TEAM BEYOND presents THE FUTURE OF パラスポーツ

2020.12.21 #12 パラ陸上、走高跳の鈴木 徹選手

Audeeで聴ける TEAM BEYOND presents THE FUTURE OF パラスポーツ#12 はこちら
https://audee.jp/voice/show/26551

パラスポーツを応援する人を増やす東京都のプロジェクト
「TEAM BEYOND」がお送りする
「TEAM BEYOND presents THE FUTURE OF パラスポーツ」

毎週月曜のこの時間は、パラスポーツの魅力をもっと知ってもらいたい!
ということで、現役のパラアスリートや、パラスポーツを支える方々に
ご来店頂き、お話を伺いながら、モチベーションアップとなる1曲もセレクト!

本日のご来店のお客様はパラ陸上、走高跳の鈴木 徹選手!
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1980年、山梨県に生まれた鈴木選手は、中学 高校時代、ハンドボール部に所属し、全国大会にも出場!
しかし高校3年生の時、交通事故により右足の膝下11センチを残して切断
ハンドボールをもう一度やるためのリハビリがきっかけで走り高跳びを始めると、
なんと!3カ月でシドニーパラリンピックの大会参加基準をクリアして、日本人初の走り高跳び選手として出場!
パラリンピック6度目の出場となる東京大会でのメダル獲得を目指していらっしゃいます

鈴木選手は高校生の時、足を切断されましたが、すぐにスポーツ対する思いが湧いたのは、
中学、高校とハンドボールを続けてきた鈴木選手、高校3年生の時に全国3位にスポーツ推薦という形で大学が決まっていた鈴木選手
大学に行って日本代表という夢を抱いていたので、足を早く治して
「大学に戻って、もう1度やりたい!」という気持ちが事故のあともスポーツに対する思いはすぐに湧いたそうです。

鈴木選手が走り高跳びを始めるようになったキッカケは、ハンドボールをもう一度やるために始めたリハビリでした。
中学3年生の時にハンドボール部には所属していましたが、陸上の記録会に出ていた時は県で2位の記録を持っていた鈴木選手
リハビリの過程で始めた走り高跳びで練習中に日本記録を出したのが走り高跳びの世界に挑戦したキッカケになったそうです。

「走り高跳び」というパラ競技の魅力とは、
鈴木選手がシドニーパラリンピックの選手として出場していた時には、競技人口が少なく、足がない人と腕がない人も一緒に試合をしていたそうです。
現在は競技人口も増え、足が義足の人と足がマヒをしている人が対決をしているので、時代を追うにつれて相手が変わってきていること
選手同士の駆け引きも魅力で、試合前の控室での相手選手に話しかけるのかそうでないのか、サングラス掛けて遮断するのかというところも、
魅力だそうです。

そんな鈴木選手のチアアップ・ソングは、清貴さんの「MY VICTORY」
4年前の2016年リオパラリンピックの時にメダルを獲得できずに、悔しい思いをした鈴木選手
以前から親交があった清貴さんが鈴木選手をイメージした曲を作ったそうです。当時の悔しを思い出しながらもモチベーションが上がる一曲だそうです。

鈴木選手のこれからの「夢」は、今年は延期になってしまった東京パラリンピック
これまでにパラリンピックには5大会出場したけど、まだメダルが取れていないので、来年こそはメダルを獲得することが「夢」だそうです。

更にパラ陸上、走高跳の鈴木 徹選手の魅力について深堀していくお話はAudeeでお聴きください!

TEAM BEYOND presents THE FUTURE OF パラスポーツ#12 はこちら
https://audee.jp/voice/show/26551