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番組スタッフ
1年の最後の月が始まろうとしています。すでに来たるクリスマスをどう過ごすか、プレゼントに何を買うか、頭を悩ませる人もいることでしょう。

ジュエリーブランド「ティファニー」が、ネットショップにある新機能を導入しました。
ティファニー公式サイトで商品をクリックすると、「購入ボタン」と共に、「おねだりする」ボタンが追加されました。
実際に「おねだりする」ボタンをクリックすると、相手と自分の名前、メールアドレスの入力フォームに移り、気になる商品をおねだりできるというわけです。

おねだりに添えられるメッセージとデザインも選択可能。例えば、こうです。
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_____様

今年のクリスマスは心踊るティファニーの完璧なプレゼントを贈りませんか?____さんが欲しいと思っているトップアイテムを、こっそりお知らせします。
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ティファニーは私たちのSNSで拡散し、いいね!を得たい衝動を刺激することが実に巧みです。
6万円もする三角定規、2万円を超えるペーパークリップ、1万5千円近くする完全に見た目が紙コップのコップなど、奇を衒う商品を次々と発表しているティファニーですが、必ずと言っていいほどネットでバズります。その良し悪し、買うかどうかはさておき、どれも確かに話のネタ程度にもってこいです。SNSでも拡散しやすい。
事実、ネットニュースではこの「おねだりボタン」を広く伝えているのですが、多くの場合、タイトルに「恐怖」「エゲツない」という言葉が添えられています。

確かに高額商品が「おねだり」されたら、恐怖を覚える人もいるでしょう。
この機能をプレゼントをあげる予定のある女性、もしくはない女性に知られたくないという男性も多いことでしょう。
しかし、私はティファニーでなくとしてもこのような「おねだり」機能があることに、ありがたみを覚えます。

私は配偶者へのクリスマスプレゼントに毎年毎年、悩まされていました。
何をあげれば喜ぶのか、一緒に買いに行くのも何だか贈り物感がない。
そこで我々は一昨年から某ブランドの定番商品の新作を毎年プレゼントする、ということにしました。店に赴き、どのデザインにするかだけを考えれば良いので、クリスマスプレゼントのために使う労力が随分、カットされました。

配偶者に加え、両親、義両親へのプレゼントも考えなければなりません。
誕生日、クリスマスは良しとしましょう。ここに母の日や父の日まで加わり、正直、辟易しています。
我が家に限っては、5月と6月に誕生日の人間がかなりの数いるため、毎年、疲弊しているのです。

思い起こすと、堺正章さんが前妻・岡田美里さんと離婚した時、岡田さんが堺さん宛に届くお中元やお歳暮の対応に嫌気がさしたというようなことを言っていました。
今になって、岡田さんの嫌気がわずかながら理解できます。家族同士のことなので、岡田美里さんほどではないにせよやはり精神の逼迫感があることは否めません。
父の日、母の日さえなければ…、常日頃、きちんと感謝は示すから…、と思うこともしばしばですが、ティファニーのおねだり機能があると私のような人間は実に便利だと思ってしまいます。「選ぶ喜び」もあるかもしれませんが、贈って喜ばれることの方が私にとっては喜びです。

干し芋の名で呼ばれるamazonの欲しいものリスト。
これをSNSで公開している人もいます。初めてその存在を知った時、なんて図々しいのだろうと思いました。しかし、これがあると何かお祝いをしたい時、労いたい時などにとても便利です。
今年の夏、マストドンを通じて知り合った2人が結婚するというおめでたいことがありました。
マストドンが日本にやってきてわずか4ヶ月のことでしたので、私もその時の衝撃を覚えています。
この時、ITジャーナリストの三上洋さんが2人に何かお祝いをしたいからamazonの欲しいものリストを作ってくれと呼びかけます。私は何も贈りませんでしたが、めでたく伴侶となった2人には多くの人からお祝いが届いたようです。

プレゼントは相手が何が喜ぶかを考えに考え抜いてサプライズで行う、という人もいるでしょう。
しかし、これだけ選択肢に溢れた現代ですと、かえって自己満足になりかねません。「驚き」が「喜び」と同義とは限りません。
だからこそ私は「おねだり」機能や「干し芋」は都合が良いと思うのです。
ネットの利便性に対し、現代人は温もりを失った、などと叫ぶ人もいるかもしれませんが、こんなに物が溢れた世界で的確に相手が喜ぶ欲しい物を届けることは至難の技。
それを成し遂げられることもまた、現代らしい温もりなのではないでしょうか。

スタッフ坂本
(2017/11/30 UPDATE)
番組スタッフ
ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を運営するスタート・トゥディが今月22日、体のサイズを正確に測ることが可能な全身スーツ「ZOZOSUIT」を無料で配布すると発表し、大きな話題となっています。

