- 女子ゴルフ、9年連続獲得賞金1位を獲得。「あの」プロの軌跡を特集。
- 2016.04.09
さて、春も本番!各地で桜も満開です。
今年も2016年の女子プロゴルフの試合が盛り上がってきていますが、
その女子プロゴルフの華やかな歴史をひも解きますと、記録として1968年に遡る事ができます。
その年の獲得賞金、及び平均ストロークの1位に輝いているのが「樋口久子」プロ。
ちなみに樋口プロはその後もなんと9年連続、1976年まで賞金獲得額1位を記録。
1977年は大迫たつこプロに譲りますが、その後は78年、79年と2年連続で賞金獲得額1位に輝かれています。
と言う事で今週はその伝説の女子プロ!樋口久子プロをゲストにお迎えしました。
現在はLPGAシニア・アドバーザー(プロ)としてご活躍、またテレビの中継の解説などでもお声を聞かせていただいていますが
今回は試合解説ではなく、ご自身の事についてお話をうかがいました。
樋口久子さん(プロ)は埼玉県出身。高校1年までは陸上部に所属。
将来のオリンピック選手として期待されていましたが、ゴルフに興味を持ち、
高校卒業と同時に中村寅吉先生門下に入ります。
1967年に第1回の女子プロゴルフのテストに合格。
翌1968年に22歳で日本女子プロ選手権初優勝。
この大会では7連覇も達成されています。
その後も数々の優勝を重ね、70年代には全米女子プロ選手権を含む海外で3勝をあげられ、
1990年の2勝までで通算72勝。ゴルフ界に残然と輝く偉大な足跡を残されています。
そして、1996年にLPGAの会長就任。
トーナメントの裏方を支え、2011年の退任まで14年間、リーダーシップをとられてこられました。
そして、その後はLPGA相談役(シニアアドバイザー)として、ゴルフ界の為に奔走しておられます。
また、2003年には世界ゴルフ殿堂入りもされています。
樋口さんは、実はアメリカのツアーに参戦する中でなんとパッティングイップスになったそうです。
そんな中で努力、練習を重ね克服、アメリカメジャーの制覇という偉業を成し遂げられています。
何事もあきらめず、努力を重ねてゆく、時代や環境は変わっても、
人として大事にしなければならない姿勢は変わってはいませんね。
今年も2016年の女子プロゴルフの試合が盛り上がってきていますが、
その女子プロゴルフの華やかな歴史をひも解きますと、記録として1968年に遡る事ができます。
その年の獲得賞金、及び平均ストロークの1位に輝いているのが「樋口久子」プロ。
ちなみに樋口プロはその後もなんと9年連続、1976年まで賞金獲得額1位を記録。
1977年は大迫たつこプロに譲りますが、その後は78年、79年と2年連続で賞金獲得額1位に輝かれています。
と言う事で今週はその伝説の女子プロ!樋口久子プロをゲストにお迎えしました。
現在はLPGAシニア・アドバーザー(プロ)としてご活躍、またテレビの中継の解説などでもお声を聞かせていただいていますが
今回は試合解説ではなく、ご自身の事についてお話をうかがいました。
樋口久子さん(プロ)は埼玉県出身。高校1年までは陸上部に所属。
将来のオリンピック選手として期待されていましたが、ゴルフに興味を持ち、
高校卒業と同時に中村寅吉先生門下に入ります。
1967年に第1回の女子プロゴルフのテストに合格。
翌1968年に22歳で日本女子プロ選手権初優勝。
この大会では7連覇も達成されています。
その後も数々の優勝を重ね、70年代には全米女子プロ選手権を含む海外で3勝をあげられ、
1990年の2勝までで通算72勝。ゴルフ界に残然と輝く偉大な足跡を残されています。
そして、1996年にLPGAの会長就任。
トーナメントの裏方を支え、2011年の退任まで14年間、リーダーシップをとられてこられました。
そして、その後はLPGA相談役(シニアアドバイザー)として、ゴルフ界の為に奔走しておられます。
また、2003年には世界ゴルフ殿堂入りもされています。
樋口さんは、実はアメリカのツアーに参戦する中でなんとパッティングイップスになったそうです。
そんな中で努力、練習を重ね克服、アメリカメジャーの制覇という偉業を成し遂げられています。
何事もあきらめず、努力を重ねてゆく、時代や環境は変わっても、
人として大事にしなければならない姿勢は変わってはいませんね。