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番組スタッフ
何かと揶揄の対象になるインスタグラム。私はインスタグラムを見るのが好きです。私自身が何かを投稿するわけではないのですが、私がフォローしているのはほぼハリウッドスターか仮面ライダー俳優。
サミュエル・L・ジャクソンさんの味のある自撮り、アンソニー・ホプキンスさんのネコ動画等、現役仮面ライダー俳優の撮影舞台裏、卒業組の新たなお仕事をウォッチしているわけです。何十分も要するものでもないので、自身のストレスにもならずちょうどいいショートタイムな暇つぶしとなっています。

それらに勝って興味深いのは、一般人による「インスタ映え」な投稿の裏に隠された虚栄心、泥臭さを読み解くこと。
ご存知の通り、基本的にインスタグラムに投稿されている写真は「キラキラ」。
私の同年代はやはり子供に関する投稿がいいねを稼ぐキラーコンテンツとなっています。
例えば「キャラ弁」。クックパッドに掲載されているキャラ弁画像とインスタグラムのそれを比べると違いは一目瞭然。インスタで使用可能なあらゆる画像加工機能を用いて、「映え」に磨きをかけているのでしょう。私がフォローしているある人は、キャラ弁を毎度、真俯瞰で撮影しています。真上から撮影すると自分の影が撮影する対象物を覆ってしまうため、美しい仕上がりにするにはそれなりの知恵と技術が必要です。
私がフォローしている人の真俯瞰のキャラ弁写真には影が写り込んでいないため、照明でも使っているのではないかと推理しています。しかも、弁当アップではなく、それなりに広いサイズで撮影しているため、テーブルコーディネートもキャラ弁を引き立てるものになっている。1枚のためにどれだけ汗をかいているのだろうかと想像すると敬意を評さざるを得ません。

最近、インスタグラムで存在感を増しているのが「ストーリー」という機能を使った投稿。
通常のフィードとは別枠で短い動画や写真を気軽にシェアできて、24時間で自動消滅。
私の友人は別SNSで夫の悪口を散々投下しておきながら、「ストーリー」に夫と子が楽しく踊る動画を投稿しています。
どちらが、本当の彼らの姿なのか、知る由もないのですが。

先日、タレントのあびる優さんが投稿した動画が話題となりました。

公園の遊具で座りこむ子供の動画にそえられたのは以下の文章。

「強く逞しく優しい女性になってね 私はあえて近づかなかったです。本当に危険な時は御節介ババアになりますが、子供には子供社会がありますからね、胸は苦しかったけど、いつか娘が逆の立場になることもあると思うから。いじめちゃったりいじめられちゃったりとかさ」

子育て論への評価は決まって賛否が分かれるもの。
子供同士のケンカに介入しないことへの賞賛とともに、子供を助けないことは責任放棄だとして批判する声も上がりました。

先日、我が子と公園に行き、砂場で遊んでいたところ、自身のバケツやシャベルで砂いじりをしていたある男の子が飽きたのか、それらを放ったらかして別の遊具の方へ行ってしまいました。
すると、2〜3歳くらいの男児を連れたママが「お兄ちゃんがいなくなったから、遊ばせてもらおうか」とバケツとシャベルで遊び出しました。
そのママたちはバケツ等の所有者とは無関係。我が家なら、所有者がいない時に他人のおもちゃで遊ばせないですし、他人が所有するおもちゃで遊ぶときは一言、断りを入れます。
どちらが正しいというわけではないのですが、流儀は各家庭によって様々ですので、そのママの流儀は我が家とは違っていたようです。
子育てに関する流儀は、信仰や宗教のようなもの。お互いの意見を主張し合って衝突するくらいなら、沈黙を選択した方が良いという場面はざらにあります。

子育て論で最大公約数となる合意形成を図ることは、大変困難です。根回しも重要になってきますし、本音ではなく建前での合意になってしまいがち。
インスタグラムに子育て論を匂わせる投稿して賛成ばかり集まった場合、ほとんどは建前なのかもしれません。

インスタグラムには理想とする家族像が満ち満ちています。本当の家族の姿。綺麗なところだけを切り取って、虚栄心で繕った家族像。どちらもあることでしょう。
他所の家族とお付き合いするにあたっては、心身に支障をきたさない程度の虚栄は必要なのかもしれません。