【ZOZOSUIT】服が人に合わせる時代へ – ZOZOTOWN

上下セットで着用して、自分のスマホをかざすだけで、体のサイズを計測。
計測されたデータはスマホからZOZOTOWNに送られるのだといいます。

スタート・トゥディの前沢社長は22日、Twitterに「世界中のお客様の体形を最も知り尽くした企業となり、そのデータをもとに一人一人にピッタリの服を提供する」と書き込み、さらに25日には以下のような書き込みをしています。
*****
ZOZOSUITでは、もちろん靴用に足の採寸もできるようにします。足の場合、寸法だけでなく、立った時や歩いた時の加圧も重要になります。
身体以上にZOZOSUITのセンサー技術が活きる部分でもあり、なるべく早いタイミングでのリリースに向け、絶賛研究中です。こちらもお楽しみに。
*****

靴はまだ先とはいえ、通販でありがちな、届くまで体に合うかどうかわからない不安、合わなかった時の返品の手間が省けるというわけです。

服を買うと、ブランドによって若干サイズ感が違うもので、普段、Mを着ているからと、Mを通販で買って痛い目に遭った経験は私も何度かあります。

サイズが合わない場合、返品や交換の送料が無料というところもあったりしますが、正直、送り返すのも面倒というのが正直なところ。
高い買い物だとしたら、是が非でも送り返しますが、大して高くないものだとしたら、サイズの合わない服を我慢して着るか、そのまま着ないままタンスの肥やしとなるのがいつものパターン。

それだけに、こういった手間がなくなるというのは確かに革命的です。

ファッション業界に詳しい方もZOZOSUITを高く評価しているようで、たとえば、個人向けメディアサービス「note」の有料マガジン海外のファッションニュースを発信している最所あさみさん。

最所さんは、ZOZOSUITによって、「ブランドのオーダーメイド化が加速する」と指摘。
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ZOZOSUITによって何が起きるかというと、まず(中略)ブランドのオーダーメイド化が加速する。
わざわざお客様にサイズを測りにきてもらわなくても、ZOZOSUITでデータをとっているお客様であれば、オンライン上だけで完結できる。
つまりブランドは、魅力的なビジュアルとZOZOSUITを活用したものづくり工程さえ用意できれば、最小限の在庫リスクで洋服を販売できるようになったのだ。
<「ZOZOSUIT」への悔しさと感謝と、私たちはここからどう戦っていくべきなのかということ。(「note」2017/11/22)>
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さらに、現在、アパレル業界で幅を利かせている、「既製品を大量生産して稼ぐビジネスモデルがそう遠くない未来に崩壊する」という指摘もしています。
*****
なぜならば、既製品を買うのとあまり変わらない価格で自分のサイズにぴったりの洋服が手に入るのであれば、誰でも後者を選ぶからだ。
もちろん「今すぐにほしい」を叶えるためにある程度の既製品在庫は残っていくものの、主流ではなくなる。すると、規模の経済がきかなくなり、価格が相対的に上がっていく。
「既製品を買う」はむしろ贅沢品になる可能性すらあるのだ。
<同上>
*****

洋服を買ううえでサイズというのは、確かに重要な要素のひとつで、サイズさえ合っていれば、ある程度の満足感が得られるのも確かです。

その一方で、「サイズが合うこと」と「似合うこと」は、全く別のベクトルであるとも思うのです。
サイズが合っていたとしても色や形といった要素が自分と合っていない、だから買うのを諦めたという経験があるのは、私だけではないはず。

そういった意味で、私はZOZOSUITを手放しで絶賛というスタンスではありません。
まだ、どこも発明できていない、試着せずに似合うかどうかを確認できる手段。これをスタート・トゥディに限らず、どこかのアパレル企業が発明したときこそ、真のアパレルの革命と言えるような気がします。

(スタッフH)
(2017/11/28 UPDATE)
番組スタッフ
11月27日(月)佐々木俊尚●座間9遺体事件、被害者の実名報道の是非
座間9遺体事件をきっかけに、被害者の実名・顔写真報道の是非を考えます。

11月28日(火)古谷経衡●中国版ヒルビリー「農民工」の実態
アメリカ大統領選で話題となった、アメリカの繁栄から取り残された白人労働階級「ヒルビリー」。中国版ヒルビリー「農民工」の実態とは?

11月29日(水)ちきりん●消滅の危機を迎えた銀行が生き残る道
3大メガバンクが人員削減に動き出すなど消滅の危機を迎えている銀行。
生き残る道はあるのか?

