石丸:古澤巖さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは3週にわたって、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしてまいりました。最終週は“時を重ねながら長く大切にしていること”についてお聞きしたいと思いますが、それは何でしょう?
古澤:ズバリ、「サーフィン」です。
石丸:サーフィン!
古澤:“長く”というとちょっと語弊があって、まだ初心者で10年目ぐらいだと思います。
石丸:始めたきっかけは何だったんですか?
古澤:宮崎県の日向は「サーフィンのメッカ」と言われていて、世界的な大会も時々行われているようなところで、この間のオリンピックでも最終候補地の2つのうちの1つだったんです。たまたま音楽家としてその町に長く出入りしていたんですが、自分が関わっているコンサートホールに…担当の方っているでしょ。
石丸:そうですね。
古澤:その方がある日、「古澤さん、僕、サーフィンが出来たんですよ。ものの15分で(サーフボードに)立てました。(古澤さんも)やってみませんか」って言われたんですよ。すぐに海岸に連れて行かれて、そこにはスーツからボードから全部置いてあったから「さあ、始めましょう」って言われて。
石丸:(笑)。
古澤:いきなりでしたけど、ものの15分で出来たんですよ。
石丸:出来たんですか!
古澤:今思うと「日向の海はハワイの海と同じだ」ってみんなが言うのが良く分かるんです。波が遅いんですよ。つまり、波は立つけどバーン!と来ないので、素人にはやりやすかったんですね。
海がそうさせてくれたんだと思うんですけど、それがきっかけで、ハマっちゃってですね。今やもう、湘南に引っ越して週2〜3くらいでサーフィンをやっているんですよ。
石丸:すごいハマりようですね。
古澤:「楽器の数よりボードの方が多い」って、ギターの小沼ようすけさんのセリフなんですけどね。僕はヴァイオリンを1個しか持ってないから、ボードの方が多くなっちゃいましたね。
石丸:いやあ、すごい! でも何が、そこまでかき立てるんですか?
古澤:もちろん、サーフィンそのものが非常に難しいのもあるんですけど、それよりも、僕ら音楽家は、ステージの上でお客様の前でエネルギーをドーンと出して、それをお客様が受け取ってくれて、「今日、元気にしてくれてありがとう」って感じがあるじゃないですか。
石丸:そうですね
古澤:“じゃあ、自分は誰に元気にしてもらったら良いのかな”と思っていたんですよ。例えば、燃料と称してお酒を飲んでみたり、温泉に入ったり、マッサージをしてみたりしても、完全にスッキリするということでもない。携帯みたいにコンセントにつないでチャージ出来るものがあれば良いなと思うんですけど、中々なかったんです。それが(自分にとっては)「海」だったんですよ。昨今、色々あって海水浴場がどんどん閉まってしまっている中、大人が海に行くことってあんまりないじゃないですか。見に行くことことはあるかもしれないけど。
石丸:「海の中に入る」ってことは、本当に少なくなりましたね。
古澤:ましてや寒い時期なんて、絶対にないでしょ。
石丸:見るだけですね。
古澤:サーフィンの場合はウエットスーツを着ているから、いつだって入れるんですよ。
石丸:そうみたいですね。年中入ってますもんね。
古澤:そうです。元旦から入ってますからね。それで(海に)入って知ったんですよ。“なんだこれ。自分がチャージされてるじゃないか”と。
だから、海へ行かなかったら演奏会が続けられないということを知ってしまったので、まずサーフィンの日にちを押さえてから、演奏会の日程を決めてるんです(笑)。
石丸:まずはチャージということですね(笑)。海に入ることで、演奏家として何か変化はありましたか?