スタッフ坂本
(2018/3/29 UPDATE)
番組スタッフ
文筆家の岡田育さんの以下のツイートがネット上で話題になっています。
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「人の話を遮るな」と注意される。ずっと不思議だったのだけども、言われた通り相槌を控えつつ観察してやっと気がついた。最近の若者は「面白い話」をワンユニットで語る人が大変多い。
つまりピン芸人みたいなものだ。
「掛け合い漫才」を持ちかけようとする私はその話の「流れ」を中断しているらしい。
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「面白い話をワンユニットで語る」とは、どういうことなのか。
岡田さんはつづけてツイッターに書き込んでいて、その詳細はこのようなもの。
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続)なので「ちょ、最後まで聞いてもらえます!?」とキレられたりするのだけど、もちろん私は最後まで話を聞く気まんまんであり、単に物語の起承転結の位置確認をしながら合いの手を入れたり、聞き手代表として理解度を表明したりしているだけなのだ。
それが「流れを遮る」と捉えられてしまうらしい。

続)おそらく彼らは「自分の面白さを示すプレゼンテーションの持ち時間中にオバハンから余計な野次を飛ばされた」気分になっていて、まぁそれは確かにさぞ不愉快であろう。
私は私で、なんで若い人って話にツッコミ入れてこないんだろうと思っていた、漫才芸人だから。「会話」の感覚が違うのだろうな。
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また、岡田さんのツイートをきっかけに始まった議論では、合いの手を入れられながら面白い話をする人を「漫才型」、ワンユニットで話す人を「TED型」と定義しています。

私がなぜ、この話題に食いついたかというと、最近たまたま、TED型の知人と会話をし、嫌な顔をされたからです。

私は、人との会話の中で合いの手や茶々を入れる癖があります。
岡田さんと同じく悪気は一切なく、相手が話したいと思っていることと自分の解釈が合っているのか、その確認が一番の目的。
茶々を入れることによって会話を盛り上げようとする意図もありますが、基本は良かれと思ってやっているわけです。

そのため、この知人との会話中も頻繁に合いの手や茶々を入れていたのですが、この知人は突然、オチにいく前に話を止め、結局、その話のつづきを聞くことは叶いませんでした。

不機嫌さをあらわにしていて、その理由もよく分からなかったのですが、今、思えば、この知人はTED型で面白い話をしたい人だったのでしょう。
そう考えると、不機嫌になったことも腑に落ちます。

ただ、その一方で合いの手や茶々を入れずにオチまでいった場合、その話に笑えるのかという不安もあります。

最近の若者は「面白い話」をワンユニットで語る人が大変多い。(Togetter)

このまとめの中では、TED型が「すべらない話」の影響を受けていると指摘する意見がありますが、現実的に考えればTED型で笑いをとれるのは話術の手練れのみ。
それが現実なのに、自分は話し上手と思い込んで、得意げに“おもしろ話”を披露されたら、どうでしょう。
作り笑いをするのも疲れますし、なによりも迷惑です。
世の流れなのかもしれませんが、TED型の勢力がこれ以上強まらないことを願うばかりです。

(スタッフH)
(2018/3/27 UPDATE)
番組スタッフ
3月26日(月)佐々木俊尚●20年後の『THE BARN』:ゲスト:佐野元春さん
「THE BARN」を20年ぶりにリリースする佐野元春さんをゲストに迎えてお話をうかがいます。

3月27日(火)古谷経衡●中国で「精神的日本人」が増えるわけ
中国の全人代の会期中の3月8日に行われた王毅外相の記者会見で話題になった「精神的日本人(精日)」問題をご存じでしょうか。
中国で増えている「精神的日本人」とは?

3月28日(水)飯田泰之●『新聞社崩壊』の著者が予言する新聞の未来
話題の書籍『新聞社崩壊』。そこに綴られた新聞社の未来とは?

3月29日(木)小田嶋隆●フェイスブック不正流出データがトランプを誕生させた!?
大きな衝撃を与えているフェイスブックの情報流出問題。データ流出とトランプ大統領誕生の関連性はあるのか?
(2018/3/26 UPDATE)
番組スタッフ
フェイスブックの5000万人の個人情報流出が波紋を広げています。
イギリスのコンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」がフェイスブックの個人情報を不正に利用。ケンブリッジ・アナリティカ元社員の証言によると、同社がフェイスブック上の性格診断クイズを通じ利用者のデータを収集していました。
性格診断クイズに回答したのは26万人ですが、その友達の友達まで5000万人の情報から個人の属性を割り出し、選挙戦のプロファイリング、ターゲット広告に利用されていたというのです。
ケンブリッジ・アナリティカは2016年のアメリカ大統領選でトランプ陣営の選挙コンサルティングを務めた企業。
フェイブックから不正流出したビッグデータがトランプ大統領誕生に貢献したとも批判されています。
【ギズモード・ジャパン:Facebook危機。トランプのデジタル広告戦略会社の心理兵器に5000万人の情報を流用される】

ネットでは「#deletefacebook(フェイスブックを削除せよ)」との呼びかけが広まっています。
この運動に参加の意を表明しているのが、2014年にフェイスブックに買収されたメッセージサービスWhatsApp共同創業者のブライアン・アクトン氏。アクト氏はツイッターで「今こそその時だ。#deletefacebook」「削除して忘れよう。プライバシーを大事にする時だ」と呼びかけました。
【フォーブス:ネットで高まる「フェイスブック削除」の声、WhatsApp創業者も賛同】