11月30日(木)小田嶋隆●日本のコンピュータグラフィックスの礎を築いた男
秋の紫綬褒章を受賞した西田友是氏。その功績とは?
(2017/11/27 UPDATE)
番組スタッフ
誰もが円滑なコミュニケーションの大前提として「他人が嫌がることをしてはいけない」というルール。
しかし、「他人」の趣味嗜好は実にさまざまで、「嫌がること」も同様に多岐にわたるため、期せずして「他人が嫌がること」をやってしまって失敗したという人も数多くいることでしょう。

アメリカ・ディズニーの幹部が突然の休職に追い込まれました。
その理由がハグ。
「本人が望まないハグや、行き過ぎと感じる振る舞いをしてしまったスタッフに対して謝罪したい」ということで、休職に至ったそうです。

【ハフポスト:アメリカ・ディズニーの幹部が突然の休職。理由はスタッフへの“望まれないハグ”だった。】


仕事の場で少々、過剰なボディタッチをされたことがありますが、確かに嫌です。しかし、それは「嫌と言えば嫌」くらいなのですが、もしかしたらこれも実は休職レベルの案件で、そうならないのは私が鈍感だからかもしれません。

おかしな握手やハイタッチを求めてくる、挨拶の距離感を測り損ねている人は意外とたくさんいます。
格好悪いと思っていましたが何のためらいもなくやった挨拶の一環の行動が実は誰かを不快にさせてしまうことも十分に起こりうるわけです。
日本のお家芸とも言える「軽い会釈」。格好悪いと思っていましたが、実は「間合い」という言葉がある日本ならではの、他人に近づきすぎない汎用性の高いコミュニケーションなのかもしれません。
人との接し方を改めて考えなければならない時代に突入しているようです。

世の中を見渡すとハラスメントだらけとなりました。繊細な人、鈍感な人の感覚の差が拡大しているのかもしれません。

度々、批判が集中する企業のCM動画もそうです。
それらのすべてが古臭く、体育会系のノリで、弱きものを押し付けるもので、どこかで誰かが傷つくかもしれない、時代にそぐわないと非難されます。

しかし、古いもの、体育会系のノリは悪いとは言い切れません。
新しいものや非体育会系のノリに距離感を測り損なって侵食してしまうと痛い目にあうのです。

これまでの普通や常識がいかに脆いものか、思い知らされます。
そもそも、主観にもっともらしい理屈をまとわせて、意見の違うものを説得し、多数を従わせた結果が「常識」や「普通」。そんな主観を疑いもなく信じている者が未だ数多くいるからこそ、これまで目につかなかった様々な軋轢が生じているのです。

しかし、繊細さと鈍感がぶつかり合うのを見ていると、好きか嫌いかがはっきりと可視化されるようになりましたが、好きよりも嫌いが勝るのだなと実感させられます。
好きよりもむしろ「嫌い」で照準は絞られ、世界の新たなルールは構築されていくようです。

古くても、体育会系でも良いのですが、鈍感であってはいけません。
鈍感であると、これからの世界は生きられないようです。世界の多様で繊細な変化を察知できることが、当たり前に必要とされるスキルとなってくるでしょう。
社会が変化しようとしているからこそ、これまでの常識が常識の体をなさなくなっていることは確かです。

スタッフ坂本
(2017/11/23 UPDATE)
番組スタッフ
運転中の京都市バスの車内で足が不自由な女性客が2度にわたり転倒し、起き上がれない状態だったのに、男性運転手が放置したまま走行を続けていた問題。
この問題が、先週半ばからネット上をざわつかせています。

転倒乗客を2度放置し運転続行 京都市バス 足が不自由…「いつもこけますね」(「産経ニュース」2017/11/16)

ことが起きたのは10月11日。
バスに乗車した歩行が困難な女性が、発車直後に通路で前のめりになって転倒。
運転手は発車時に注意喚起のアナウンスを行うことが義務付けられていますが、この運転手はアナウンスをしておらず、転倒を知りながら安全な場所に停車して救護するなどの措置をとらずに運転を続けたのだといいます。

すると、女性は次のバス停に停車した際に回りの乗客に助けられて起き上がったものの、発車時に再び転倒しましたが、運転手は再び放置したまま走行。
その後、女性はさらに次のバス停に着いてから他の乗客の助けを借りて着席し、その際、運転手は救護した乗客らに向かって「いつもこけますね」と冗談めかした言葉を発した、とこの記事は伝えています。

この記事だけを読むと、運転手を非難したくなりますが、以下のまとめを読むと、運転手に対する印象は大きく変わります。

京都市バスの運転者が転倒した客を救護せず→その客はわざと転ぶことでちょっとした有名人だった?(togetter) https://togetter.com/li/1172470

こちらでまとめられているのは、転倒した女性と思われる女性の目撃情報で、たとえば、このようなもの。

「この客結構有名で、バスの中では足が曲がっちゃってて歩くのもままならないみたいな感じやのに、バス降りたら普通に歩き出すんですよ」
「このコケた方はバス降りたらスタスタ歩く事で有名です」
「私この人遭遇しました、ほんと悪質な人ですので誤解が広がって欲しくないですね」