古澤:みんなに「焼けたね」って言われます(笑)。
石丸:まず見た目がね(笑)。
古澤:僕、色白なんですけど。
石丸:本当ですか。(お顔が)真っ黒なんですよ。
古澤:顔だけね。
石丸:少し赤みもあるからどこかの海に行かれたのかなと思ったんですけど、まさにそうでしたね。
古澤:でも、もう1週間前の話ですよ。今日はこのラジオがあるから、行けなかったんですよ(笑)。
石丸:それは残念でした(笑)。
古澤:いえいえ、こうやって会えて楽しいお話をさせてもらったから良いんです。でも、安心感があるんですよね。例えば、“あそこの神社にお参りに行ったら必ず良いことがある”って思うのとちょっと似ているのかな。自分が海に入りさえすれば、元気でいられる。
石丸:古澤さんにとって(海は)ヒーリングスポットですね。
古澤:そうです。人によっては「お散歩に行かないとダメ」とか、「プールへ行かないとダメ」とか「山登りすると治る」とか、それぞれの人たちの感覚があると思うんです。僕の場合は「海」なんですよ。
石丸:では、海に入って上がってくると、何か縛られてたものが解き放たれて、またゼロに戻っていける。そんな感じですか?
古澤:まさにそうです。だから海に入りさえすれば、入った瞬間に“また明日から演奏会が出来る”って自分で分かるんですよ。
石丸:それは最高のリフレッシュの方法ですね。
古澤:僕ね、お風呂は1分も浸かっていられないんですよ。“カラスの行水”ってやつなんですけど、海なら大丈夫なんです。サーフィンで遊んでいるからじゃないですかね。だからお風呂も、浮かべるアヒルとか何か遊ぶものを持って入れば、もうちょっと長くいられるのかもしれないです(笑)。
石丸:サーフィンをするために海の近くに引っ越されて、海とともに生活していらっしゃる古澤さん。今は幸せですか?
古澤:アウトドアでも何でもなかった自分が、“自然から力をいただいている”ということを本当に感じるようになりました。というのは、(海だけでなく)夜には月や星を見て…。都会に住んでいたら、空を見上げることすら忘れていたかもしれない。だから“どこか行きたいな”ってなるわけじゃないですか。旅行が多い仕事だからというのもありますが、今は“どこにも行きたくない”というか、“行かなくてもいいんだ”っていうね。
あとは、海のそばだと波の音がうるさいので、他の人を気にせずに練習し放題(笑)。
石丸:そうですね! 波の音が包んでくれますものね。
素晴らしい生活を送っていらっしゃって、色々な活動をされていますが、改めて今後やっていきたいことや、やりたいことがあれば教えていただけますでしょうか。
古澤:次から次へと新しいことや無理難題が降っては生まれてくるので、何が起こるかも分かりませんけど、今始まっているのが、指揮者無しでフルオーケストラを相手に、1人で指揮台の上でヴァイオリンを弾きながら暴れまくるってやつをやってます。
石丸:おお!
古澤:以前話をしたバーンスタインじゃないけど、音楽家がハッピーに今までの世界の枠から外れて自由に飛び立てるようなものを、同じクラシックをやる仲間たちと一緒に始めていますし、カルテットと一緒に演奏したり、ベルリンフィルのメンバーと一緒に演奏したり、プロジェクトはどんどん膨らんでいっています。
あとは、バロックの音楽をもっともっと極めないと、自分が自由に解き放たれないなと思っているので。
石丸:本当に多岐にわたりますね。
古澤:でも、全部ヴァイオリンのためなんですよ。全部ヴァイオリンに繋がってる。そしてヴァイオリンの秘密、五線の音符の秘密をもっと解き明かしたいですね。ツアーで毎日弾いている曲でも、“ちょっと持てよ。何でここをそんなにつまらなく弾いているんだろう”って思うことがたくさんあるんですね。それは“つまらなく”じゃなくて、“自分がまだこのフレーズを生き生きとした生き物にまだ変えていないんじゃないか”ということに、今更気付いています。
これから先、20年、30年出来るチャンスがあれば、今からでもまだ遅くはないかな、なんて思います。
石丸:飽くなき探究心ですね。でも、音楽に終わりはないですものね。
古澤:本当にそうです。
石丸:これからどんどん新たな世界に足を踏み入れていく古澤さん、もしくは今までやってきたものをより深めていく古澤さんを私たちも追いかけていきたいと思います。
というわけで、1か月にわたり、どうもありがとうございました。
古澤:こちらこそありがとうございました。