三協フロンテア presents The Starters(ザ スターターズ)

パーソナリティ ユージ・吉田明世20代~30代の若手起業家をゲストに迎え、
彼らがどんな発想や未来への展望を持ってブレイクスルーを起こそうとしているのかお話を伺います。
高い意識とモチベーションで社会に風穴を開けようと取り組む彼らの話が、
「あなたも、世の中を変えられる!」という、
朝、仕事へ向かうビジネスパーソンのやる気のカンフル剤になることを目指してゆきます。

Guest ゲスト

2026.03.24

住みかえを軽やかに、人生を鮮やかに。

株式会社Facilo 代表取締役CEO
市川 紘さん
不動産仲介の煩雑な情報を一元化・可視化する
クラウドツール「Facilo」の開発


ONE MORNING「The Starters」
火曜日のこの時間は社会に風穴を開けようと取り組む若き起業家をお迎えして
そのアイデアの根っこにあるものや未来へ向けたビジョンを伺います。

今週のゲストは先週に引き続き、株式会社Facilo(ファシロ)代表取締役CEOの市川 紘さんです。
市川 紘(いちかわ・こう)さんは大学卒業後、リクルート。SUUMOで様々な仕事に従事。2016年、アメリカで不動産テック企業に勤務。2021年に帰国してFaciloを創業されています。
先週は主な事業内容について伺いました。物件探しなどの不動産仲介業のDX化を進め、複雑な手続きやペーパーレス化されていない業界の習慣に風穴を開けている会社ということでした。今週は会社を立ち上げる前後のお話を伺いたいと思います。
大学は慶応義塾大学の法学部ということで、学生の時に憧れた職業は何だったんですか?

「今思えば本当に浅はかなんですけど、“人生ゲーム”というボードゲームあるじゃないですか。あのゲーム内で「弁護士」ってお給料が高くて結構ハイランクの位置にするんです。自分自身文系だったので、文系の中で「弁護士ってすごい!」と浅はかに考えてそれで法学部に行きました。なのでその時は「弁護士になりたい」と考えて大学生活をスタートしました。」

そんな中でなぜリクルートに入ることになったんですか?

「まず、司法試験の勉強が本当につらすぎて、全然身が入らず、シンプルに断念したんです。一方で、大学時代に課外活動としてバンドにハマっていて、それはすごくのめり込んでいたんですね。なので、本当にバンド活動は楽しい、でも司法試験はつらい、という両極端を味わっていて、なんでこんなに違うんだろうなと思った時に、やっぱり「自分は何か新しいものを作るのが好きだな」というふうに思いました。じゃあ新しいものを作る仕事って何だろうって考えた時に、シンプルにビジネスだなというふうに考えました。じゃあ就職活動しようという中で、一番「何か新しいことをやる事」そのものが価値になっている会社を探し、リクルートは新規事業も活発だったというところでリクルートに就職しましたね。」

そのリクルートから海外に行くわけですよね。これはどういった経緯だったんですか?

「リクルートからの駐在として行きました。2008年から2015年まではリクルートの国内で数年仕事しまして、2016年に当時のリクルートが海外の買収したMOVOTOという会社があったんですけど、そこで本社のリクルートと現地の橋渡しするような役割で派遣されました。」

仕事内容はどういったものだったんですか?

「いわゆるファイナンスだったり、経営企画だったりという仕事で、現地で起こっていることを数字でまとめた上で、親会社であるリクルートに報告しながら、どういう戦略でやっていこうかというのを橋渡ししていくような役割でしたね。」

その海外の会社が一時経営難に陥った際、その再建に貢献されたとお聞きしました。

「そうですね、貢献はできたと思っています。 最初の2年間はリクルートの駐在として行っていたんですけども、リクルートの方針に伴って、その会社がもうリクルートグループを離れ、一スタートアップにもう一度戻るということでリクルートとの資本関係なくなるタイミングがあったんです。そこで私はリクルートをやめて現地に残るという選択をしました。リクルートというスポンサーのもと投資をしてもらっていたのが、赤字の企業に逆戻りしてしまったので、そこをCFOとして黒字化して立て直すというのは大きなミッションでしたね。」

すごい経験ですよね…!それでは黒字化には成功できたんですか?