産経の記事に出てくる女性がわざと転ぶことで有名だとすると、かわいそうになってくるのは、むしろ運転手。
処分を受けた運転手に同情したくもなります。

ちなみに、毎日新聞もこの件に少しだけ触れていて、運転手が「よく転倒する女性がいると運転手の間で話題になっていた。転倒は特別なことでないと判断して運転を続けた」との趣旨の説明をしている、と伝えています。

京都市バス 運転手、転倒の客救護せず「毎回こけますね」(「毎日新聞」2017/11/16)

ここまでの情報、伝えられていることから判断すると、対応が悪かったとはいえ運転手に肩入れしたくなり、転倒した女性の方がやや劣勢。

ところが、以下の2つの記事の中身を読むと、さらに判断が揺らぎます。

乗客転ぶも助けず 「毎回こんな感じ」京都市営バス(「テレ朝news」2017/11/16)
バス運転手、転倒した客を放置し走行「毎回こけますね」(「朝日新聞デジタル」2017/11/16)

テレ朝newsによると、運転手は同僚から「クレーマーがいる」と聞いていて、それと勘違いしたといいます。
また、朝日新聞デジタルによると、運転手は交通局の聞き取りに、「よく転ぶ客がいると運転手仲間から聞いていて、走行を続けても問題ないと勝手に思い込んでしまった」と説明。
「毎回こけますね」という失言については、「たびたび転ばれると迷惑だという思いから発言してしまった。大変申し訳ない」と話したといいます。

要するに、まとめで指摘されていた、「わざと転ぶ女性」と「今回バスの中で転倒した女性」は別人かもしれない可能性が示されたわけです。

ただ、あくまでも可能性が示されただけとも言えます。
「わざと転ぶ女性」と「今回バスの中で転倒した女性」が別人だったのか、同一人物だったのかは明らかにされていないため、結局、はっきりしていないのです。

一番はっきりさせてほしいことをはっきりさせずに終わりそうなこのニュースから何を学べばいいのかといえば、ニュースの捉え方。
ある一方の目線で書かれた記事に触れると、どうしてもその目線に引っ張られてしまいますが、そこを一歩引いて俯瞰して見てみる癖をつけることが必要なのではないでしょうか。

これは、今、世間を大いに騒がせている日馬富士の暴行問題にも共通すること。
日馬富士批判から貴ノ岩批判へと移行、そして今は貴乃花親方へと批判の矛先が移りつつある一連の報道を見ていると、意図的に目線が付けられた報道を鵜呑みにし、分かったような発言をすることがいかにかっこ悪いのか、痛感します。

(スタッフH)
(2017/11/21 UPDATE)
番組スタッフ
11月20日(月)佐々木俊尚 ●日米のトップ大学、違いは何か?

「世界大学ランキング」の盲点や、日本のトップ校の強みとは何か?
「世界大学ランキング2018」で28位の東京大学と13位のアメリカのプリンストン大学の両校で教鞭を執った東京大学東洋文化研究所の佐藤仁教授にお話を伺います。

11月21日(火)速水健朗 ●AIスピーカーは音楽の聴き方を変えるのか?

AIスピーカーがもたらす音楽環境の変化とは?

11月22日(水)飯田泰之 ●日本を覆う「人手不足クライシス」

人手不足があらゆる業種にもたらしている悪影響。この深刻な状況から抜け出すための方法を探ります

11月23日(木・祝)小田嶋隆 ●殺人ロボットを今、規制すべき理由

アメリカが開発を進めているとされる「殺人ロボット」。その規制を今すべき理由とは?
(2017/11/20 UPDATE)
番組スタッフ
何かを投稿する訳ではないのに、習慣となってしまっているFacebookのチェック。
通知のやかましさが本当に増したなと思うのですが、毎週、誰かの誕生日が通知されます。
誕生日当日の通知ならまだしも、「翌日以降も●月●日は**さんの誕生日でした」と「まだ間に合いますよ!」とプレッシャーをかけてきたり…。

Facebook上で誕生日のお祝いやりとりでいつも不思議に思わされるのが、コメントに添えられるフリー素材らしき花束やバースデーケーキの画像。
文字+絵文字だけでは足りないようで、どこからか探してきた幸福感満点の画像を添えてお祝いの気持ちをよりたくさん届けたいということなのでしょう。

他のSNSでも誕生日を祝うやりとりは行われていると思いますが、誕生日通知があるFacebookはより一層目につきやすいと感じます。

Facebookでの誕生日お祝いコメントに謎のフリー素材風画像を添える…。
このようなSNS等で見られる謎の習慣、マナーは他にもたくさんあります。

Twitterは謎マナーの宝庫。
その代表が「FF外から失礼します」でしょう。
これはTwitterでリプライを送るときの挨拶で、FFとは「フォロー・フォロワー関係」を意味します。
「フォロー・フォロワーでない関係で突然リプライを送るのは失礼にあたる、とされているようです。