#deletefacebookという呼びかけが起こることもうなずけます。もし本当にフェイスブックの5000万人の個人情報がトランプ大統領を誕生させるために使われたのだとしたら、ビッグデータによって選挙を操作できることが証明されたわけで、ビッグデータ時代の民主主義をどこまで信頼して良いものか。

サービスが肥大化するにつれ、中央集権型の管理システムのアキレス腱が露わになっているような気がします。
非中央集権型=分散型SNSと言われるマストドンのオイゲン・ロチコ氏も#deletefacebook運動に賛同の意を表明しました。

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オイゲンさんは、個人情報が違法に取得されたということが重要なのではなく、「どれだけのデータをFacebookが収集し、我々について解析しているか」という問題なのだと指摘している。これはFacebookのサードパーティーが米大統領選挙に影響を与えたということだが、もしもマーク・ザッカーバーグ氏が大統領選に出馬しようとしたらどうなるか。
 1984ではビッグブラザーが人々を支配していたが、今はそれがビッグデータに変わっている。Facebookに支配されない、自分のデータを自分でコントロールできるSNS、Diaspora、Scuttlebutt、Hubzilla、そしてマストドンへのスイッチをオイゲンさんは勧めている。
【ITmediaマストドンつまみ食い日記:Facebookを退会すべき理由#DeleteFacebook】
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去年の春、突如として注目を集めたSNSマストドン。大きなニュースもないですが、私は去年の春からマストドンを続けています。
オイゲンさんが言うように、余計な個人情報を入力しなくて済むなど自分のデータを自分で管理できるところも飽きっぽい私が続けられる理由の1つです。

私もこれを機にフェイスブックを辞めてやろうと思うのですが、フェイスブックでしかやりとりできない懐かしい友人もいるため中々かないません。
最近、やたらとフェイスブックが私に自己紹介を求めてくるようになりました。
私の学歴、住まい、家族以上、いや、以下のどうでも良い情報です。
トリビア自己紹介という機能が新たに設けられたようですが、例えば「家の中で何か故障した時は…」。さらに、質問を更新すると「冷蔵庫に必ず入っているものは…」「ネットショッピングとお店で買い物、どっちが好き?」などと表示されます。
答えたらどうなってしまうのか、見え見えの質問です。

細かな属性をいちいち記入する、あるいは投稿することでSNSが自身の履歴書のようになります。
いちいち記入して、投稿して完成したプロフィールはもしかしたら「私よりも私らしい」自分と言えるでしょう。

フェイスブックに勃発した類の問題に巻き込まれないためには「SNSをやるな」。これが最適解。
しかしそうもいきません。だとしたら、SNSに投影する自分の濃度を薄める以外にないでしょう。

スタッフ坂本
(2018/3/22 UPDATE)
番組スタッフ
今朝、目が覚めてツイッターのアプリを開いてみたところ、まず目に飛び込んできたのがフリー編集者・おぐらりゅうじさんのこのツイート。

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3/20(火)発売のテレビブロスは、長い間読者だった方はもちろん、ある一時期でも読んでいた方、少しでも思い入れのある方にはぜひ隅々まで読んでほしいです。僕は校了しながら、少し泣きました。号泣ではなかったのは、ずっと覚悟はしていたからです。
*****

テレビブロス は定期購読している時期があったので何があったのかと気になり、さらに検索してみると、どうやら次号から番組表がなくなり、隔週から月刊に変わることが20日発売号で告知されていることまで突き止めました。

早速、近所のコンビニで20日発売のテレビブロスを買って中身を見てみると、巻末に以下の趣旨のお知らせが書かれています。

・隔週の発行はこの号が最後
・次号からは毎月24日発行の月刊誌になる
・番組表の掲載は終了するが、その分、解説ページは大充実
・解説コラムで、よりテレビを楽しく見れるようにしていく

私はもともとコラム目当てで買っていて、番組表を熟読したことは一度もなかったので、番組表の廃止に特段、寂しさは覚えませんでした。
ところがツイッターで反応を眺めていると、番組表の廃止に寂しさを覚えている人が少なくないことが分かります。

