三協フロンテア presents The Starters(ザ スターターズ)

パーソナリティ 鈴村健一 ハードキャッスル エリザベス20代〜30代の若手起業家をゲストに迎え、
彼らがどんな発想や未来への展望を持ってブレイクスルーを起こそうとしているのかお話を伺います。
高い意識とモチベーションで社会に風穴を開けようと取り組む彼らの話が、
「あなたも、世の中を変えられる!」という、
朝、仕事へ向かうビジネスパーソンのやる気のカンフル剤になることを目指してゆきます。

Guest ゲスト

2020.03.10

誰でもつくれるソーラー発電所を販売

株式会社Looop代表取締役社長
中村創一郎
人の役に立てるって素晴らしいなと感じました


今週のゲストは、株式会社Looop代表取締役社長の中村創一郎さんです。

中村さんは1978年、京都のお生まれ
北京の大学在学中にネット・ビジネスをスタート。
その後、日系企業と中国企業との橋渡しを行うコンサルティングや
レアメタルの調達と販売業に携わります。
そして、2011年、日本での起業を決意し株式会社Looopを設立されました。

まずはLooopの事業を簡単に教えて下さい。

「ループは循環するというイメージなのですが、再生可能エネルギーの発電所、
 太陽光発電や風力発電、水力発電などといった発電所をつくっている会社です。
 その発電所で作られる電気を一般のお客様に販売しているというのが
 我々の事業となっています。」

Looopという名前は「o」が3つ連なっています。この由来は何ですか?

「いろんな意味があるのですが、一番最初に思いついたのがGReeeeN。
 eが4つあって、4人の方がやっている。
 僕たちは3人で始めたので、oが3つというのがあります。
 GReeeeNをパクってしまいました(笑)すみません。」

2011年に起業されたきっかけを教えて下さい。

「当時、私は中国の上海に住んでいたんですけども
 上海でレアメタル事業をやっていました。
 中国でレアメタルを買って日本で販売する事業をしていたのですが
 震災が発生した時に、取引先の方にソーラーパネルをつくっているお客様がいたんですね。
 その方が"日本は大変なことが起こっている。日本は電気が無いみたいだから
 ソーラーパネルが役に立たないか”と言われて
 "分かった。じゃあソーラーパネルを持っていってみるわ”と
 軽い気持ちでソーラーパネルを持っていくことにしたんです。
 そしたら、ソーラーパネルを設置した石巻と気仙沼の方にすごく喜んで頂いて
 こんな人に喜んでもらえる仕事はいいなと思いまして、
 もしかしたらこれから日本は再生可能エネルギーが必要になってくるんじゃないかと
 思ったのと、人の役に立つ仕事、人の為になる仕事がしたいと
 日本に戻ってLooopを創業しました。」

人との触れ合いでソーラーパネルの素晴らしさを実感されたんですね。

「そうですね。本当にいろんな人から感謝されて
 今でもやり取りをさせてもらうんですが、当時子どもだった子から
 "夜でも電気を使えるようになったからトイレに行くのが怖くなくなった"と
 言われた時に、僕も子どもがいたのでこうやって色んな人の役に立てるって
 素晴らしいなと感じました。」

中村さんはそれまで、ソーラーパネルに関する知識や経験はあったのですか?

「実は全く無くて、どうやって電気を発電するかとか全然知らなくて
 レアメタルもシリコンから作られるんですが、
 シリコンから作るということしか知らなかったんですね。」
 
起業後、業績はいかがだったんですか?

「お恥ずかしい話なのですが、一年目で結構大変なことになっていて
 どちらかというとレアメタルは在庫を持って商売するビジネスなんですね。
 その感覚でソーラーパネルの在庫を持ったんですけど
 一瞬で資金が底をつきまして、これはまずいということで
 残っていたお金を使って展示会に出したんです。
 展示会に出す時に何も無しに出したらまずいねと。
 じゃあ僕たちが持っているのは何かとなったら、その時あった在庫だったんですね。
 この在庫何かに使えないかなという話をしながら
 ソーラーパネルいっぱいあるし、これで発電所つくってみない?
 という感じで始まったんです。
 それで発電所つくったら意外と簡単にできるじゃんと。
 一見難しそうなソーラー発電所がすごく簡単につくれたので
 これはもしかしたらキット化して、誰でもつくれるソーラー発電所として
 売り出したら売れるんじゃないかということで、
 展示会でそこを押しで出したのが大ヒットして
 そこから一気に業績が回復したというのがあります。」

ただパネルを売るだけでなく、組み立てて使うところまで
イメージして販売したというわけですね。

「被災地でパネルの設置をしていた経験がすごく活きたんです。
 その時は1、2枚のパネルを設置して被災者の方に提供してたんですけど
 1枚2枚も50枚繋げるのもそんなに難易度は変わらないんじゃないかと。
 実際にそんなに難易度は変わらなかったので、それが一番最初のきっかけでした。」

業務としては上手くいったということですが、大変だったことも多かったのではないですか。

「ソーラービジネスそのものがすごい勢いで成長していったんですね。
 そうなってくると資金繰りが大変でしたね。
 資金がなかなか続かない期間があったのが苦労しましたね。
 金融機関とのやり取りであったりとか、そういったところが一番苦労しました。」
 
知名度を上げていくことも大切、どうやって信用などを得ていったのですか?

「色々やったのですが、一番効いたのが社員のみんなに
 みんな発電所持ちなよと言ったのが良くて
 社員が自分の家の周りに発電所を持ち始めたんです。
 そうすると社員がそこで電気をつくって売買をしてそこそこ儲かったんです。
 自分で利益を出すと、お客様に売るのがすごく簡単にできるようになるんです。
 僕も実は持っているんですよとお客様に言うとすごく説得力があって
 そこで横展開が上手くいったというのが
 2012年、13年くらいは一つのきっかけだったかもしれないですね。」

実感は大事。信用につながったということですね。
最後にこれまで乗り越えてきたハードルを教えて下さい。

「色んなハードルがあったんですが、一番大きなハードルは
 発電所をつくって一般的には電気を電力会社に売るんですね。
 電力会社に売るのではなくて、一番初めにやりたかったことは
 自分たちが発電所でつくった電気を一般のお客様に売らなきゃいけない。
 そのお客様に売る時が一番ハードルが高かったです。
 どうやってやったらいいか分からないというのもあったし
 ちょうど2016年に電力の自由化が始まって、それがきっかけとなって
 一般の方たちに販売ができるようになったんです。
 そこは本当にハードルが高かったですね。」
 
ありがとうございました。中村さんには来週もお付き合いいただきます。
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