「無言フォロー禁止」「無断リツイート禁止」といった謎のマナーもあり、Twitterユーザーの中にはどのような基準でツイートして、フォローして、ブロックするかという「自分ルール」を丁寧に明記している人も見られます。

そんなTwitterの窮屈さは常々指摘されていました。
何やら「正しくない」ツイートをすると、よってたかって叩きのめされる…。ポリコレという言葉がもっとも似合う、あるいはそれを象徴するSNSと化しました。

そんなTwitterの息苦しさから解き放たれたいと思った人が集ったのがMastodon。下ネタ、ブラック、あらゆる投稿=トゥートに寛容だとして、当初、大型インスタンスはカオスと化していました。そのカオスが心地よいと捉える人もいたことでしょう。

500文字までの投稿が可能なMastodon。さらに、閲覧注意と警告したり、投稿や添付する画像をクリックしない限り、隠せるというのが大きな特徴です。
私はMastodonで好きで頻繁にウォッチしているのですが、Mastodonにも謎のマナーが生まれています。
長文を投稿するとバッシングされる傾向があったため、長文投稿は隠す、という暗黙の了解があるのです。

SNSではありませんが、個人間取引(CtoC)サービスにも謎ルールは存在しています。その代表がフリマアプリ「メルカリ」ですが、ここにも謎のマナーは存在しています。初心者だとめまいしてしまうほどのルールが張り巡らされているかもしれません。

「プロフ必読」「専用ページ」「即購入不可」など、挙げればキリがない奇妙奇天烈な非公式ルールをプロフィールに明記しているユーザーが多数存在しています。
メルカリの中で私が一番不思議に思うルールが「いいね!禁止」。メルカリでは出品商品に「いいね!」と意思表示をすることが可能です。通知をオフにしていない限り、頻繁に「**さんがいいね!しました」と表示されるので、うるさいからかもしれません。
「いいね!」されると購入意思があると思ってしまうためか、「買う気の無い いいね!禁止」というルールもあるようです。

思うに、SNS等においてユーザーはある意味、管理運営者を除けば、神となることが可能です。
ただ利用しているだけなのに、基本無料なのに、いちユーザーにすぎないのに、なまじ他のユーザーの行動を制限する機能=力があるため、ユーザーは傲慢になりがち。
自分をフォローするものを断絶することもできるし、認めることもできる。
ブロックした、ミュートした旨をいちいち投稿する人もいますが、それは言う必要があるでしょうか?自身の薄氷のような力を絶対権力と勘違いして誇示するのはお門違いというもの。黙ってブロック、ミュートすれば良いのです。そういう機能なのですから。

スタッフ坂本
(2017/11/16 UPDATE)
番組スタッフ
先週、はてな匿名ダイアリーに掲載されたある記事に目が止まりました。

「普通の人」のハードル、上がりすぎてませんか?(「はてな匿名ダイアリー」2017/11/6)

この記事の投稿者はまず、「普通の人」と言われて、どのような人を思い浮かべたか?と問いかけ、「大学を出ている」、「それなりの会社の正社員としてフルタイムで働いている」、「子どもがいて、共働きしながら家事もこなしている」といった例をあげたうえで、これができている人は「普通の人」ではなく、「すごい人」だと主張。

そのうえで、こう投げかけています。
*****
今の世の中で、これをクリアするのは相当な運と努力が必要だったはずです。それで普通だなんて、明らかに正当な評価じゃありません。
しかし、残念ながら今社会に求められる「普通」は、このレベルになってしまいました。
もっともっと自分をすり減らしてこれを超えなければ、「すごい人」にはなれず、死ぬほど努力して「普通」になれても、ちっとも評価はされない。
何か少しでも欠けてしまえば、「だめな人、変な人」に転がり落ち、そこから復帰しても、今度は「だめ“だった”人」になる。
*****

たしかに、生きていくうえで「普通の人」の生き方というのが、頭をよぎることがあります。
自分の年齢の平均年収はいくらなのか。今の自分はそれを超えられているのか。
女性の場合、35歳を過ぎたあたりから、結婚しないこと、子どもがいないことを心配されるようになるのが、未だに「普通」の概念として残っています。

「普通」の中身は誰が決めたわけでもないので、無視すればそれで済むはずなのに、無視することが難しかったりします。
なぜ、無視することが難しいのでしょうか。

参考になるのは、精神科医の泉谷閑示さんが著書『「普通がいい」という病』のなかで指摘している、“あるべき姿”という価値観のすり込み。
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人間社会の至るところで多数派の信奉する価値観によって、私たちは知らず知らず農地に一種の洗脳を施され、「自分で感じ、自分で考える」ということから遠ざけられてしまっています。
たとえば、「あるがまま」の人間は邪悪なもので、「あるべき」姿に向けてしっかりコントロールすべきなのだといった考え方などは、そうしてすり込まれた価値観の代表格です。
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そして、“あるべき姿”の対極にある、“自由な生き方”の大変さです。
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自由というものは、何の指針もなければ、その小径が正しいのかと問われても答えようがないもので、自分の判断以外にあてにできるものはない。マニュアルもなければ他人との比較もできない自然霊すらない。これが自由ということの大変さなのです。
そして多くの人は、このリスクが怖くてしょうがない、それに比べて、大通りは不自由だけれど安全。これが、人々を大通りに強くひきつけている最大の理由であるということなのです。
*****