テレビやレコーダーに番組表が付いているため、わざわざ雑誌で番組表を見る必要はないのに、それに執着する人が一定数いることに正直、驚きました。

驚くとともに、番組表にどれほどの需要があるのか気になったので、今朝、コンビニで手に入れることができたテレビ情報誌の番組表のページ数と、発行部数を調べてみました。

発行部数は、一般社団法人日本雑誌協会が2017年10〜12月に調査した数字です。

【TVLIFE】
番組表のページ数:57ページ(全114ページ)
発行部数:22万6914部
【TVガイド】
番組表のページ数:31ページ(全112ページ)
発行部数:22万1711部
【ザテレビジョン】
番組表のページ数:44ページ(全106ページ)
発行部数:21万3703部
【TVstastion】
番組表のページ数:32ページ(全114ページ)
発行部数:12万6600部
【テレビブロス】
番組表のページ数:29ページ(全106ページ)
発行部数:7万6306部
【B.L.T】
番組表のページ数:0ページ
発行部数:5万2106部

圧倒的に番組表のページ数が多い「TVLIFE」が発行部数の首位。一方、それほど番組表のページ数が多くない「TVガイド」が2位。
この結果から、番組表を熱烈に欲している人とそれほど欲していない人の二極化をなんとなく感じることができるかと思います。

番組表をそれほど欲していない人を取り込むという意味では、テレビブロスがもともと、おまけのような存在だった番組表を廃止するということは英断にも思えますが、その一方で前例を見ると不安な気持ちにもなります。

2015年に番組表を廃止したテレビ誌「B.L.T」。
もともとアイドルや女性芸能人のグラビアがメインで、番組表はおまけ程度に付けられていたものなのですが、この年の7月号から番組表を廃止。
「番組表のない新型テレビ誌」というカテゴリーを開拓する、と宣言したものの、発行部数を見る限り、状況は苦しいように見えます。
雑誌のリニューアルという意味でも、「クイックジャパン」のリニューアル後の残念さを見ていると、不安はさらに強まります。

かつての愛読者としては、隔週から月刊になり、やがてWebに移行し、雑誌は消滅という事態にはなってほしくないですし、それを見極める意味でもリニューアル後の次号に注目していきたいと思います。

(スタッフH)
(2018/3/20 UPDATE)
番組スタッフ
3月19日(月)佐々木俊尚 ●「弱いロボット」が日本のモノづくりに鳴らす警鐘

Twitterで話題の「弱いロボット」。その開発理由から見えてくる日本のモノづくりへの警鐘とは?

3月20日(火)速水健朗 ●「稟議制」で読み解く 森友文書改ざん問題の闇

森友文書改ざん問題の原因の一つとの指摘がある「稟議制」。この制度の問題点とは?

3月21日(水・祝 ) ●番組休止

番組はお休みです。

3月22日(木)小田嶋隆 ●『卒業』に『出戻り』、人材不足時代の転職事情

退職から卒業へ。人材不足時代の転職事情を考えます。
(2018/3/19 UPDATE)
番組スタッフ
官民で推し進められる働き方改革。私の周りでの何らかの試みを始めた企業があります。
長時間労働が問題視されていたその制作会社は若手社員に2時間の休憩を義務付けました。そして、部署を統合し、人員を増やしました。
さらに、中堅社員の士気を高めるべく、重要ポストを増設。管理する立場の人間の負担を減らす目的もあったと言います。

外部の人間として、冷静にその会社の働き方改革を見つめると、実質的には長時間労働ではなく、休めてはいるかもしれないけど、早く帰宅できていないのではないか、と疑問に思います。
重要ポストの増設についても、若手と中堅社員の間に位置する準中堅社員が育っていないため、かえって中堅社員の業務が増えたよう見ていて感じます。

「改革」と名打つことで、日本の労働問題が深刻であるとあらためて認識されます。
しかし、「働き方改革」という言葉が仰々しすぎて、何か大きなことをやってやろうと肩をぐるんぐるんと回して意気込み、空回りしてしまい、迷走している企業も少なくないのかもしれません。

日本の労働者をがんじがらめにするのは、日本の働き方に絡む様々な慣習にあるように思います。
先日、歯科医院に行くと新人と思われる歯科助手が、先輩に患者の目の前ながら怒られていました。
耳をすませてみると、「メモを取らなくて大丈夫なの?」と先輩が新人に詰め寄りますが、「覚えていますので」とその新人。どうやら新人がメモを取らないことに先輩は苛立っている様子。
その歯科医院に定期的に通っているのですが、その新人さんの働きぶりは患者の私が見てもとてもテキパキしており、優秀だなと思わされます。

人と話す時、「メモをとる」という行為を導入することで、聞かれる立場の人間の心持ちを気持ちよくすることができます。つまり、労働における実質的な効果はさておき、心理テクニックとしてはありがたがられているのです。
メモをとらないことで、教える側の人間の心情を害することがあるのでしょうが、メモなしで理解できるのであれば、メモを取るという手間を省くことができます。

