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番組スタッフ
最近、ツイッターを見ていると、誰かからの質問に答えているツイートをよく目にします。
その一つが、Sarahahと呼ばれるアプリ。匿名でメッセージを送ることができ、「匿名の質問箱」として使われています。ツイッターやインスタグラムと連携可能です。
ツイッターを通じて匿名で質問ができるサービスにはPeingも。こちらも仕組みはSarahahとほぼ同じ。

ツイッター、インスタだけではありません。
マストドンにも匿名質問の波はやってきており、一時期はSarahahに#sarahahというハッシュタグをつけて答える人が多く見られましたが、マストドン向けの質問サービス「Quesdon」が登場。自分に投げかけられた質問に答えることができ、人気を博しています。

なぜ、こういった匿名質問サービスが人気なのか。
SNSをやる上で、どんなに切り離そうともつきまとう「承認欲求」が、匿名質問サービスにも関係しているに違いありません。

質問されると人気者気分が味わえるのでしょう。
自身のタイムラインを見ていると、質問に答えているアカウントは実際にフォロワー数の多い”人気者”。
おそらく、寄せられる質問の数とフォロワー数は比例しており、昨晩、マストドンに置ける匿名質問の動きを観測していたのですが、特定の人たちに質問が集中しているように感じました。

私も、自身の承認欲求を満たすために、寄せられる匿名質問に答えて見たいのですが、如何せん、フォロワー数も発言数も少ない。
マストドン上で「#quesdon」で検索すると、「質問募集します!」というトゥートを目にします。質問を募集したところで、私の場合、来るとも思われず、かえって恥をかいてしまうかもしれない。
もしかしたら、一回募集してしまったことを正当化するために、「自作自演」している人もいるのかもしれませんが…。
誰にも何も聞かれないとしたらおそらく、自分で質問を考え自分で答えるという行為もありうるでしょう。

SNSでは「嘘」をつくことが可能です。
承認欲求を満たすためならば、「嘘」をつく。
フェイクニュースの拡散も実は、配信者が経済的に富むという理由以外にも、扇動的な見出しをつけられた記事が拡散し、多くの人に読まれるへの承認欲求があると同時に、読んだ人の思想をある種、操作できているこ悦楽があるのではないか。と思わされもします。

質問を募集するのでは、恥をかくことになりますので、質問をする側になって匿名質問サービスを使ってみました。
気付いたことは、匿名というフィルターを通すことにより、SNS上で誰かとコミュニケーションを取るハードルがぐんと低くなるということです。
友達、知り合いとつながらないSNSの使い方もあります。フォロー、フォロワー同士の関係ではあるものの、全く絡んだことがない人もいます。
そういった人と「絡む」口実は匿名質問サービスによってもたらされるでしょう。
そして、もう一つ。
日常で感じた些細な疑問を無作為に何人かにぶつけてみたところ、まぁ皆、こちらが申し訳なくなるくらいに長々と真剣に答えてくれます。
中には禅問答のようなものもありましたが、答えを綴るに要した時間を思うと、感謝しなくてはなりません。

匿名質問サービスが流行していると知った当初、まだ人間は承認欲求を満たしたいのか。何て強欲なのだろうか、と思いました。
しかし、実際に使ってみると「ちやほやされたい」という原始的な欲求とともに、「自分の話を聞いてもらいたい」「自分の話をしたい」を叶えてくれることがわかりました。

SNSには人間の闇があらわになりがちですが、そういった面も匿名質問サービスには十分にありつつ、闇をめぐる様々な人の欲求を質問箱を通して、うまく昇華しているのではないでしょうか。

スタッフ坂本
(2017/12/28 UPDATE)
番組スタッフ
10月に2週にわたって放送され、話題になったドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション 人殺しの息子と呼ばれて…」。
こちらは、2002年に発覚した北九州連続監禁殺人事件の犯人、松永太死刑囚と、内縁の妻である緒方純子受刑者の息子へのインタビューです。

見逃して悔しい思いをしていたところ、12月15日に前・後編を合わせ再構成されたものが放送され、それを食い入るように見ました。

両親が出生届を出さなかったため、戸籍のない子として育ったこと、保護されるまで小学校に通えなかったこと、児童養護施設では「加害者の息子」として孤立したことなど、自身の半生を振り返っていて、「人殺しの息子」にしか分からない辛さが言葉にあらわれていました。