こうして、多くの人は“普通の生き方”に縛られて生きていくわけですが、もちろん、その生き方に違和感もあります。
大学を出て、それなりの会社の正社員としてフルタイムで働いて、結婚して、子どももいるからといって、その生き方をしている人が幸せとは限りません。
まさにこの“普通の生き方”をしている私の知人は、自由な時間がないこと、敷かれたレールの上を走っていることに不満を抱き、“普通の生き方”からの脱落を考えていると、先日、漏らしていました。
ないものねだりなのでしょうが、結局のところ、自分の生き方と「普通の生き方」を比較しないと決めた方が幸せのように思います。

(スタッフH)
(2017/11/14 UPDATE)
番組スタッフ
11月13日(月)佐々木俊尚●ネット空間の環境汚染、サイバーデブリ問題とは何か
IoTが引き起こす新たな問題、サイバーデブリ。その実態とは?

11月14日(火)古谷経衡●エンタメとしての猟奇殺人報道
座間市9死体遺棄事件は日本の報道のどのようなあり方を指し示しているのか。

11月15日(水)ちきりん●出産費用も!? クラウンドファンディングはどこまでありか?
少子化の中での出産というピンポイントの例を通して、クラウドファウンディングはどこまでありなのか。

11月16日(木)小田嶋隆●中国で急激に進む教師のAI化
教師のAI化は教育現場をどう変えるのか?
(2017/11/13 UPDATE)
番組スタッフ
メディアを依然として賑わせている座間の死体遺棄事件。逮捕された容疑者は今年の3月ごろからツイッターで自殺に関する秋コミを開始し、その後、周囲に「死にたい」とほのめかしていたことがわかりました。
【産経新聞:座間9遺体「3月から自殺関連ツイート」 保釈後…人生への絶望、凶行引き金か】

犯人の下衆さなど人物像ばかりに注目が集まる座間の死体遺棄事件。自殺したいという願望が可視化される時代において、その願望がいかに簡単に非道なるものの欲望のはけ口となりうるかも知らしめてくれたはずです。
しかし、死にたいと言う声にどう対応していくべきなのか。個人はおろか企業ですら、答えを導き出すのが困難すぎて、議論は滞っているように思われます。

先週末の深夜、たまたま付けたEテレでTEDがやっており、そのまま見ていました。
「自殺」について考えるヒントを与えてくれるものでしたので、大まかなその内容を記しておきます。
【参考:TED The bridge between suicide and life】


壇上たったのはカリフォルニアのハイウェイパトロールを23年間務めた元警察官、ケヴィン・ブリグス。
彼のパトロールの範囲には、世界的観光スポットとして知られるゴールデンゲートプリッジも含まれていました。

1937年に完成した同橋。設計技師のジョセフ・ストラウスはこう言ったそうです。

「自殺に関連する問題は生じないだろう。飛び降り自殺は不可能だし、起こりそうにない」

しかし、設計者のに反して、観光スポットとして華やかなイメージのあるゴールデンゲートブリッジは実は世界中で最も自殺が発生する場所の一つとなっており、1600人以上が自殺しているといいます。

ケヴィンによると、ゴールデンゲートブリッジから飛び降りると時速120kmで身体が水面に落下。
衝撃で身体中の骨が粉々になり破片の一部が主要な臓器に突き刺さり、死に至るそうです。万が一、生きていたとしても泳ぐ力も失われ溺死してしまうと言います。

ケヴィンは聴衆に問いかけます。
「もしあなたの家族や友人、最愛の人が自殺を考えていたらどうしますか?」 「なんと声をかけますか?」

23年間、自殺者、自殺死亡者と対話してきたケヴィンが導き出した答えは「声をかけるだけではなく、理解しようと耳を傾けること」。
言い返したり、非難したりせず、また”あなたの気持ちがわかる”と言ってもいけないとケヴィンは訴えます。

ゴールデンゲートブリッジ周辺で数百人の自殺志願者に対処してきたと言うケヴィン。
しかし、ケヴィンたちが語り合った自殺志願者の多くは自殺を選択しませんでした(自殺の引き止めに失敗したのは2人だけ)。
橋から飛び降りるも生き残ったわずか1〜2%の人は大抵こう言うそうです。