「和を以て貴し」という言葉があるように、日本の労働現場には「暗黙のルール」があり、それを守るべしという同調圧力があります。

日本の働き方における同調圧力の一つが「会議」です。
やたらと大人数が参加し、ゴールを見出せず長々と行われるものがあり、時として厄災レベル。
ある会議がチャットを使ったものに移行しました。月に1回対面する会議が行われます。
当初、チャットで自分の思っていることや提案を伝えるのは恥ずかしさがありましたが、
対面でないことでより踏み込んだ意見もできるようになりました。
会議に参加するための移動時間も減り、良いことづくめ。
こういった小さいことも自分たちの働き方に余裕をもたらしてくれるのです。

日本の労働者を疲弊させているのが、「自己実現」「夢」といった言葉による「やりがい」搾取。
実体の掴みにくい精神論を掲げ、自身が感じる辛さを未来のために必要不可欠なものと思わせることで、労働者から次々と様々なものを搾取していきます。

ワタミ創業者・渡邉美樹参議院議員が参院予算委員会の公聴会で「働き方改革」を不十分とする過労死遺族に「労働観」などを尋ねる一幕がありました。

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渡邉氏は、「私も10年前に愛する社員を亡くしている経営者でございます。過労死のない社会をなんとしても実現したいと、そのように私も考えております」と前置きして質問をスタート。
現在の国会の議論は「働くことが悪いことである」ように聞こえてくるといい、働くことは「生きがいであり、自己実現であり、人は働くことでたくさんのありがとうを集め、成長していくそんな大事なもの」と自身の労働観を披露。
< ワタミ創業者・渡邉美樹議員、過労死遺族に「労働観」尋ねるやりとりが物議 - 弁護士ドットコム>
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働くことは「生きがいであり、自己実現であり、人は働くことでたくさんのありがとうを集め、成長していくそんな大事なもの」と語る渡邉議員。
生きがいとして働くことも、ありがとうを集めるために働くことも自由です。しかし、少なからずその思想の影響によって愛するという社員に悲劇をもたらしたことを忘れてしまったのでしょうか。

ワーカホリックという言葉もあります。加重労働を己に課すことで、悦楽を感じる人もいるでしょう。
一方で、必要最低限のコストで成果を出すことに悦びを感じる人もいます。
一つの会社に複数の働き方が存在する。
自由に働き方を選択できることが理想的なのではないでしょうか。
働き方改革とは「働き方の押し付け」であってはいけないのです。

スタッフ坂本
(2018/3/15 UPDATE)
番組スタッフ
ここ数年、抗議を受け、商品の販売やイベントの開催が中止となる騒動が続いています。
騒動が起きるたびにうんざりさせられることが多いのですが、こちらの騒動もそのひとつ。

女性「太もも」写真展、中止 池袋マルイ、疑問の声受け(「朝日新聞デジタル」2018/3/3)

池袋マルイは今月9日から開催予定だった、女性のふともも写真などを展示する「ふともも写真の世界展」の中止を発表。
客から疑問視する声が寄せられ、中止を決めたといいます。

客からどのような声が寄せられたのかは明らかにされていませんが、ネット上では「いろんな人が出入りするデパートで開催すべきではない」などの声があがっていました。

また、主催する企画会社の担当者は「これまでも苦情などを受けたことがなかったので困惑している」と話しています。

この担当者が困惑するのも無理はなく、ふとももの写真展は2016年には渋谷マルイで開催されていて、そのときは一切、騒ぎになっていないのです。

渋谷マルイ「ふともも写真の世界展」を開催!!(「PR TIMES」2016年8月30日)

イベントの趣旨はほぼ同じで、異なるのは場所と開催した年。
場所の違いが中止か否かを左右するとは思えず、そう考えると、開催した年が重要であり、この約2年で「苦情を受け中止」という流れが定着したとも考えられます。

わたしがこの類の騒動を目にしてうんざりするのは、苦情を言った者勝ちという空気の蔓延を感じるからなのですが、こちらの騒動にも同じことが言えます。

チンギスハン肖像画に落書きした漫画掲載 コロコロコミック販売中止 小学館「混乱避けるため」(「産経ニュース」2018/3/6)

チンギス・ハンの肖像画に侮辱的な落書きをした漫画を「コロコロコミック」に掲載したとして、抗議を受けていた騒動。

モンゴル出身で大相撲の元横綱・朝青龍がTwitterで憤りを表明。
在日モンゴル大使館も日本の外務省に抗議を申し入れるなど波紋が広がり、6日にはこの漫画を掲載していた「コロコロコミック」3月号の販売中止が発表されました。

