PASSENGER DIARIES

EDC 営業日誌(過去のお客様)

2021年1月23日放送

Passenger

吉村崇

本日のお客様は、お笑い芸人 平成ノブシコブシの吉村崇様。
高校卒業後に、地元・北海道から上京。吉本興業の養成所NSCを卒業後、相方・徳井健太さんと平成ノブシコブシを結成。破天荒芸人としてブレイク後、現在では、持ち前の暴走力、キレのある進行でバラエティに欠かせない存在となっています。


※高校生の吉村さん

 

 

北海道時代の吉村さん〜お笑い芸人になるまで

子供の頃、おばあちゃん子だった吉村さん。お祖母様から、とにかく公務員になりなさいと教えを受け、中学生までは学校の先生になろうと思っていました。しかし、高校に入ると、テレビで観た自由なお笑いの世界に憧れを抱き、芸人を目指し始めます。当時は、ダウンタウンの松本さんのように、クールにぼそっとボケて、笑いを取りたいと思っていました。高校卒業後に吉本興業の養成所NSCに入学することになりますが、ご家族からはあまり反対されることは無く、お父様には高2の頃から、NSCに行きたい!と伝えていた事もあり、寛容に受け入れてくれました。これは上京した後に聞いたそうですが、実はお父様は昔、野口五郎さんなどの営業マネージャーをしており、芸能界には少し理解がありました。その後、野口さんご本人にお父様のことを話してみると、「昔、そんな人が居たかもしれない。はっきりした記憶はないけど、一人、俺の時計を盗んで逃げていった人がいる。」と伝えられ、吉村さんは、上京後まで秘密にしていた理由はこれか!父親が犯人なのか!? と、一時期疑っていましたが、犯人はお父様ではなかったようで、胸をなで下ろすのでした。

また、北海道には思い出の場所があります。
それは、高校の先輩が弟子として働いており、上京資金を貯めるためにバイトしないか?と誘われた「宮沢整骨院」。当初、院長の宮沢先生は、学校終わりの17時から20時まで働いてくれたら、1ヶ月半で20万円程の給料を出すと言ってくれましたが、バイトをはじめて4日後、「明日から朝5時から来てくれ」と、まさかの入り時間12時間巻き宣告を受け、結局5時〜20時まで働くことに・・・!!
また、宮沢先生は食べる事が大好きでしたが、お医者さんから食事制限をされていたため、自分が食べられない代わりにお弟子さん2人と吉村さんに沢山食べさせて、その姿を喜んで見ていました。昼はカツカレー20人前、15時のおやつはエクレア50個!これらを3人で毎日食べる日々・・・。そんな生活が1ヶ月半続き、最終的に貰った給料は8万円!滅茶苦茶な労働環境でしたが、優しくて面白くて、根性も鍛えてくれた宮沢先生の事が大好きだった吉村さん。破天荒な芸風の原点は宮沢先生にあるのかもしれません。

 

 

平成ノブシコブシ結成〜破天荒キャラクターの誕生

平成ノブシコブシを結成したのはNSC卒業後の2000年。同期には、ピース、キングコング、とろサーモン、NON STYLE、ダイアンなど才能溢れるコンビがたくさんいました。芸人人生のはじまりは順風満帆ではなく、芸人としての月給は250円程で、あとはバイトの日々でした。
月1回のライブは、お客さんが5人手を挙げたらネタが打ち切られるゴングショー。当時、ロバートやインパルスが大人気で、お客さんはその他の芸人にはなかなか興味を示しません。それでも爪痕を残すため、もがき苦しんでいました。当時のネタは、ダウンタウンへの憧れもあり、クールな構成となっていたそうです。
そんな中、吉村さんに転機が訪れます。とあるライブで相方の徳井さんが寝坊で欠席。コンビでやるはずだったネタを、吉村さん1人でやったあと、「こんなの出来るわけないだろう!!」と舞台上でキレた瞬間、それまで経験したことがないほど会場に笑いが起こりました。魂の叫びが笑いに変わったこの瞬間、破天荒芸人・吉村崇が誕生しました。

その後、お笑いライブでは活躍していましたが、まだテレビの出演は少なく、同期芸人達が画面越しで躍動するのを観て焦りを感じ始めた2010年、2度目の転機が訪れます。インドシネアの部族の元に行くロケで、相方の徳井さんが注目されます。徳井さんは物怖じしない性格で、部族の人たちとすぐに仲良くなり、ゲテモノを平然と食べる姿は、本来のリアクション芸と真逆の新しいお笑いを持ち込みました。同年、平成ノブシコブシはフジテレビのバラエティ番組「ピカルの定理」のレギュラーに!コンビそれぞれがお互いに転機をモノにすることで、お茶の間に浸透していきました。

 


※T.YOSHIMURA presents Butterfly Tokyo ~ボーイレスクショー~


※吉村派遣会社

2017年には、吉村さんがプロデュース・出演・座長を務めるボーイレスク集団「Butterfly Tokyo」を結成、翌年にはニューヨークのステージに立ち、芸人として新たな扉を開けました。昨年は新型コロナウィルスの影響で仕事が減ってしまった芸人たちをリモートで派遣する「吉村派遣会社」を企画するなど、精力的にチャレンジを続ける吉村さんは、最近、島の購入を検討されています。きっかけは、ある外国人から、日本は土日しか遊ぶ場所(イベント)が無い!と相談を受けたことでした。検討している島の金額は、なんと2億5千万!いつか購入できたら、お笑い・芝居・音楽など、何かしらのイベントが毎日行われるバカな島を作りたい!と人生を賭けた夢を語って下さいました。

 

本日最後に訪れた場所は、羽田空港。
羽田空港は、北海道民にとって東京の入口。吉村さんは、心を休めたい時、奮起させたい時にドライブで羽田空港を訪れ、東京に負けてたまるか!と初心を思い出して、気持ちをリセットされるそうです。
今回の旅で、改めて自分自身の人生を振り返った吉村さん。これまで番組で他人の人生を聞くことはあっても、自分の人生を語る場はあまりなかったそうです。ジタバタしながら必死で駆け抜けてきた芸人人生。令和の時代も、多方面で躍動する平成ノブシコブシ・吉村さんに注目です!

 

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PLAYLIST
  • 「グロリアス」
    GLAY
  • 「青いリンゴ」
    野口五郎
  • 「ワンダーライン」
    YUKI
  • 「田園」
    玉置浩二
  • 「北の国から〜遥かなる大地より〜」
    さだまさし