三協フロンテア presents The Starters(ザ スターターズ)

パーソナリティ ユージ・吉田明世20代~30代の若手起業家をゲストに迎え、
彼らがどんな発想や未来への展望を持ってブレイクスルーを起こそうとしているのかお話を伺います。
高い意識とモチベーションで社会に風穴を開けようと取り組む彼らの話が、
「あなたも、世の中を変えられる!」という、
朝、仕事へ向かうビジネスパーソンのやる気のカンフル剤になることを目指してゆきます。

Guest ゲスト

2021.09.14

月に15本のクラブイベントを企画

アソビシステム株式会社
代表取締役
中川悠介さん
原宿を拠点に地域と密着しながらファッションや音楽、ライフスタイルといった“HARAJUKU CULTURE”を、国内外に発信し続けている会社


ONE MORNING「 The Starters 」。
火曜日のこの時間は社会に風穴を開けようと取り組む若き起業家をお迎えして そのアイデアの根っこにあるものや未来へ向けたビジョンを伺います。

今週と来週のゲストは、
アソビシステム株式会社 代表取締役の中川悠介さんです。
中川悠介さんは1981年生まれ東京都出身。
大学在学中からイベントを主催、2007年にイベントプロモーションやアーティストマネジメントなどを行うアソビシステムを設立。
原宿を拠点に地域と密着しながらファッションや音楽、ライフスタイルといった
“HARAJUKU CULTURE”を、国内外に発信し続けています。
また「きゃりーぱみゅぱみゅ」さんや「中田ヤスタカ」さんなどのマネージメントでも知られています。

先週は、アソビシステムの新しい取り組みだったり、現状をどうお考えなのかといろいろ伺いましたが、
今週は中川さんのこれまでを中心に伺っていきたいと思います。

いきなりですが、まず少年時代について、
幼稚園から自由な校風で知られている和光に通われたと伺ったのですが。

「制服もなくて、自由な学校でしたね。中学校時代、バンド少しやってみたりとか、
学校に1時間半かけて電車で通っていたので、たくさん遊べました。」

今振り返って、現在に活かされているとこはありますか?

「電車とか長い時間乗っていたので友達とのコミュニケーションをすごい多かったです。
あと、住んでるところがバラバラだったので、それって珍しいし、良かったです。」

高校は都立に行かれたとのことで、これはなぜですか?

「幼稚園からずっと一緒だったので、ちょっと変えてみようかなと思って、新しい仲間もできて、
文化祭も遊びながら一緒につくったり、イベント自分たちでやったりしてました。」

イベント事、文化祭などもやられてたっていう話がありましたが、
これを将来仕事にしていきたいなとかそういう感覚ってありましたか?

「僕が入るまで一部の人は、真面目にやるだけだったのが、全員巻き込んで楽しいことをしようみたいなことを動いていたのです。
その時に人をプロデュースする事って楽しいなと思ってました。」

「その高校の仲間たちが、美容師になるとか、DJになるとか話してたので、将来会社かビル作ろうよみたいな夢話をずっとしてました。」

それが今のお仕事にも繋がってますね。
大学に進学されるわけなんですけども、ここでもまたイベント関係に熱中されたと伺いました。

「そうですね。イベントやりまくってました。ライブ DJ イベントもあるし、あとファッションショーですね。
服飾の専門学校と美容の専門学校の子達集めてやるイベントの企画をやってました。人をまとめる事が好きで、人と喋る事が苦ではないです。
僕才能ないので、才能ある人たちが大好きなんです。」

大学の話まで来たので、そろそろ就職活動時期になってきますが、
就職はどうされたのですか?

「就職活動はちょっと舐めてるくらいちょっとだけやったのですが、辞めちゃいました。
どこかの会社に入るとかも結局なくなかったです。一回、先輩たちと会社作ってやってみましたが、うまくいかなかったです。」

それがうまくいかなかったけども、これまでずっとやられてきたイベントを作ったりとかを会社にしようと思ったのか、
会社になっていったっていう感じなのか。
振り返るとどうですか?

「そうなっていったという方が近いかもしれないですね。
今の時代みたいに、こういう事業計画で、こういう会社を作りますみたいなスタートアップとは違うので、
これまでやっていたことの延長線上で会社になっていきました。」

タレントのマネージメントもされていますが、それはどの辺りでシフトしたのですか?

「これは、イベントに出ている人気ある子達がもっとスターになれるのではかなと感じてて、これを頑張っていきたいなと思いました。
今でこそ、マネジメントと言いますが、当時は全く分かんなかったので、
なんとなく営業みたいなことしてみたりとか、プロデュース業探してきたりとかをコツコツやっていました。」

実は僕が中川さんに出会ったのが、
おそらくそのイベントをやられていたので、僕が当時21,22だったですが、
本当に10年以上前で、ちょうどアソビシステムの会社作られて、
プロデュースとかマネージメントもされてる頃、
そんな努力をされているとも知らずに、一緒に遊んでいただいて光栄です。

「本当に懐かしいですね。当時、最大クラブイベント月15本やってましたね。」

凄いですね。体力面大丈夫でしたか。

「体力は結構限界、、当時若かったので」

アーミーさんは、人気者だったので、
ちょっとクラブ歩くだけでみんなに『アーミーさん、アーミーさん!』と男の子から女の子から話しかけられたので、
その度にお酒飲んでるイメージだったのですが、

「僕はお酒強いほうですね。」

クラブイベント月15本やられて、
ちょっと軌道に乗り始めてるかなーと思うタイミングでどっかでありましたか?

「よく聞かれますけど、この10何年間で変わってなくて、
常に前見てると言うか、常に変わっていかないといけないことを意識し続けたので、
コロナになって初めて、こういうことやっておくべきだとかってことを考えるようになったタイミングになりました。
今年40代になっちゃったのですが、今でもまだ20代と変わらずに動けるつもり動いちゃってたし、まだまだやることいっぱいあります。」

これからの夢聞かせてください。

「僕たちは、日本のエンタテインメントを海外ってことを想定していて、海外に持っていくことをアフターコロナでやりたいなと思います。
日本人の作り出すクリエイティビティは素晴らしいと思うので、
でもそれが海外に伝わってないことが多すぎるなと思ってるので、そこは真剣にやりたいなと思っています。」

2週にわたってありがとうございました。

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