この騒動を受け、個人投資家の山本一郎さんは「望ましくない表現は外務省にクレームを入れれば対処される」という前例になってしまうようなら問題」だと指摘します。
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話はモンゴルが外務省を通じて日本の外務省にクレームを入れた結果、本来ならば表現の自由を尊重し「民間の話であり、外務省は取り次ぐ立場にはない」と普通に定型文で回答するべきところが、モンゴル大使館と一緒になって小学館に圧力をかけて問題を大きくし、結果的に事後検閲に近い形で発売中止の判断を小学館に強いた形になってしまっています。
モンゴルとしても、日本に表現の自由に対して検閲を求める形で内政干渉をしたいわけでもなかったでしょうし、純粋に日本の外務省のチョンボとしか表現のしようのない案件ですが、仮に「自分の民族についての人物や事件、事象で、望ましくない表現は外務省にクレームを入れれば対処される」という前例になってしまうようなら問題です。
<「Yahoo!ニュース個人」2018/3/6>
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ふとももの写真展とコロコロコミック、双方の騒動から感じるのは中止という前例をつくることの問題。
これが中止の基準となってしまうことで、これ以降の表現が委縮。さらに中止の前例が増えることで、表現の幅は縮まる一方です。
「攻めている」と感じるコンテンツを目にすることはほぼなくなりましたが、今後はこの傾向に拍車がかかるかと思うと、それもまたうんざりです。

(スタッフH)
(2018/3/13 UPDATE)
番組スタッフ
3月12日(月)佐々木俊尚●SXSW2018
「音楽」「フィルム」「テクノロジー」で世界最大規模の祭典SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)がアメリカで開幕。今年の見所は?

3月13日(火)古谷経衡●増える多数派によるテロが示す危機
多数派が起こすテロの危険性とは?

3月14日(水)飯田泰之●ドイツの研究論文から見えてくる「SNS」と「民主主義」の相性の悪さ
SNSが日本の政治に与えた影響をドイツ研究論文から読み解きます

3月15日(木)小田嶋隆●滑稽さ際立つ中国ネット検閲の行く末
中国で厳しさを増すネット検閲。浮かび上がる「滑稽さ」とは?
(2018/3/12 UPDATE)
番組スタッフ
最近、フェイスブックを開くとニュースフィードが時系列で表示されないことに少なからず苛立ちを覚えます。
時系列で投稿が並べられると思っていた「最新情報」を開いても、時系列ではあるものの、ニュースフィードで見た情報がなかったり…。
フェイスブックが機能を改善したタイミングなのか、定期的にストレスを感じるようになってしまっています。
ユーザーとはわがままなものです。

今年の1月11日、フェイスブックはニュースフィードのアルゴリズムを企業やブランドのFacebookページからの投稿より、友達や家族からのそれを優先するように変更したと発表しました。

2016年、フェイスブックは下記3つを重視してアルゴリズム改善、開発の基準にしていると発表しています。

〕Э佑箍搬欧両霾
▲▲ぅ妊アとしてのプラットフォーム
ユーザーが本当に求めている情報か否か

に関しては、私の自己分析が足りないのか、フェイシブックに本当に欲しい情報があったと思うに至ったことはありません。しかし、本や映画、ニュースなど思わぬ情報を保存したことは数えきれないほどあります。
もしかしたら思わぬ情報との出会いは、△箸發弔覆るのかもしれませんが。

フェイスブックはアメリカ大統領選でも話題になったようにフェイクニュースの跋扈に頭を抱えていました。
フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグは「フェイスブックは友人や家族とのつながりの原点に立ち返る」と宣言しているように、アルゴリズムを改善し、本当に求めている情報を届けんとするフェイスブックの答えの一つが「友達と家族」への回帰というわけです。

私の友達数が少ないからかもしれません。
回帰する以前に、「友達と家族」は投稿の頻度を減らしています。あるいはフェイスブックを去ってしまっています。
フェイスブックを訪れて、友達が何か新たな投稿をしている希少性に、もはや喜びを感じている次第です。
ちなみに、私個人としては家族と繋がってもあまりいいことはないと実感しています。

私はこの数年、フェイスブックでの友達数は変わっていません。新たな友達が増えていません。
安易に「つながる」という言葉を使うのは照れますが、フェイスブックにおいては、繋がっておきたい人とは大体繋がってしまっています。
旧知の友人との思いがけない再会の舞台はインスタグラムに移ってしまいました。


私を含め友人たちのほとんどがフェイスブックに投稿することはほとんどなくなり、見る専(誰かの投稿と見るのが専門)になってしまいました。
ザッカーバーグはフェイスブックでただ時間を過ごすのではなく「より良い時間を過ごす」と言っていたそうです。
工夫次第では、SNSでより良い時間を過ごすことは可能でしょう。しかし、SNS依存という言葉があり、それがあまり良い意味を持たないように、短い時間で良い時間を過ごすことがもしかしたら理想なのかもしれません。
友達や家族とよい時間を過ごすためのSNSはフェイスブック以外にも多々あります。友達や家族というのはどちらかと言うとクローズドな関係性です。
「クローズド」で考えると、それはフェイスブックの強みなのかどうかは疑問です。

