事に花開いて、プロデビューが決まった時は、お父様は絶対に嬉しかったと思いますよ。
大久保:そうですね。でも“プロになったからオッケー”ではなくて、“ここから先どれだけやれるか”ということで、「Jリーグに大久保嘉人という名前を残せるかが大事なんだぞ」って言われましたね。
石丸:その言葉をもらった時はどう思いましたか?
大久保:“天狗になると駄目だな”と思いましたけど、“名を残せるわけがないだろ”って思っていました。
石丸:優秀な人がたくさんいらっしゃるJリーグへ飛び込むわけですからね。
大久保:そうなんですよ。本当に難しいことだなと思ってましたし、日本代表にもなれるとも思ってなかったですし。
石丸:大久保さんと同じ時期に(セレッソ大阪に)入団したのは何人くらいでしたか?
大久保:その時は多かったですね。一緒に入団したのは、11人位でした。
石丸:チームが出来ますね。
大久保:そうなんですよ。
石丸:そこに、元々チームにいらっしゃる方がドンといて。
大久保:そうです。その選手たちもみんな日本代表だったり、韓国代表だったり、(当時のセレッソ大阪は)代表選手が多くて。
石丸:どうやって、そこでトップになっていこうと思いましたか?
大久保:“試合は絶対出るものだ”って思っていたので、試合に出て点を取ったら新聞とかに載って注目されるので、“とりあえず(試合で)点を取ることだ”と常に思ってやっていました。
石丸:そこですね。確かに「目立つ」ってすごく大事ですよね。ポジションによって目立ち方は色々ありますけど、点を取ったら1番目立ちますからね。
大久保:そうなんですよ。「大久保」って(メディアに)出るのも目指してましたね。
石丸:お父さんはスターになっていくのを見越してたと思いますね。
大久保:そうですね。「天狗になるな」って言われてなかったら、(天狗に)なっていたかもしれないですね。高校まで厳しい中でやっていたので、プロになってお金も入って、気持ち的に弾けてダメになっていったりとか、怪我をしたりしていたかもしれないので、その言葉は本当に“良かったな”って思いましたね。
石丸:ありがたいですね。今でもその言葉は身体の中に刻み込まれていると思いますが、プレーしてる時でもよぎったりしました?
大久保:しましたね。(プロで)やっている間は常にありましたね。日本代表になっても“絶対天狗になるな”って自分に言い聞かせていました。
石丸:引退会見の時に、大久保さんは「お父さんがいなければ、サッカー選手にはなれてなかった」とおっしゃっていましたよね。今のような言葉をかけて導いてくれたからでしょうか。
大久保:そうですね。親元を離れて国見町に行く時に、僕は友達と別れるのが嫌だったんで、最初は「絶対行かない」って断ったんですよ。数日後(父が)僕に「お前、1%でもプロになれる可能性があるんだから行った方がいいぞ」って。今は、「1%」なんて“絶対になれないだろう”って思うんですけど、その時は小学生なんで、「1%」と言われて“本当に(プロに)なれるかもしれない”と思ったんですよね。
石丸:1%にかけたんですね。
大久保:はい。その言葉があったからプロになれたんだなって。
石丸:お父様の言葉って強い力があったんですね。
大久保:口数はあまり多い人じゃなかったですし、サッカーもあまり観に来なかったんですよ。
石丸:そうなんですか。
大久保:多分仕事で来れなくて。だから、国見に行く時だったり、たまに試合に行く時だったり…という時の言葉に、重みがありましたね。
石丸:お父様やご家族に観てもらうためには、直接観戦もあるけれども、テレビ中継もありますからね。活躍しないと観てもらえないですもんね。
大久保:そうなんですよ。テレビに出れるくらいにならないと喜んでくれないので、頑張ってましたね。
石丸:「お父さんの期待に応えよう」っていう強い想いが、大久保さんの中にあったんですね。
大久保:「褒めてもらいたい」っていうのが、小学校からありましたね。それはプロになっても変わらなかったですね。
石丸:改めて、大久保さんにとって、どんなお父様でしたか?
大久保:僕、兄弟が姉ちゃんと妹なので、(家族で)男が僕とお父さんだけだったんですよ。だから2人で一緒にバッティングセンターへ行ったり。サッカーは1回しかしたことないですけど。
石丸:親子のコミュニケーションはすごく密に取れてた?
大久保:取れてましたね。どこへ行くにも2人。ご飯を食べに行くのも2人で行っていましたから。
石丸:そうなんですね。世間では親との会話が少ない子達が多いじゃないですか。大久保家では相談に乗ってもらったりとか?
大久保:それが出来なかったんですよね。
石丸:え、そうなんですか!
大久保:恥ずかしいのと、サッカーの話だったら怒られるんじゃないかっていう怖さがあって、そういう相談が本当に出来なくて。
石丸:じゃあ、一緒にはいるけれども、“語らずとも分かり合える”という関係なんですか?
大久保:そうかもしれないですね。だけど、友達に聞いたらお父さんに相談してる人もいたので、“羨ましいな”って思ってましたね。
石丸:そうですか。でも、先程の話にもありましたけど、要所要所で心に刺さる言葉をくださる方だったんですよね。
大久保:それが良かったですね。
石丸:今、大久保さんは子供たちを抱える“お父さん”です。“子供たちにとってこういう父でありたい”という想いはありますか?
大久保:僕が小学生の時にお父さんに話したいことを言えなかったのが嫌だったから、子供が出来たら、友達のような、何でも相談してもらえる父になりたいと思っていたんですよ。お父さんの逆を行きたくて。
石丸:今、男の子が4人いらして、どの子ともそれは叶っていますか。
大久保:叶っていますね。
自分が長男じゃないかっていうくらいですし(笑)。子供たちも色々相談してきます。
石丸:やっぱり嬉しいものですか。
大久保:相談されると色々な経験を伝えられますし、かなり嬉しいですね。
石丸:1番上の子が高校生で、1番下の子がまだ小学生になっていない。歳の違いはあると思いますけど、どういうことをお父さんに相談しにきますか?
大久保:1番上の子は、女の子の話だったり。
石丸:しますか!
大久保:それは1番嬉しいですね。僕は恥ずかしくて出来なかったので。サッカーのことも相談してくれるのも嬉しいですね。
石丸:皆さん、サッカーをされている?
大久保:してます。「こういう時はどうしたら良いの?」って。
石丸:そういう時は、プロとして具体的にちゃんとアドバイスしてあげている?
大久保:でも言い過ぎると「うるさい」って言われるんで、良い具合に話をして、「あとは考えなさい」と。
石丸:彼らにとっては一番身近なコーチですね。良いお父さんです。
大久保:ありがとうございます。