「橋から飛び降りた瞬間に自分が間違いを犯したことを理解し生き続けたいと思った」

座間の事件で容疑者は被害者について「『話を聞いてほしい』と言っていた。本当に死にたいと考えている人はいなかった」と話しているといいます。
【朝日新聞:「本当に死にたい人はいなかった」 座間9人遺体】
SNSでは驚くくらいに「死にたい」という声を目にします。どこまで本気かどうかはわかりません。上記のTEDの邦題は「生と死の間にある橋」。
ツイッターをはじめとするSNSはある意味、生と死の間にかかる橋となっているでしょう。

SNSによって見たくないものまで可視化されるようになりました。 一方で、誰かの意見を「聞いている」という意思表示も簡単になりました。
あまりにもその悩みが深刻ならば、「理解するよう耳を傾ける」ことが重要になってくることは言うまでもないですが、それができない場合も多いにあります。おそらくそっと「いいね」を押して「聞いている」「見ている」という姿勢を表すだけでも良いのかもしれません。

スタッフ坂本
(2017/11/9 UPDATE)
番組スタッフ
自民党が衆議院選挙の公約に掲げた幼児教育・保育の無償化。
これに関して政府が、「認可外の保育園」は対象にしない方向で検討していることが分かりました。

教育無償化、認可外保育園は対象にしない方向 政府方針(「朝日新聞デジタル」2017/11/5)
自民党が衆院選の公約に掲げた幼児教育・保育の無償化(「毎日新聞」)

毎日新聞によると、政府の試算では、幼児教育・保育の無償化は認可保育所や幼稚園の利用に限っており、認可外の保育園の利用は想定されていません。
なぜかというと、認可外は保育士の配置や面積などの基準が認可よりも緩く、無償化の対象にすると、政府が推奨していると受け止められかねないからなのだといいます。

ただ、これはあくまでも無償化をする際の政府側の都合。
待機児童問題という観点では、マイナスに働く可能性が高いように思います。

どのようにマイナスに働くかというと、ただでさえ入園希望が集中している認可保育園への、さらなる入園希望の集中。

厚生労働省の2013年の調査によると、認可外を利用している人の約4割は、認可に入ることを希望していたものの、空きがなくて入れなかった人たち。
つまり、本来なら認可に入れたかったけれども、やむなく認可外に子どもを入れているわけです。

私も、例年の状況からいきなり認可は厳しいと判断し、とりあえず認可外に入れてポイントを稼ぎ、翌年に認可に入れていますので、この気持ちは痛いほど分かります。

こうした状況に加え、認可外は無償化の対象外となれば、子どもを認可外に入れたいと考える親は今よりも減少することは必至。
そうなると自然と、認可保育園の倍率が高まってしまうわけです。

認可外保育園を幼児教育無償化の対象外にすることのマイナス効果はこれだけにとどまらず、待機児童対策の切り札として政府が推進し、認可に入れない子どもの受け皿として機能し始めている「企業主導型保育所」にも悪影響を及ぼすと言います。

企業主導保育所 効果は 待機児童解消へ政府推進 復職の頼みの綱に 基準緩く安全懸念(「毎日新聞」2017/11/5)

企業主導型保育所は、認可保育所より基準を緩めた上で、一定の基準を満たせば認可並みの補助が得られることが特徴。
2016年度は約2万人分の子どもの受け皿になっています。

つまり、認可保育所の整備が追いつかない中で、保護者の頼みの綱ともなっているわけですが、認定NPO法人フローレンスの代表理事、駒崎弘樹さんは自身のブログでこの「企業主導型保育所」への悪影響を指摘しています。
*****
政府が進めている待機児童対策にまで大きなダメージを与えるでしょう。
というのも、認可外保育所を無償化対象外から外す、ということは、内閣府が懸命に推し進めている「企業主導型保育」も無償化から外れるということです。
(略)
無償化対象から外れれば、一気に参入にストップがかかるでしょう。
なぜなら、認可との価格差があまりにつきすぎ、待機児童解消後は全く成り立たなくなるのが目に見えているためです。
同様に、認証保育所や自治体認定の各所「準認可保育所」の先行きも絶望的となり、参入がなくなるのは当然のこと、廃園も増えて行くでしょう。
<無償化「認可外保育所排除」でもたらされるのは、より激しい保活地獄(2017/11/6)>
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幼児教育無償化の狙いは、子育て世帯の負担軽減だと伝えられています。
ただ、負担が軽減されるのは認可保育園に子どもを入れることができた人のみ。認可保育園に入れられなかった場合は、負担軽減の恩恵は受けられません。
認可保育所の整備が済んでいない中での幼児教育無償化にどれだけの意味があるのでしょうか。
幼児教育無償化の実現が目的化していて、実現した場合のマイナス効果に目が届いていないことに危うさを感じてしまいます。

(スタッフH)
(2017/11/7 UPDATE)
番組スタッフ
11月6日(月)佐々木俊尚 ●「非移動化社会」がもたらす停滞

生活者が移動しなくなる「非移動化社会」の到来は人に何をもたらすのか、考えます。

11月7日(火)速水健朗 ●ネット左翼は台頭するのか

衆議院選挙の結果をうけ、「ネット左翼」は台頭するのか、ネット左翼の台頭で政治はどうなるのか。
「ネット左翼」という視点で、日本の政治のこれからを考えます。

11月8日(水)飯田泰之 ●AIで日銀総裁の表情分析。金融政策はどこまで予測可能になる?

