DAILY NEWS ★あなたの気になる特集内容は?ソーシャルボタンでシェアしよう!

番組スタッフ
ここ最近になり、LGBT(性的マイノリティ)にまつわる議論の熱が急速に高まりつつあるように感じます。
今週火曜日の番組コラムでも取り上げられた、講談社から発売予定だった幾夜大黒堂氏の漫画「境界のないセカイ」が発売中止となっていた問題。
「LGBTからのクレームを恐れた講談社側の意向で発売中止になった」ということですが、3月18日、LGBTを支援する団体、レインボー・アクションが「境界のないセカイ」について次のような声明を発表しました。

***********************
●この作品の性に関する描写に、他の作品と比べて特段の問題があるとは思われません。
●「性的マイノリティの団体・個人の圧力」という多分にフィクショナルな理由に基づき、表現行為に対して自粛を迫るという行為がもしもあったとするならば、それは人権を守るためとても大切な、表現の自由を抑圧するものだろうと考えます。
●それはまた、「性的マイノリティの団体・個人」を怪物視・あるいは怪物化し、性に関する差別を助長するものに他なりません。
●もちろん、性に関する差別表現に対しては、これからも引き続き闘ってまいります。
【『境界のないセカイ』発売中止・連載打ち切り問題へのレインボー・アクションの立場表明】
***********************

講談社は気にしすぎたということです。しかし、同社が下した決断も理解できないわけではありません。
社会人生活を送っていると、過度にも思える配慮を自分より偉い立場の人が下す瞬間を普通に目にします。

SNSの普及により、人々の監視がより強いものになった現代社会。
何かあると、消費者・視聴者からクレームが寄せられ、決して消えない傷のように、ネットに履歴として残されてしまうことも当たり前です。その履歴を見て、さらにどこかの団体が別の角度から問題視するということもあり得ます。
消費者のみならず、クライアント、スポンサーを怒らせたくない…。現代社会を生き抜く企業ならば、当たり前のことのように思われます。

そこには、「失敗して怒られたくない」という単純明快な精神性があるのでしょう。
いくつになっても怒られるのは嫌です。若いうちの失敗というものは、得てして大したことがない場合がほとんどですが、ある程度、社会人経験を重ねて責任ある立場になった人ならそうはいきません。
責任ある立場を守ろうと、保守的になりがちです。
日本全体に「失敗を許さない空気」が強まっていることもあるかもしれません。そうさせているもののが、社会の監視の目です。リスク管理は大事なことなのですが、「怒られない」ためにあれこれ労を取りすぎているようにも思われます。

私が身を置く放送業界においても、「失敗を許さない空気」は蔓延しています。
企画募集などが行われるのですが、採用される企画は人気番組の二番煎じのようなものであったり、人気タレントの能力頼みのものだったり…。守りながら攻めようとして、攻めきれていない重装歩兵だらけです。

失敗したくないと守りに出過ぎることで、別の方向から新たな失敗がやってくる…。
今回の件が提示したものは日本企業、社会全体にも当てはまるのではないでしょうか。

10年以上前のお話です。当時読んでいたマンガ『ONE PIECE』にオカマのキャラクターが登場し、作中でも積極的に「オカマ」という言葉が使われるのですが、アニメ版では「オカマ」ではなく「オネエ」と、言葉が置き換えられていました。
「オカマ」という言葉の何が悪いのだろうか。子どもの教育上、「オカマ」は良くないのだろうか。
性の悩みを抱える子どもに配慮したのかもしれない…。とにかく、「子どものために良くない」と何となく理解していました。

それから数年後。ゲイの知人にこの問題について聞いてみました。
次のような答えが返ってきたことを記憶しています。
「オカマって呼ばれたくない人もいるし、オネエって呼ばれたくない人もいる。自分のことを“男”だと思っている人もいる。異性を好きになれる人もいる。ゲイって言っても、ものすごく細分化される。細分化されるからこそ、“オカマ”とひとくくりにした配慮が間違う時もある」

『ONE PIECE』の問題の事実関係はわかりませんが、彼に言わせると気にし過ぎとのこと。
「ノンケの人は私たちのことを中々、理解するのは難しいだろうし、私は職場で隠せているから、そこまで理解を求めていない」
彼は常々、こう言っていました。

「ヒト」という大きなくくりで見ても細分化されているのに、「性別」というくくりで見てもまた細分化されています。
「境界のないセカイ」の表現に怒りを示すLGBTの方もいるかと思います。講談社の配慮があるLGBTの方にとっては、優しさとなったかもしれません。
しかし、LGBTと馴染みのない人にとってはレインボー・アクションが示した声明が大きな指針となりました。
「LGBTとはこう理解するべきだ!」と決めつけるのではなく、「世界には色んな人がいる、いていい」と考えておく。できるようで、中々できることではないから、私たちは問題にぶつかってしまうのです。

LGBTをめぐって、日本は開拓の余地、改善すべき課題を数多く有しています。今後も何らかの問題が生じることでしょう。しかし、青臭い理想論かもしれませんが、LGBTとは腫れ物ではないと認識しなければ前進などないということが、今回の騒動による得るものだったと私は捉えています。


スタッフ:坂本
(2015/3/19 UPDATE)

MESSAGE ★ 番組へのメッセージはこちらから ★ 皆さまからのご意見お待ちしております


ページの先頭へ