家族凄すぎ(≧∇≦)

2018/06/07

おじいちゃん、お父さんと名手に囲まれた環境はうらやましくもありますが、いろいろなことに興味がある遊びたい盛りの年代らしい領哉くんの正直な話はとても好感が持てました。


おじいちゃんと領哉くんの間に座った私。





おじいちゃん「1日8時間なんて短い!寝る時も三味線を横に置いてバチを握って寝るくらいじゃないと!」

ル「領哉くん、だそうです」

領「・・・」





私もお節介おばさんの顔になってるし、うつむいちゃうよね(⌒-⌒; )

その様子に大爆笑でした。






おじいちゃんはこういう方。





津軽民謡界の重鎮、2代目「今 重造」として活躍なさっています。

明治40年生まれの初代は、当時全国を回りながらお客さんが入らなければギャラは無し、うまくならねば伝わらねば食べてはゆけない!という厳しい環境の中で経験を重ね、今 重造の名前を確立されたという話を熱く語ってくださいました。


やっぱり領哉くんはうつむいていました(≧∇≦)


領哉くんのお父さんもすごい方で、唄は5歳で初舞台、三味線は10歳にして大先輩方と同じ舞台で演奏することを許され、2011年には津軽三味線日本一決定戦で見事優勝。





スリーショットいただきました!!



実はおばあちゃんもすごい方で、青森民謡の手踊り日本一*\(^o^)/*

民謡一家のDNAは脈々と受け継がれていくのでしょうね。



領哉くんが、チューナーも使わず何気にチューニングしている姿にもそれを感じました。






そうそう、実は、私は今まで津軽じょんがらだと思っていたのですが、正式には「じょんから」で、じょんがらと濁るものはないそうです。

一説によると、たまたまそう聞こえた誰かが言い出して自然に広まってしまっただけだとか(((o(*゚▽゚*)o)))
今ではじょんがらも使われているから、言葉が生き物だとつくづく思います。

確かに、賞状にもじょんからとしか書いてありませんね。





また一つ覚えましたV(^_^)V














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