日銀総裁の表情分析技術は、金融政策の変化をどこまで予測できるようになるのでしょうか。

11月9日(木)小田嶋隆 ●ロボットに付与される“市民権”とはどんなものなのか?

進化が続くAIやロボットの技術に後手をとっている倫理や権利の研究、世界と日本の違いとは?
(2017/11/5 UPDATE)
番組スタッフ
SNS。誰かの人生に幸福をもたらしてくれるものでもあれば、誰かの人生に終止符を打つこともある存在だと改めて知らされます。
群雄割拠とは言わないまでも、未来の繁栄が確実視はされていないけれども、様々なSNSが登場しているものの、”ユーザーを食い合う”わかりやすい様子は見受けられず、パワーバランスは安定しているように思われます。
今年の4月、マストドンが大きな話題になり、”ポストTwitter”と謳われましたが、勢力図に劇的な変化を加えるものではなかったようです。

私は最近、何かを投稿するならマストドンと決めています。SNSを長くやっていると「マウンティング」「承認欲求」等も絡んできて、窮屈さが出て来てしまうもの。
しかし、マストドンには知人もいないので、そんなことは全く気にすることなく、そこそこ自由気ままに楽しむことができるのです。

InstagramもTwitterもやっていない私が唯一、何かを投稿する場所だったFacebook。自分も含めて友人たちは投稿をしなくなりました。海外勤務の友人が日本にいる私たちに向かって近況報告を行う程度。あるいは、創作活動をしている友人が自身の成果を告知したり。私はいくつかのニュースサイト、ブログに「いいね」をしており、情報収集に使っています。

静かにFacebookを使っていたのですが、ここ最近、Facebookがその通知において、やかましさを増したと思います。
例えば「過去のこの日」機能。「何年前の今日」という投稿がほぼ毎日出て来て、懐かしさを覚える以前に恥辱にもがいているのは私だけではないはずでしょう。
何であの時、こんなことをシェアし、コメントしたのか。数年前と今の私の心境にどんな変化があったのか。そこまで変化はないはずなのに、黒歴史と言わざるを得ないものも。シェアしない限り、本人しか見ることができないのですが、ソフトな拷問のようでもあります。

Facebookの煩わしい通知の代表といえば「誕生日通知」でしょう。
以前は割とマメに祝いのメッセージを送っていましたが、面倒の一言に尽きると感じ、私は自分の誕生日通知をオフにしています。当日の誕生日はまだ良いでしょう。最近では誕生日の一日後、まだ間に合いますよ!とでも言わんばかりに通知して来る。こちらは通知に気づかなかったのではなく。煩わしいから無視したのです。

先日の衆院選前後には「選出議員・政治家を検索するには、地区を入力してください。」との通知が来ました。
自身が該当する選挙区をクリックするとその区選出の政治家がチェックできます。
政治家をフォロー後、登場するのは「関心のあるテーマをフォローしよう」という画面。エネルギー、働き方改革など各関心をフォローすると選出議員や政治家の投稿がされると自分のフィードに出るようになります。
もちろん選択可能な機能なのですが、
地元臭のする政治ネタをタイムラインに織り込むことが政治へのさらなる興味につながるでしょう。選挙への興味を促す目的以外にも、自身が投票を行った際、その選挙区を制した政治家がどのような政を行うのか見定める義務があるのでしょう。しかし、義務ではなくて権利なので、堅苦しくてはいけません。

Facebookは9月、Facebook上に「災害支援ハブ」を新設し、災害支援に関する機能を拡充しました。
災害への備えはもちろんやっておいて損はないでしょう。きっと役立つ時がくるはずです。
しかし、台風が当たり前のようにやってくる日本において、いちいちその安否確認を問うてくるのも何だか煩わしいかったりもするので、うまくバランスを取って運営してほしいものです。

私は初めて知ったのですが、Facebookには「コミュニティづくりを応援し、人と人がより身近になる世界の実現を目指す」という新ミッションがあるそうです。

丸山真男が言うところのタコツボ化、宮台真司が言う島宇宙化。
SNSくらい小さな世界で収まっていたいのに、Facebookがタコツボや島宇宙の外殻を破壊し、何だか強引に人と人を結びつけようとしているところが煩わしいのです。

スタッフ坂本
(2017/11/2 UPDATE)

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