石丸:春風亭一之輔さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。先週はクリスマスイブだったんですが、今日は大晦日。
一之輔:何か、そういう日に当たりますね。
石丸:本当ですね。今年2022年、どんな1年でいらっしゃいました?
一之輔:僕は、毎年の目標は「現状維持」なんです。落ちることもなく、上がることもなく、健やかに落語が出来れば良いかなと思っているんです。大晦日も独演会の仕事があるんですけども、これが締めくくりということで。
石丸:何時までやられるんですか。
一之輔:下北沢で(夕方)5〜6時ぐらいまで。
石丸:じゃあ、その後は蕎麦を食べて?
一之輔:そう。お弟子さんと家に帰って、ちょっと早めのおせちとお蕎麦を食べて。明日からまた仕事なんで。
石丸:元旦から。
一之輔:元日から寄席が三軒。
石丸:飲み過ぎないで下さいね(笑)。
一之輔:気を付けます(笑)。
石丸:そんな一之輔さんですが、4週に渡って人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしてまいりました。最終週は“時を重ねながら長く大事にしていること”についてお聞きしたいと思います。それは一体何でしょうか。
一之輔:やっぱり「寄席という空間にいる時間」です。“この時間が大切なんだなぁ、好きだなぁ”と思いますね。
石丸:ほぼ1年中寄席の日々だと思いますけども、一之輔さんにとってどういう空間なんですか?
一之輔:何か寄席の空気を吸うと、“俺は芸人だなぁ”って思えるという、原点に帰れるところがありますよね。楽屋もそうだし。楽屋も個別の楽屋じゃないんですよね、寄席って。
石丸:そうなんですね。どんな風になっているんですか?
一之輔:それぞれ違うんですけど、大まかに言うと、全ての寄席は大部屋というか大きい部屋で、偉い師匠方も前座さんもひと空間で過ごしてるんですよ。
石丸:それは初めて聞きました。
一之輔:だから出番が終わったらすぐ帰るし、出番の30分ぐらい前に入れば良いし。そうしないと(部屋が)いっぱいになっちゃうから。
石丸:“どこに座るか”というのは何となく決まっているものなんですか。
一之輔:ええ。その空間の中で、この状況だとキャリアや力関係でこの人が火鉢を前にして柱を背にしたところに座る。
石丸:そこがいわゆる1番?
一之輔:1番。その横が2番目、その向かい側が3番目とか全部決まってるんですよ。1番下っ端の時は立ってなきゃいけない、みたいな。
石丸:そうなんですね。大部屋ならではの暗黙の了解があって。
一之輔:はい。“空気を読む”ってことはあんまり好きじゃないですけど、でも実際にその状況で“自分は今、どこの位置に置かれてるのかな”とか、“どういう振る舞いをすれば良いのかな”、“どういうお話をこの師匠に楽屋で振ったら良いかな”とか“どうしたらこの人は今気持ち良くなれるかな”っていうのを前座からの3〜4年の間は楽屋で修行して身につけていくということですかね。
鼻がムズムズしている師匠がいたらティッシュを差し出すとか。
石丸:そういう心遣いも。
一之輔:「ありがとね」って(師匠が)鼻をかんで、そしてゴミ箱を差し出す。でも僕が言われたのは、「鼻をかんでる時にゴミ箱を置くなよ。何かせかしているみたいだから。鼻をかみ終わって(ティッシュを)丸めて“捨てようかな”って思った時にわざとらしくじゃなくスッと出して、『ああ、ありがとう』って(捨てて)スッと下げるのが1番心遣いなんだから」って。
先へ先へ気を回すのが良いわけじゃなくて、“その様子を受けて”というね。めんどくさいでしょ(笑)。
石丸:いやいや、それで良いコミュニケーションを取ることが出来ますものね。でもそれは、その人の動作を見ながら受け継いでいくものなんですか?
一之輔:「それが芸にも反映されるよ」って言われましたね。
石丸:そう考えると、やっぱり大部屋って大事な空間なんでしょうか。
一之輔:「そういう人間関係から学んでいくと、“お客さんが何を望んでるか”とか、“どういう落語をやったら良いか”とか、“この位置でどういう話を僕はするべきか”という、(自分の)芸に全部返ってくるんだよ」ということを先輩から言われたことがありますね。
石丸:そういうお話も、(寄席の)合間でされるんですか?
一之輔:します。こんな堅苦しい話だけじゃなくて、大体はバカバカしい話ですよ。まあ「上の先輩が女性でこんなしくじりがあった」とか「振られた」とか「浮気がばれた」とか。それで、後輩が聞いてゲラゲラ笑ってる、みたいな。
石丸:なんだかファミリーみたいですね。
一之輔:ほんと、ファミリーです。だって80代の人と10代の人が同じ空間にいて喋っているんですからね。そんな控え室ってあんまり無いじゃないですか。
石丸:確かにそうですね。寄席の楽屋というのは今初めて聞きましたけど、すごく人生を築いてくれる場所でもあるんですね。
一之輔:なんか良いですよ。