たとえば、愛情のない生活を強いられたがために「好き」という感情を理解できないこと。
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「好き」って言われたことはあったんですけど、何が「好き」なのか全然わからない。何の「好き」なのかがわからなくて。
人として友達として、彼氏彼女としてという感情が、自分の中では「友達として好き」しかなかったから。
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殺人犯の父親と同じ血が流れていることを実感したときの苦悩。
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正直、ぞっとすることがありますし、気分が悪くなることもありますけど、同じことをしてしまうんではないかなと。
そうするつもりがなくても、どこかでリミッターが外れて、気がついたらやってしまった、って、歯止めがきかなくて。そこもまた葛藤するんですよね。
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ときに、こんな言葉を投げつけられたこともあったと語っています。

「何で生きてるんだ。人殺しの息子が」

その言葉、エピソードには異常なまでの重みがあり、心が惹きつけられます。

そうした重みは、和歌山市で4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒になったカレー毒物混入事件の犯人、林真須美死刑囚の息子からも感じます。

事件当時10歳だった林死刑囚の長男は現在29歳。
今年3月にテレビの取材を受けたのをきっかけに新聞数紙の取材を受けています。

母信じたいが…林死刑囚の長男はいま カレー事件19年(「朝日新聞デジタル」2017/7/24)
和歌山カレー事件・林真須美死刑囚の長男が語った壮絶人生…あだ名は「ポイズン」、両親逮捕で一変した生活(「産経ニュース」2017/4/26)

「カエルの子はカエル」と言われ、日常的に暴力やいじめを受け、給食のカレーに乾燥剤を入れられて嘔吐。
いじめを受けていた少年らからは「ポイズン」というあだ名で呼ばれることもあったといいます。

さらに、こんな言葉も吐き出しています。

「人間として最底辺まで落ちた」
「幸せと呼べる人生ではなかった」

『加害者家族』(幻冬舎新書)の著者、鈴木伸元さんによると、日本では犯罪の責任を家単位でとらせる、家意識のようなものが強く残っているといいます。
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加害者家族自身も、周囲から何かを言われなくても、身内が起こしてしまったことに対する責任を感じているわけです。そして、これからどのようにして生きていけばいいのかというような辛い気持ちになる。事件が大きければ大きいほど、背負うものも大きいのではないかと思います。
(略)日本の場合は、犯罪を個人の責任としてとらえるのではなくて、家単位で責任とらせるというか、家意識のようなものが強く残っているので、家族へのプレッシャーも大きいのではないかと考える専門家は多いですね。
<「ビジネスジャーナル」2013/5/26>
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子は親を選べないと言いますが、親がしでかした犯罪で子どもがここまで苦しめられるという現状には理不尽さを感じます。

そんなことを思いながら、たまたま手に取ったのが、12月4日に1巻が発売されたばかりの漫画『夢で見たあの子のために』(KADOKAWA)。

家族を何者かに殺された主人公・千里が、殺人事件を起こした父親を持つ女の子・恵南にかけてあげる言葉が印象的なのです。

「おまえのとーちゃん…人ごろしなんだってな。でもおまえはべつにわるくないだろ」

「おまえはべつにわるくない」と言ってあげるのが理想的な社会なのでしょうが、それは幻想。
自分より劣っている人を見下すことで優位に立ちたい、という根源的な欲求がなくならない限り、理想的な社会の実現はありえないのでしょう。

(スタッフH)
(2017/12/26 UPDATE)
番組スタッフ
12月25日(月)佐々木俊尚●セクハラ被害者を責める心理「公正世界仮説」とは何か
ブロガーで作家のはあちゅうさんの投稿をきっかけに、急速に広まっているセクハラ被害を訴える動き。
しかし、セクハラ被害を訴えた人が責められてもいます。被害者なのになぜ責められるのか?その理由とは?

12月26日(火)古谷経衡●“マイルド”に逃げない絵本が目指すこと
子供の絵本がマイルド化していると言う中、あえてマイルドを避ける絵本が目指すものとは?