私だけではないかもしれませんが、フェイスブックに限っては完全に受動的です。誰かが発信する情報を待っているだけです。
ニュースフィードのアルゴリズムを弄り、訪れる機会、滞在時間を増やすだけではなく、「もう一度、投稿したくなるような場所にする」、つまり、ユーザーを能動的にしない限り、ザッカーバーグの言う「より良い時間を過ごす」には程遠いのではないでしょうか。

スタッフ坂本
(2018/3/8 UPDATE)
番組スタッフ
先日、こちらのまとめに目が留まりました。

“遅刻したら罰金300円”にしたところ遅刻件数が2倍に増えてしまった理由→罰金を課す事でそれが『遅刻チケット』のように機能してしまったから(togetter) 

このまとめのきっかけとなったのは、アプリとスマホのマーケティング情報メディア「アプリマーケティング研究所」による2月27日のツイート。
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遅刻したら「罰金300円です」→なぜか遅刻数が2倍に増えてしまう

遅刻の件数(託児所のお迎え)
A. 遅れても罰ナシ:週8件
B. 遅れたら罰金300円:週16件〜

罰金という「遅刻への対価」が、お金を払えば遅刻が許される「遅刻チケット」のように機能してしまった

ヤル気の科学 より
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これだけでは不十分なので、出典として示されている書籍『ヤル気の科学―行動経済学が教える成功の秘訣』(文藝春秋)の該当箇所を読むと、こう書かれています。
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イスラエルの託児所十カ所で、子供を迎えにくるのが遅れたら罰金を課すとどうなるか検討していた。一般に、託児所はそれぞれ平均で、週に八件の迎え遅れが生じていた。
四週間の観察後に、十カ所のうち六カ所が無作為に選ばれて、これらの託児所では職員が親に対して十分以上迎えにくるのが遅れた場合には三ドルの罰金で、これが毎月の請求書に加算されると告げた。
経済学入門の講義なら、罰金を設けることで迎えの遅れは減るはずだろうというだろう。
でも(略)子供の迎えの遅刻件数は激増した――ほんの数週間で、時間を守らない迎えの親は倍以上になった。
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さらに、この現象を分かりやすく解説したのが、『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(マガジンハウス)。
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園長先生たちは、度重なるお迎えの遅刻をなんとかするために、超過料金制度、言い換えるとある種の罰金制度を導入しました。
しかし、その制度の導入が、お迎えの際に「お金を払えば遅れても大丈夫」という意識の変化を引き起こしてしまいました。
つまり、罰金を導入する前は、遅刻を「申し訳ない」と思う社会的なモラルがあったわけですが、「罰金」という具体的なペナルティが提示されたことで、その意識が消滅したわけです。
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遅刻に罰金を科したら、遅刻は減るかと思いきや増えてしまった。その理由は罰金を払うことによってモラルが消滅するから。
ここまででも十分興味深いのですが、罰金制度を廃止した後の展開はさらに興味深く、『予想どおりに不合理』(早川書房)によると、遅刻の回数が増えたのだといいます。
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もっとも興味深いのは、数週間後に託児所が罰金制度を廃止してどうなったかだ。
託児所は社会規範にもどった。だが、親たちも社会規範にもどっただろうか。はたして親たちの罪悪感は復活したのか。
いやいや。罰金はなくなったのに、親たちの行動は変わらず、迎えの時間に遅れつづけた。むしろ、罰金がなくなってから、子どもの迎えに遅刻する回数がわずかだが増えてしまった。
この実験は悲しい現実を物語っている。
社会規範が市場規範と衝突すると、社会規範が長いあいだどこかへ消えてしまうのだ。社会的な人間関係はそう簡単には修復できない。
*****

モラルは思わぬことで消滅し、一度、消滅したモラルは簡単には修復できない。
少し前に話題になったツイートを見ていると、こうした事態に陥るのは他人事ではないようにも思えてきます。

新卒の頃、迷惑をかけ、先輩たちの仕事を増やした自覚があるという、あるTwitterユーザーが「大丈夫」と言って引き受けてくれる先輩と、「このミスはスタバのラテでしか許されないよ」と小さい見返りを要求してくる先輩を比較し、後者の方が気楽でお願いしやすかった、スタバのラテを献上したらなんとなく罪悪感が和らいだ、といった主旨のツイートで、本人に一切、悪気はありません。

人というのはこのようにして、知らず知らずのうちにモラルを消滅させているのかもしれません。

(スタッフH)
(2018/3/6 UPDATE)
番組スタッフ
3月5日(月)佐々木俊尚 ●ロボット開発の拠点化する福島県沿岸部のいま

ロボット開発の拠点化する福島県沿岸部。今後どうなっていくのか、その行く末を探ります。

3月6日(火)速水健朗 ●マンネリズムに陥りつつある復興支援

東日本大震災から7年。復興報告のマンネリズムの実態と引き起こす弊害とは?

