石丸:藤岡弘、さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。
藤岡:よろしくお願いします。
石丸:このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしておりますが、今日はどんなお話を聞かせていただけますか。
藤岡:今日は「古き良き日本の伝統文化」について話し出来ればなと思います。
石丸:前回も武道の話をしてくださいましたね。藤岡さんはお生まれが愛媛県でいらっしゃいます。実は私も愛媛県生まれでございまして、通じるものがあって嬉しいです。
藤岡:嬉しいですね。
石丸:お生まれは久万高原ですか?
藤岡:今は合併して久万高原町になりましたね。昔は村だったんですよね。
石丸:おいくつ位までそこにいらっしゃったんですか?
藤岡:小学校の1〜2年くらいです。父が警察官でもあったので、転勤でそこへ行っていた時に、駐在所で生まれました。
石丸:警察官はいろんな所に赴任されますよね。
藤岡:そうなんです。たまたま転勤地で、故郷と言っても私の先祖の地ではないんですけれど。僕はそこで生まれましたから、その土地の自然に育んでもらって得たものにすごく影響を受けていますね。
石丸:生まれ故郷で見て感じたものですよね。
藤岡:“久万高原”と言われる通り、冬は2メートルほどの雪が積もって。ちょうど高知と愛媛の県境ですから。
石丸:そうですよね。四国山脈のね。
藤岡:そうです! 石鎚山(いしづちさん)のちょっと下です。
石丸:新居浜は石鎚山のふもとなんですけど、(山は)険しいですよね。
藤岡:険しいです。自然がすごくて、猪や鹿やうさぎやキジなどの山鳥がいました。だから小さい頃のたんぱく源は村の皆さんからいただいたり、父が猪を撃ったのを村の皆さんへあげたりしてね。キジのスープでお蕎麦を食べたりしましたね。また水が美味しいところなんですよ。
石丸:そうなんですね!
藤岡:すごく水が良いんですよ。また、僕が生まれた久万高原には、四国八十八箇所のひとつ、第四十四番札所の大寶寺(だいほうじ)というお寺があるんです。その大寶寺の近くで生まれたので、神社は私の遊び場でもあったんですよね。
八十八箇所だと四十四番目で半分ですよね。これからがまた険しい難所になるのですけど、“やっとここまで来たな”と巡礼の皆さんがちょうど一服する場所なので、そこでのおもてなしの文化がありまして。
石丸:私も四国人ですから、「お遍路さんをもてなす」という話は聞いています。「お接待」ですね。
藤岡:そうです。小さい頃から見てましたから、それを当たり前のごとくやってたんです。
石丸:お母様がやっていらっしゃいました?
藤岡:やっていましたね。
石丸:どういうおもてなしを?
藤岡:駐在所の前に座るものを置いて、そこにみかんとかお芋とかお茶など(土地で)採れるものや頂いたものを置いて、「どうぞご自由に」というもてなしですね。
ほかに母から「お坊さんが来たら必ずお米を持って行って入れてあげなさい」と渡す分を教えてもらっていて、(お坊さん)が来たら母が居なくてもカップにいっぱい持って行って、(お坊さんの)前の袋に入れてあげる。
そういう文化や伝統を村じゅうが普通にやっていて、日常生活のひとつだったんですよね。
石丸:四国全体がそうだったですよね。
藤岡:そうです。いろんなもてなしを受けながら巡礼の皆さんがどんどん癒されていく…というか。長時間にわたって母がずっと(巡礼の方の)話を聞いてあげているのを見たことがありますよ。その間、私は(巡礼の方と)一緒にいる子供と遊んだり。
裏に柿の木があったんですけど、母は「柿の木の一番上は鳥さんが食べる。下のはけものさんが食べる。落ちたものは虫さんが食べる。(だから)真ん中の良い実を取ってあげなさい」と言ったので、自分で登って(柿の実を)もいで、それを巡礼の子供に「はい!」と言って渡してあげたりしていました。
石丸:優しい子ですね!