12月27日(水)飯田泰之●AIの発達が医療にもたらす変化
AIの発達によって医療はどう変わるのか、考えます。

12月28日(木)小田嶋隆●『ナイトタイムエコノミー』が、働き方改革を牽引する可能性
ナイトタイムエコノミー定着のために求められることとは?
(2017/12/25 UPDATE)
番組スタッフ
この話、いま何合目にいるのだろう。例の大相撲の暴行事件をめぐるニュースを見るたびにそう思います。

元横綱・日馬富士関の暴行問題を受け、日本相撲協会は21日、東京・両国国技館で「暴力問題の再発防止について」と題して研修会を開きました。
「暴力追放の日」制定まで提言されているそうです。
提言した危機管理委員会の委員長は「人間というものは、のど元過ぎれば熱さ忘れる。いやなことは忘れ去る。事件というものはいつか風化されていきます。過去の事件も風化されていったのではないかと思います」と今回の暴行が発生した背景を指摘しました。

今回の事件の背景にあると相撲協会が言うのが、「指導のためであれば暴力も容認される」という意識です。

体感レベルに過ぎませんが、「指導のために許される暴力」の存在を認めるのは、自身も指導の名の下に暴力を受けて来たように思われます。
よくテレビの討論番組で体罰は有りか無しか、という議題が設定されるのですが、容認派の多くが中年かつ男性。
当時は無茶苦茶をする生徒が多かったから、ある程度の暴力は功を奏したという意見がありました。

今日、ある会議の場である人が「我々の時代は暴力が普通に許されていた」という話を繰り出しました。
後輩のミスについてもその人の監督不行き届きということで、殴ってくる上司がいたそうで、鉄拳による制裁を食らった後は「あざっす!」とお礼を言ったと言います。
いつの時代の軍隊か。思わず、そんな疑問が口から出てしまいました。

私も中学の修学旅行の時、寝ずに騒いでいる生徒の連帯責任とかで教師に正座をさせられ、蹴られたことがあります。体罰という手段で指導をしてもらったことに、感謝の気持ちなど微塵も感じていません。顔も名前も忘れてしまったその教師を心から軽蔑しました。

教師による体罰については度々、ニュースとして扱われます。

その度に、体罰を認めない声が上がり、その一方で体罰容認派が渋々と言った表情で「そういう時代なんだな」と受け入れようとします。
果たして「時代」だからなのでしょうか。

なぜ、指導のために諭すと言った行為ではなく、暴力が用いられるのか。
答えは単純で、相手を支配したいからでしょう。
自分が想定しなシナリオ通りに相手が行動をしてくれないから、体に教え込むのでしょう。

強い立場にある人間が、弱い立場の人間を自分の思うように動かしたいがために暴力を振るう。
これを認めないとする動きは、時代の流れによるものなのでしょうか。
そもそも、体罰を暴力による支配と捉えれば、それが許されないとするのは必然です。
誰かが、声を上げていたはずです。

上記で紹介した、今日の会議の話には続きがあります。
体罰を実行してきた人間の末路はどうなるのか、という話になりました。
殴った相手から「あざす!」と言われていた人は解雇されました。
また別の人も、体罰を行なってきた同僚が部下から訴えられ辞職するに至ったと言っています。
私も社会人1年目の時、1つ上の先輩が一回り以上離れた先輩から執拗な暴力を受けていました。
1つ上の先輩は我慢の限界に達し、暴力的な先輩と会社を含めて告訴。会社は慰謝料を払うこととなり、暴力的な先輩は当然、会社を去りました。

こういった例を会議にいたメンバーで列挙するうちに、暴力という手段で指導・支配する人間はいずれ必ず組織を追われるという結論に至りました。

食傷気味の相撲暴行事件でいうと、日馬富士関が元
横綱となってしまったのが良い例です。

そもそも、体罰は許されない土壌は出来上がっているのです。にもかかわらず、古めかしい体育会系精神が体罰の存在を許しているのでしょう。

「教育」が絡めば暴力が許される風潮があります。
特に、子供が相手になるとなおさら許されるようにも思われます。

私が子育てをしていて強く自覚するのは、子に感情的に怒っても伝わらない、萎縮させるだけということです。
子の素行に苛立つとき、なぜそんな感情になるのか考えてみました。
まだ我が子は物心がついていませんので、親の思うようにいかないという一点につきます。
思うようにいかず、感情的に怒ることは支配に他なりません。
我が家の場合、感情的に怒ることは愚行と捉え、できるだけ穏やかに諭すように言うと、うまくいくようになりました。下の子への接し方もとても優しくなったような気がします。

誰かを教育・指導することで、その人間が持つ本来の性質が露わになる。
大相撲関係のニュースが早く終わってくれないかと願いながら、改めてそんなことに気づきます。

スタッフ坂本
(2017/12/21 UPDATE)
番組スタッフ
忘年会シーズン真っただ中の今月15日、あるTwitterユーザーの投稿が9万5000以上リツイートされ、話題となっています。