「そうですね、 1年くらいかけて。 最初は銀行残高を毎日というか3時間に一回くらい確認して、「また減った…」と気にしていたんですが、徐々に減り幅が少なくなっていって、 1年くらいで黒字にすることができました。」

やっぱりそこでの経験は相当自信になりますよね。

「そうですね。今思えば、そこは本当に今の自信とか土台になっているかなと思いますね。」

そして 2021年に帰国してFaciloを創業されています。創業するまではどういったことがあったんでしょうか。

「リクルートから独立したMOVOTOという会社を黒字化できて、すごく勢いが出てきて、成長軌道に乗ったので、縁あって新しいものを作るのが好きということでビジネスの世界に飛び込んだので、究極は「事業そのものを一から作ること」だろうと思い、そこに挑戦したいという思いで起業を決めました。」

自分で会社をやるとなると、経営者として人を集めなきゃいけないし、資金集め、足りない技術者集め、いろいろあると思うんですけど、その辺はどうされたんですか?

「まずはプロダクトですね。いい商品を作れる会社になりたいと思い、シリコンバレーでまさにそういうプロダクトで世の中を変える様を横ですごく見てきたので、やはりエンジニアと立ち上げたいなという気持ちがあり 当時、シリコンバレーで日本人同士のパパ友だったエンジニアの梅林というものがいたんですが、彼といろいろ話しているとすごく価値観も合うし、エンジニアとしてすごくスキルも高かったので、彼をまず誘い、自分とCTOでスタートしました。」

でも梅林さんはシリコンバレーにいらっしゃったんですよね。「日本に一緒に行かないか?」と誘ったんですか?

「そうですね。最初は私が先に帰国して、彼はアメリカに残りながらだったんですが、今は日本に帰ってきて一緒に仕事しています。」

先ほど「パパ友」とおっしゃっていましたが、市川さんはお父さんでいらっしゃるんですか?

「そうですね。」

では海外に行く決断っていうのは、ご家族を連れての決断だったんですね!

「新婚でアメリカに一緒に行ってくれて。リクルートを辞めて、何も後ろ盾がなくなるのも背中を押してくれ、その間に向こうで子どもが生まれました。」

お子さんが小さかった時ですからね。すごいタイミングでよく頑張られましたね。
改めて起業する時に大切なことって何だと思いますか?

「自分自身の人生をかけて解決したい課題や、「これは自分の天命だ」と思えるものであってこそ踏ん張りがきくというか、力が出るかなというふうに思っています。やっぱり自分自身は本当にたまたまですが、縁あって日米で不動産業界に触れてきて、アメリカでや経験してきたことをもう一度日本に還元して、より良い不動産業界にしていくことは、自分の天命だなって思えた瞬間がありました。その決意があるからこそ今つらい時も踏ん張れるので、そういった何か自分の天命、ミッションだと思えることにやっぱり取り組むっていうのが大事かなと思いますね。」

ありがとうございます。そろそろお時間となりました。最後にこれからの夢を教えてください。

「まさにアメリカで不動産業界を見てきて、本当にアメリカって住み替えの回数が日本の4倍あるわけですよね。それくらい住み替えという選択肢が身近でポジティブで、皆さん本当に自分の理想の暮らしを叶えるために柔軟に住み替えているところなので、日本もそういうふうになっていったならば、一人一人の生活もより豊かになりますし、その積み重ねで、例えば経済全体も盛り上がっていくと思うので、そういったことをですね、デジタルや、テクノロジーの側面から支援したいなというふうに思っています。」

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