3月7日(水)ちきりん ●「希望の牧場」と「飯館電力

内容が決まり次第、お知らせします。

3月8日(木)小田嶋隆 ●「帰還」という苦悩〜飯館村・避難指示解除から1年

内容が決まり次第、お知らせします。
(2018/3/5 UPDATE)
番組スタッフ
環境整備には、二つの意義があります。
環境を整えてより良い仕事のために備えることと、心を磨くことです。
幸せな人生の実現のためには、心磨きが必要ですが、心を直接磨くことはできません。環境は、心の鏡です。心の鏡である、環境を磨くことで心を磨くことができます。
環境を一心不乱に磨くことで、心が真っ新になります。
心が真っ新になるということは、素直になるということです。
素直な心とは、幸せな人生の実現のための学ぶ姿勢が整ったということです。
私たちは、全ての仕事の土台である、心磨きを日々実践しています。


これはホッピーでおなじみのホッピービバレッジ株式会社で行われている人財教育論
先日これが、飲料メーカーとしての衛生観念はどうなのだと問題視され、ツイッターなどで話題となりました。
このページから、ホッピー社の人材募集にエントリーできます。

ホッピー社が素手によるトイレ掃除を人材教育に結び付けたのは2007年のこと。当時、同社の社長はブログにこう綴っています。

***************
今日、学んだトイレ掃除の極意。
もちろん、このトイレ掃除とは、
便器に手を入れて、ごしごし磨く
トイレ掃除の王道を意味する。
●「問題点を発見したら、その問題に
自らタッチして解決する。」
●「問題点は自ら足を運び、
その問題の中に身を投じて
解決する」
●「問題から逃げない心を
チャレンジする気概を身につける」
トイレ掃除が、問題から逃げない強い心を
育てるとは・・・。

【3代め社長・石渡美奈のブログ「i-Mina」】
****************

トイレを素手で掃除することで、問題から逃げない強い心を身につけることができる。
人材育成理念、成功の法則は経営者によって様々です。私が知る、マイクロソフト出身の十人に満たない企業の経営者は、社員がリラックスでき、モチベーションを高められる環境は清掃業社など外部に完全に委託してしまった方が効率的だと言っていました。

家事としての「トイレ掃除」は苦ではありません。むしろ、好きと言えるでしょうか。
しかし、トイレを「素手で掃除すること」が「成功」や「人材育成」、ひいては「自己啓発」に結び付けられることには違和感を覚えます。

また「トイレ掃除 素手」で検索すると、開運情報がヒットします。トイレを素手で掃除することにより、金運など掃除をした人、その空間の運気が上昇するというのです。
あるサイトにはこうあります。

「素手で掃除することは、目の前の汚れに対して向き合うことになります」

かなり譲歩して考えて、確かに素手の感触だからこそ、道具や機械を用いることで見えなかったほころびが見えてくることもあるでしょう。
車は機械で洗うよりも、手で洗った方が細かな傷など修繕すべき箇所が目につきやすくなると感じます。

しかし、それでも私は「トイレを素手で掃除する」ことは、とてつもなく危険な行為だと思っています。
先日、家族全員がロタウイルスに感染しました。
ウイルス性の胃腸炎にならないよう、人ごみは避ける、手洗いはするなどの対策を取っていたのですが、それでも母子から症状が現れました。

ゴム手袋をして、マスクをして、塩素系洗剤を水で薄めて消毒液を作って…、おそらく吐瀉物処理なら、医療従事者を除いて区内で指折りの腕なのではと自負してしまうほど、母子の吐瀉物を処理し、汚れた衣類や床、家具を念入りに滅菌していたのですが、どうやら過信だったようで私も感染してしまいました。

ウイルス性の胃腸炎にはワクチンがあるものは少なく、私たちが予防に神経を尖がらせなくてはいけません。
便と共にウイルスは排出されるため、予防策として、トイレを流すときは蓋を閉めて流す、というものがあります。
トイレがウイルス性胃腸炎の感染経路の一つとなりうるのなら、素手で掃除することはあまりにもリスキーだと思うのです。

「掃除をする」「整理整頓する」という行為は自己啓発と結び付けられがちです。
掃除をすることによる精神面の成長ばかりに気を取られ、自身の肉体に支障をきたしてしまっては元も子もありません。
私のデスクは本や資料が乱雑に並んでいますが、秩序のない状態から新たな閃きが生まれることもあります。
もちろん、限度があります。他人の機嫌を損ねたりするほど散らかっていてはいけません。
「片付けられていない」カオスな状態にすることで、自身の潜在能力が高まるというような自己啓発メソッドが登場しても良いように思うのですが…。
トイレを素手で掃除する、というのもある種の信仰のようなものなのでしょう。

スタッフ・坂本
(2018/3/1 UPDATE)

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