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オトンとオカンが大阪の梅田でやってるお店、今日30人の貸切予約が何も連絡ないまま当日来なかったらしい。悲しいって連絡がきた。一生懸命心込めて準備してたみたいだし、本当にかわいそう。

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両親が経営する飲食店が無断キャンセルをされたことを伝える投稿で、その後すぐに「BuzzFeed JAPAN」が当事者に取材した記事をアップし、話題性はさらに増しています。

今回はたまたま、このお店の無断キャンセルが話題になったものの、無断キャンセルは以前からその深刻さは伝えられています。

飲食店向けの予約サービスを提供する「トレタ」によると、2013〜2017年の予約データ約2205万件のうち、キャンセルは約204万件。
このうち無断キャンセルは約19万件でキャンセル全体のほぼ1割に上っています。

なぜ、無断キャンセルが増えているかというと、参考になるのがこちらの記事。

無断キャンセル、罪悪感なし? ネット予約普及、苦悩の飲食店(「北海道新聞」2017/12/8)

この記事のなかでトレタの担当者は「企業の飲み会が減り、キャンセル時のマナーを知らない人が増えた。また予約客が店と直接やりとりしないネット予約が普及し、店側の損害をイメージしにくくなったのでは」と、その理由を推測しています。

ネット予約は手軽ですし、お店の人の顔が見えないから罪悪感も薄い。
無断キャンセルしてしまう人の気持ちも分からないでもありません。

ただし、当日無断キャンセルされた側からしてみれば、作っておいた料理や仕入れていた食品を廃棄せざるを得ないなど損害は決して小さくありません。

それなら、「キャンセル料をとればいい」、「前払い制にすればいい」と思ってしまいますが、それができないことがこの問題の難しさなのです。

池袋にあるイタリアン居酒屋「酒場がぶ」の経営者は「キャンセル料を請求しないのは手間がかかるから」と回答。
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無断でキャンセルした人に費用を請求しないのは、手間がかかるからだ。弁護士への相談料もそれなりで、客単価1万円以下なら刑事事件として立件するのも難しく、お客さんとももめる。相応の賠償金をもらえたとしても、とにかく見合わないという。
「それなら『また来てください』と笑って対応して、もう一度足を運んでもらう可能性にかけた方がいいと考えてしまいます。
キャンセル料が発生する取り決めもホテルとかならいいですが、うちのような居酒屋がやるには重く、予約が取りづらくなってしまいます」(酒場がぶ 経営者)
<「ねとらぼ」2017/7/7>
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有名イタリアンレストラン「リストランテアルポルト」のオーナーシェフ、片岡護さんは「ある程度キャンセルが出るのを織り込み済みで店を運営するしかない」と嘆いています。
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以前、ミシュランで星を取ったお店でこんなことがありました。有名になったことで予約が増えたのはいいのですが、あまりに無断キャンセルが多かったため、予約の際に前金を銀行振り込みにさせたんです。すると翌年にはミシュランから星を落とされました。
悔しい部分もありますが、経営者としては、ある程度キャンセルが出るのを織り込み済みで、店を運営するしかないんです
<「現代ビジネス」2016/5/26>
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店側の対策もそれなりに進んでいて、たとえば、2015年12月に開設されたサイト「予約キャンセルデータベース」。
連絡なしに来店しなかった人の電話番号を店側が登録。暗号化して共有し、検索できるのだといいます。

ただ、このデータベースに登録されている電話番号から実際に予約の電話がかかってきたら、店側としては予約を断れるのでしょうか。
店の評判が落ちるのは死活問題であるならば、断るのにはよほどの勇気が必要です。

キャンセル料もとれないし、前払い制にもできないし、予約も断れない。結局は、客側のマナーに頼るしかないのがこの問題の難しさなのです。
では、客側のマナー意識を高める、つまり、無断キャンセルに対する罪悪感を強めるためにはどうすればいのか、と考えると、たとえば、大人数の予約はネット予約、電話予約は不可にして、店に来ないと予約できない仕組みにすること。

不便だとの批判も受けそうですが、ネット予約のせいで罪悪感が薄くなったのであれば、今できることはこれぐらいなのかもしれません。

(スタッフH)
(2017/12/19 UPDATE)
番組スタッフ
12月18日(月)佐々木俊尚 ●「ZOZOSUIT」だけじゃない。ファッションeコマースが力を注ぐ「フィットテクノロジー」

ファッションeコマースが「フィッティングテクノロジー」に力を注ぐ理由とは?