藤岡:そういうことを教えられていました。
石丸:お母様の「人間だけじゃなくて動物や虫も(柿などを食べて)生きてるんだ」という教えは素敵なものですね。
藤岡:弘法大師さまの教えだと思うんですよね。弘法大師さまの「人を思いやりなさい。いたわりなさい。慈しみなさい。感謝しながらもてなしてあげなさい」という教えが定着している。四国の巡礼地を全部回った後、肉体も精神も満たされていくというのは、そういう多くの人にもてなされながら愛をいっぱいもらって癒されるということ。八十八箇所、自分は何も与えてないのに全部もらって、皆さんに愛されて「今、存在している」ということに気付いて涙して感じるものがあるのかなと思ったりするんですよね。良い文化ですよね。日本の誇れる文化のひとつではないかと思います。
石丸:そう思います。そして今、コーヒーを淹れて、このスタジオで頂いております。「藤岡、珈琲」という名前の深煎りの美味しそうな豆です。私、深煎りが大好きなので。
藤岡:それじゃあ、うちの豆はピッタリですね。
石丸:この豆は「ペルー産」と書いてありますね。
藤岡:ペルー産の有機です。貧しい村で作られているから農薬とか肥料とか使えなくて、そのまま自然のものだということなんですよ。収穫の方法も昔のままで、豆を手で洗って取り出しています。
石丸:では早速、いただきます。
藤岡:私も毎日感謝しながら頂いています。
石丸:香りも素晴らしいんですけど、深煎りなのに味がこんなにマイルドなんですね。
藤岡:「深いと苦みが」というけど、この苦みが苦みじゃなくてすごく深いマイルドな感じで、僕は大好きなんですよ。これが「男の珈琲」というワイルドさが伝わってきて嬉しいんです。
石丸:そもそも、このコーヒーを「藤岡、珈琲」という形で皆さんに飲んでもらおうと思ったきっかけは何ですか?
藤岡:実は難民ボランティアを通して世界中を旅した時に、いろんな国でもてなしにコーヒーをいただいたんですね。それぞれの国のコーヒーの美味しさがあるんですね。それでだんだんと私はコーヒーに魅せられていって。お返しに私は日本茶を持って行ってお茶をたてるとすごく喜ばれて。そういう交換をしながら旅をしていました。
貧しい村でもコーヒーの木だけはあるんですよ。それが経済の基になっている場合もあって、“コーヒーを広めることによって、ボランティアと同じで貧しい村や貧しい人達を少しでも助けられるんじゃないか”というのがきっかけだったんです。
石丸:そういうきっかけなんですね。びっくりしたのは「珈琲道」と冊子に書いてありますけど、茶筅でコーヒーを泡立てていらっしゃいますね。あれで味がフワァーっと変わるじゃないですか。
藤岡:そうなんです。あれは日本の文化で、すごいことですよね。
石丸:それがお茶なら分かるんですけど、なぜコーヒーを?
藤岡:お茶の香りもそうですけど、コーヒーの香りの方がより一層引き立つんですよ。
石丸:そうなんですね! それはやってみたいと思いました。
藤岡:母がお茶の先生だったので、茶器の道具があったんですよね。“これをコーヒーでやったらどうだろう”と思いついて。お土産に生豆をもらって日本へ帰ってきて、それを日本の水で洗って、炭火で焼いて、砕いて、日本の岩清水でたてて、茶器を使って茶筅で混ぜて飲んでみたら、フワァーっと香りがたって。お茶のお椀は手で持つから、お椀のぬくもりと共に香りをかぎながら味わえるんです。
石丸:(お茶用の器は)口が広いですからね。日本の古き良き伝統を今に伝えて、今の人に提案されているのは、どんな想いからですか?
藤岡:今は国境も民族も超えていろいろ融合しているじゃないですか。和洋折衷と言いますか。私はこれで良いと思うんですよね。もう国境も民族も超えて、ビザもパスポートも要らない、そういう時代が来るような予感もするしね。
お互いが「思いやる愛」と「相手を認める尊敬の念」と「生かされてることに対する感謝の念」があれば、国境も越えて融合出来ると思うんですよ。
そこにそれぞれの文化が融合していけば、もっと広がっていく。例えば音楽だってスポーツだって全て融合出来るものがあると思うんでね。
石丸:融合ですね。
藤岡:そこに若者たちの大きな国境を越えたセレモニーが見えてくるし、そこに感動があると面白い。だからコーヒーひとつにしても、和洋を融合して味わうというのは面白い試みだし、そういう風にして民族で認め合いながら平和な安定した世界を皆さんで求めていけるような時代になったらいいかなと。
石丸:そのためには「日本の文化を知る」ということですよね。
藤岡:そうです! 日本を知っておかないと海外へ行った時に恥をかいてしまいます。日本の歴史をいっぱい知って、誇りを持って他の民族に伝えると、受け入れてくれる。他の民族の素晴らしさも受けて上手くブレンドしていくと、素晴らしい人間関係、心情の交流が上手くいくんですよね。これからの大事な要素ではないかと、私はそんな感じがしますね。