12月19日(火)速水健朗 ●「40代前半の層が薄い」日本。その傾向と対策

就職氷河期のツケが今、あちこちで深刻化しています。その実態と対策とは?

12月20日(水)ちきりん ●内向的な日本メーカーが陥る負の連鎖

顧客が見えなくなった内向的な日本メーカー。改善の策はあるのか、考えます。

12月21日(木)小田嶋隆 ●「子ども調査」から読み解く、不良の中学生がモテなくなった理由

なぜ今、不良がモテなくなっているのでしょうか?その理由を「子ども調査」から読み解きます。
(2017/12/18 UPDATE)
番組スタッフ
録画するほどの労力はかけないけれど、その時間、在宅していたら観るというテレビ番組が誰しもあるかもしれません。先日、Eテレのすくすく子育てを見ていました。
テーマは「家事ストレス」。

3人の子育てをする中、予定通りに進まない家事にイライラしてしまうというお母さんが打開策を求める質問をしました。

スタジオに有識者として出演していた社会学者の水無田気流さんは次のような解決策を提示しました。

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「子育て中の家事はあきらめる部分があっていい」
“丁寧な暮らし志向”といった、素敵でクリーンな家事や育児がありますが、実際には子どもがいるとできません。できないことを責めるのではなく、“あきらめること”を前提に考えてみましょう。
【NHKエデュケーショナル・すくコム】
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確かに、動き回る子供を気にかけていると、掃除、洗濯、料理等々、思うようにこなせません。家事をどれか諦めることでストレスが減るというのは同意です。

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今の社会は、学校でも仕事でも、あきらめることをなかなか学ばせてくれません。ひとつひとつきちんと頑張らないといけないと。どうしても、あきらめることにネガティブなイメージを持ってしまう。でも、子どもが騒いでいたら、頑張ってもできないことがいっぱいありますよね。
あきらめると言っても、永久にあきらめるわけではなく、一旦ダウンシフトするのです。今は、完璧を求めることから一時的に戦略的に撤退するのもひとつの方法だと思います。
【NHKエデュケーショナル・すくコム】
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子供の面倒を見るとき、手の空いた時に読書等、自分のやりたいことをやろうとするのですが、想定外の行動をし、思うようにいかないのが子供。思うようにいかないことで、ストレスは溜まります。
私も育児に絡むストレスの対策として「諦める」ことを選んでいます。
部屋が何度片付けても再び散らかってしまうので、子が寝るまで部屋が汚いことは諦める。
自分の好きなことをやろうと計画するのは諦める。
ハナから諦めてしまえば、精神は軋みません。余裕を持って子育てに臨めます。



諦めると心に余裕ができる。その余裕の分、うまくいかなかったことに神経を集中できるからうまくいく。育児だけではないでしょう。仕事においても、うまくいかない事案を何とかうまく進行させることも尊いでしょうが、思い切ってうまくいかないものと諦めてしまって、精神の衛生状態をよくする。あるいは、全く毛色の違うプランBを走らせてみる。

続けることは良いことです。「諦めない」ことも美徳とされます。
少年マンガの主人公は自身より強い敵と戦っても、諦めません。諦めないことにより、新たな境地にいたり、その敵を倒すに至ります。
諦めないことによって得られるものもあるでしょう。漫画のヒーローのように新境地に至ることもできるでしょう。
しかし、私たちはヒーローでも何でもない、普通の人間です。諦めないままでいると、ヒーローじみた屈強な肉体、しなやかな精神を持ち合わせていない限りは、摩耗してしまうのです。

「諦めない」ことを美徳する暗黙の協定が、長時間労働、過労死、ブラック企業の問題を生む原因になってはいないか。
「諦めない」も、言ってしまえば精神論です。その論理が通用したのは、この国がかつて成し遂げたことの多くが、「諦めない」ことが漏れなく報われた時代だったからなのではないでしょうか。

「諦めない」ことではなく、状況によっては「諦める」ことを選択する。
そして、「諦めない」で成功に至るためにはあらかじめどのような技術を備えておく必要があるのかを、未来のために教えて欲しいと願います。

スタッフ坂本
(2017/12/14 UPDATE)
番組スタッフ
人気の日本酒「獺祭」の製造元である旭酒造がおととい(10日)、読売新聞の朝刊に掲載した意見広告が話題となっています。

「高く買わないでください」獺祭の酒造会社が適正価格で販売しない市場への意見広告を掲載、様々な意見が集まる(Togetter)

一面をすべて使った全面広告で、「獺祭」のメーカー希望小売価格と、全国各地の正規販売店の名前が書かれ、そして大きな文字でこう呼びかけています。
「お願いです。高く買わないでください」

なぜ新聞広告を使って、こうした呼びかけをしたかというと、その理由を旭酒造の桜井博志会長がメールマガジン「蔵元日記」で明かしています。

ひとつは、高値で不正に転売されていることを背景に、不当に高く買ってほしくないから。
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それは、獺祭を「私たちの希望小売価格で買ってもらいたい」つまり「不当に高く買ってほしくない」という事です。
全国のスーパーや酒屋さんの中には、いわゆる転売屋といわれるところから獺祭を仕入れて私たちの希望小売価格の二倍・三倍の値をつけて売られる方がいます。
高いだけならいいのですが、その流通経路を見てみると、正規小売店から何らかの方法で酒を買って、それを集めて、割増な価格でスーパーなどに売る、という流通形態を取ります。
つまり、正規の取引先ではない業者が間に入ります。
<「蔵元日記」2017/12/10>
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二つめは、正規の取引先ではない業者による、ずさんな品質管理。
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彼らはおそらく獺祭に愛情はありません。それどころか、正規に取引させてくれない獺祭に恨みすら抱いているかもしれません。
したがって流通過程の品質管理もおざなりかひどいものと考えられます。
そして、流通にかかる日時も必然的に長期化します。昨年、私どもが虫の混入を引き起こし、商品を交換させていただいた時、それを見つけたスーパーは正規取扱店ではなかったのですが、その店に獺祭が到着した時点で二か月たっていました。
そんなことで、お客様にとっても「品質は悪いわ、値段は高いわ」で良いところは何もないのですが、これが法的には文句をつけられないのです。メーカーは小売価格まで規定することが再販価格維持禁止法によりできないからです。
<「蔵元日記」2017/12/10>
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そして三つめは、購入する人が希望小売価格を知らないこと。
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しかも、かなりのお客様が獺祭の希望小売価格をご存じないのです。だから割高でも「こんなものか」と思われて購入されるんですね。
前述の虫混入商品取り換えの時も、税込み2480円の「獺祭 磨き 三割九分」を関東のあるスーパーから一万円以上で購入したから「その金額を返せ」と言われて困惑させられたお客様が数名おられました。
<「蔵元日記」2017/12/10>
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これらの理由によって旭酒造は全面広告を出すに至ったわけですが、こうして見ると際立つのが転売で荒稼ぎをする「転売ヤー」の存在です。

転売ヤーはあらゆるものに存在しますが、私の頭にすぐ浮かぶのはアメリカのファッションブランド「Supreme」。
先週末に発売となった「BOXロゴのスウェットパーカー」は、ヤフオクなどで定価3万240円が10万円を超える異常な高値で取引されています。

転売ヤーは発売日前日の深夜に店の前に並んで買い漁り、すぐにヤフオクなどに出品というのがもはやおなじみの流れになっているのですが、この流れが成立するのはこれほどの高値でも購入する人がいるから。
高値を払ってでも手に入れたい気持ちも分からないではないですが、転売ヤーから買うことが結局は転売ヤーをのさばらせてしまっているのです。

そんななか、チケットの転売に関しては規制が進みつつあります。

たとえば、先月にはヤフーがオークションサービス「ヤフオク」のガイドラインを改定し、転売目的とみられるチケットの出品を禁止。
さらに、自民党議員の有志でつくる「ライブ・エンタテインメント議員連盟」は今月7日、総会を開き、コンサートなどのチケットをネット上で高額で転売することを規制する法案の概要を了承。
営利目的で通常の販売価格を超えた転売を不正と見なし、罰則を設けるもので、来年1月召集の通常国会に提出し、会期内成立を目指すといいます。

チケットに限らず、あらゆる品物の販売価格を超えた転売を禁止するというのが理想ですが、それは現実味が薄い。
そうであるならば、今すぐにできることはやはり、転売ヤーからの購入をひとりひとりが止めてみるということなのでしょう。

(スタッフH)
(2017/12/12 UPDATE)
番組スタッフ
国難の時代、とまで呼ばれるに至った平成。
2017年は平成の終わりを確かに感じさせる一年でしたが、平成とはどんな時代だったのか?
平成のあの時から始まった今の苦悩、平成のいくつかのターニングポイントから今を考えます。

12月11日(月)佐々木俊尚●平成という時代のわからなさ
事業構想大学院大学准教授の鈴木洋仁さんは、著書『「平成」論』(青弓社)のなかで「平成とはわからない時代」と指摘。
これまであまり語られてこなかった「平成」という時代。その理由を「わからなさ」というキーワードで読み解きます。

12月12日(火)古谷経衡●自粛で始まりFAKEで終わる平成の報道メディア史
報道に自由がなくなりつつある“ようにみえる”平成末期、前回とは異なる改元が確定している中、この30年間の報道メディアが経験したことは、どんなかたちで反映されるのか?

12月13日(水)飯田泰之●今にいたる「忖度」を生み出した、平成の政治改革
今年の新語・流行語大賞に選ばれた「忖度」。
「忖度」はいつ生まれ、今にどう影響しているのか。

12月14日(木)小田嶋隆●宇多田ヒカルが招いた”平成型”音楽ビジネスの終焉
宇多田ヒカルの降臨をきっかけに、平成の音楽ビジネスはどう変化していったのか?
(2017/12/11 UPDATE)
番組スタッフ
風物詩とも言うべき、年末恒例のイベントが続きます。
先日、行われたのは若手漫才の日本一を決める「M―1グランプリ2017」。今年、頂点に立ったのはとろサーモン。11回目の挑戦で掴み取った栄冠でした。

毎度毎度、優勝した芸人の苦労話や優勝を逃した芸人の大会にかける思いなどが取りざたされ、賞レースに人間賛歌のようなものが織り込まれることは必至で、特に今年は泣けるとの声が多かったように感じます。

「お笑い」にカテゴライズされるニュースが出るとき、「誰、これ?」「なんでこんなことをいちいちニュースにするんだ」などとあまり良い反応を聞かない、むしろ興味がない、というような意見ばかりだと感じていましたが、M1が終わると、”お笑い評論家”がまるで夏を待っていた蝉のようにワラワラと登場します。

「どのコンビも遜色なかった」というようなものもあれば、「2本目であのネタ選ぶかね」「ちょっとコント色が強かったかな」というような玄人よりの意見もあります。
中には「とろサーモン、仕事増えるけどトークは大丈夫かな」と優勝者の漫才以外の仕事を心配する声もありました。

優勝したとろサーモンがM―1バブル真っ只中にいることは間違いありませんが、覇者よりも話題になっているのが、審査員を務めた上沼恵美子さんです。

辛口審査が話題になっている上沼恵美子さんです。
決勝の舞台に立ったマヂカルラブリーに対して、上沼さんは「好みじゃない」「何で決勝に上がれたの?」などと酷評。公開処刑の生放送となりました。

文字で見ると、上沼さんがマヂカルラブリーの可能性の芽を摘み取るほど激怒しているように感じるかもしれませんが、実際に観ると、いつも通りの関西の女帝。
私がよく見た関西ローカルの番組では、マヂカルラブリーも驚くほどの罵倒を上沼さんは若手芸人に浴びせていたように記憶しています。
「酷評」であることに間違いはないでしょうが、上沼相談員が「激怒」したかと言われるとそうとも思えない。
しかし、他出演者の表情や反応を見る限り、緊張感漂うその場の空気をさらにピリッとるほどの圧を上沼相談員が放っていたのでしょう。

M―1後は得てして自身のお笑いに対する知識を披露する場になりがちです。
関西ローカルの上沼恵美子さんについて語った私も、全国ネットでは知り得ない上沼恵美子を知っているぞ、というマウンティングを私はしてしまっているわけです。

お笑いはマウンティングが容易にできる趣味です。「昔から知っている」「ライブに足を運んでいる」を出されると、一見さんは持論を強く語ることが困難です。お笑いだけではないでしょう。人間が「趣味」にするあらゆる事象で、新規語るべからずの圧力が蔓延しています。
「好き」だけでは語ってはいけないようで、語るならいっその事、好きという情熱でどこまで知識を仕入れ、それをどのように自身の血肉にしたのか、までにしなければいけないのでしょうか。

しかし、お笑いというエンターテイメントを例に言うと、評価を受け手の「好き」「嫌い」に委ねてしまっているところがあります。M―1がまさにそうです。
漫才の技術の良し悪しに加え、審査員の好き嫌いに大いにかかっていることは、上沼相談員が証明してくれました。

「知っている」と最強のマウンティングを食らわせられるような気がします。
気がするだけで、ただの錯覚です。
知識で持ってしてマウンティングしようとすると、いつか「もっと知っている」人が現れて、恥をかきます。
M―1後に繰り広げられるお笑い議論を見ると、知識とは誰かにひけらかすものではなく、謙虚に己を磨くためにあるものだと知らされます。

スタッフ坂本
(2017/12/7 UPDATE)
番組スタッフ
赤ちゃんの泣き声をおおらかに受け止めようという動きが広がっていることを先日、こちらの記事で初めて知りました。

赤ちゃん「泣いてもいいよ」広がる(「大手小町」2017/12/2)

たとえば、「赤ちゃん泣いてもいいよ!」と呼びかけるステッカー。

女性向け雑誌「ウーマンエキサイト」が制作したもので、これまでに約5万枚が配布され、ユザワヤなど全国80以上の店舗で無料配布されているといいます。

スマホなどに貼り、ステッカーで子育てする人を応援する意味合いがあるようで、こちらの記事は、このステッカーの意図をこう伝えています。

「小さい子供は思うように話せないため、意思表示しようと、電車や飲食店で泣き出すことも多い。
そんな時に周りが温かく見守っていることを示す手段にと考えられたもの」

このステッカーと同様の試みを、オリックス生命保険も今年の春から行っていて、それが「#泣くのが仕事プロジェクト」。

特設サイトからスマホやパソコンに「こどもは、泣くのが仕事です」などと書かれたイラストを自由にダウンロードし、ステッカーやバッジなどに利用できるのだといいます。

こうした取り組みについて、「大手小町」の記事のなかで、玉川大学の大豆生田啓友教授が「困っている親に対し、直接声はかけられなくても、ステッカーなら思いを伝えやすい。日本人に合った優しさの示し方ではないか」と評価する一方、手放しでは評価できないという声もあります。

それは、作家で書評家の印南敦史さん。
「いいことだけれども、そんなものをわざわざつくらなければならない世の中のあり方がひっかかる」と自身の考えをつづっています。
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いいことなんだけれども、僕にはどうしても引っかかるものがあるのです。
それは、そんなものをわざわざつくらなければならない世の中のあり方です。そんなものをつくらなければならないのは、そんなものをつくらなければ受け入れてくれない(それでも受け入れてくれないかもしれない)人たちがいるということです。そこに、大きな疑問が残るし、とても悲しく、残念で、腹立たしいことだと感じるのです。
<「YOMIMONO.COM」2017/11/22>
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「赤ちゃん泣いてもいいよ!」と呼びかけるステッカーがなくても、赤ちゃんを思いっきり泣かせてあげるのが理想なのでしょうが、とはいえ、子どもの泣き声の捉え方は人それぞれ。
「寛容になってください」と言われても、「昔は自分も赤ちゃんだったんだから」と言われても、割り切れない人もいます。

熊本市議会で生後7か月の長男を抱っこして議場に入り、批判を受けた女性市議のインタビューを読んでも、それは感じます。
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ーーそうは言っても、泣くこともある。議事進行を乱す可能性はないわけではありません。

議会も社会の縮図です。多少のノイズがあってもやり方次第でうまく進行できると思います。そういう状況でもやれるような仕組みを、整えていく方がいいのではないでしょうか。
<「ハフポスト」2017/12/1>
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「赤ちゃんが泣いてもいい」と思える人と、そう思えない人の分断は思いのほか大きいと私は感じています。
そういった意味では、「赤ちゃんが泣いてもいい」と思えない人に寛容さを求めても無駄。
幼い子どもと一緒に電車に乗り、泣かれた経験のある私としては、「赤ちゃん連れ専用車両」を設置してくれる方がよっぽど有意義なように思えてしまいます。

(スタッフH)
(2017/12/5 UPDATE)
番組スタッフ
12月4日(月)佐々木俊尚 ●「20秒早く発車で謝罪」にみる日本の風潮

20秒早く発車して謝罪したつくばエクスプレスの対応が示す、日本企業の風潮とは?

12月5日(火)速水健朗 ●日本のフィンテック推進を妨げているもの

日本でフィンテックが推進しない理由を考えます。

12月6日(水)飯田泰之 ●アグネス論争との比較で読み解く「子連れ議会出席」が批判される理由

熊本市議会での「子連れ議会出席」はなぜ批判されるのでしょうか。
その理由を1980年代後半の「アグネス論争」と比較しながら読み解きます。

12月7日(木)小田嶋隆 ●自殺防止にAIを導入するフェイスブック、その効果は?

自殺大国である日本で、SNSが自殺防止を担う可能性を探ります。
(2017/12/3 UPDATE)

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