yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第二百四十四話 絶望を笑う -【愛媛篇】俳人 正岡子規-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第二百四十四話絶望を笑う

愛媛県松山市が、俳句の都『俳都(はいと)』と呼ばれているのをご存知でしょうか?
市民や観光客に、少しでも俳句に親しんでもらおうと街中に設置された『俳句ポスト』。
毎年8月に開催される、高校生対象の『俳句甲子園』など、俳句にまつわるイベントも盛んです。
松山市が俳句の街であるわけ、それは、この地が偉大な俳人を生んだ場所だからです。
その俳人とは、「柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺」という句の作者、正岡子規(まさおか・しき)。
彼は明治時代に、「俳句は季題を持ち、五七五音より成る定型詩」という現代俳句の原型を確立しました。
その教えを日本中に広めたのが、同じ松山市出身の高浜虚子(たかはま・きょし)です。
道後にある「子規記念博物館」では、子規の人物像や作品の数々を資料展示や映像などで紹介。
また、親交の深かった夏目漱石にも触れ、子規を通して松山市の歴史や文学ついても学ぶことができます。
正岡子規はまた、大の野球好きでした。
「バッター」を打者、「ランナー」を走者、「フォアボール」を四球と訳し、一説には、ベースボールを雅号にするため、「野球」と表記した最初のひと、と言われています。
正岡子規のわずか34年の生涯は、ほとんど病との闘いでした。
晩年は、結核に脊椎カリエスを併発し、寝たきり。
それでも、亡くなる二日前まで、自身の病状や日常を、今でいうTwitterやブログのように、新聞に連載し続けました。
『病牀六尺(びょうしょう・ろくしゃく)』と題された随筆は、絶望の淵にあっても、決して暗くならず、時にはユーモアを交え、生きるとは何かを教えてくれます。
なぜ彼は、自分をそんなふうに客観視することができたのでしょうか?
俳句の神様・正岡子規が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

日本の近代文学に多大な影響を与えた俳人、正岡子規は、1867年10月14日、伊予国温泉郡藤原新町、現在の愛媛県松山市花園町に生まれた。
生まれたのは、明治維新、大政奉還の年。
代々、武士だった子規の家は、一気に生活が変わる。
俸禄(ほうろく)も、もらえない。
子規が2歳のとき、家は火事に遭い、全焼。
しかも、4歳のときに父が亡くなる。
母は、針仕事をしてなんとか生計を保つが、貧しかった。
子規は言葉を覚えるのが遅く、母は心底心配した。
ようやく口にした言葉も、発音がおかしく、聴き取れない。
「この子。大丈夫かしら…」
小学校に入ると、いじめられた。
弱味噌、泣き味噌と、はやしたてられる。
絶望の学校からの帰り道。
ぬかるみに足をとられ、泥だらけになってしまう。
情けない、どうしようもない…
でも、どこかでそんな自分を笑っていた。
「ダメだな、ボク、ボク、サイアクだな…」
口に出すと、いっそう笑えてきた。

正岡子規は、アメリカから入ってきたベースボールというスポーツに夢中になる。
守りと攻撃が入れ替わる。
そんなスポーツは見たことがなかった。
「これなら、いつも受け身のボクも攻めることができる」
実に公平な競技に思えた。
しかも、作戦を立てる。
体だけ鍛えても、頭がよくないと勝てない。
面白い。
ベースボールをやることで、どんどんたくましくなっていった。
一方で、漢詩にはまり、詩歌にのめり込む。
いま、自分が見ている世界を、詩や歌にすることで、自分が救われていくような気がした。
弱い自分、醜い自分を、鳥や虫に託して書き記せば、ふっと楽になる瞬間があった。
おのれの絶望も、書くことで客観視できる。
それは、大いなる発見だった。
学業に励む。
成績は常にトップクラス。
旧藩主の給費制度を使い、東大予備門、現在の東京大学教養学部に入った。
同期に、夏目漱石、南方熊楠がいた。
漱石に「正岡くんはすごいね、たくましいよ。それに比べて、僕なんか全然ダメだ」と言われ、初めて、自分より弱いものがこの世にいることを知った。

正岡子規は、文芸活動を優先するため、大学を中退。
結核を患い、自らの死期を悟っていた。
「おそらく、ボクには時間がない…」
近衛師団の従軍記者として半島に渡るも、喀血。
重態に陥り、神戸の病院に緊急入院した。
療養したのち、故郷、松山に帰る。
すでに俳句を詠んでいた彼は、俳号を、ホトトギスの漢字表記『子規』にした。
ホトトギスは口の中が赤く、まるで血を吐いているようだったから。
当時、結核は不治の病。
必然的に、命の最期を覚悟する。
「いま、自分にやれることは、なにか」
毎日、そのことだけを考えた。
28歳で、脊椎カリエスを併発。
歩くことができなくなる。
寝たきりの絶望の最中でも、書くことはやめなかった。
むしろ、書くことで己を律した。
彼は書いた。
「痛みの激しいときに、黙ってこらえるのはやめました。痛い! 痛い! 耐えられない! そう叫ぶことで、絶望は少しだけ遠のいていくのです。痛いときに痛い、辛いときに辛いと言うのは、大切なことです」
正岡子規は、絶望のプロだった。
だからこそ、彼の言葉に嘘はない。
「笑え、笑え、健康なるひとは笑え。病気を知らぬひとは笑え。幸福なるひとは笑え、そして、絶望の淵にあるひとも笑え」

【ON AIR LIST】
恋のナックルボール / 大滝詠一
駄目な僕 / ザ・ビーチ・ボーイズ
真夜中を突っ走れ / ジョン・レノン、エルトン・ジョン
笑えれば / ウルフルズ

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけと野菜のステーキ~おろしソース~

今回は、松山市の特産野菜、なすを使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけと野菜のステーキ~おろしソース~
カロリー
255kcal (1人分)
調理時間
10分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 100g
  • 玉ねぎ
  • 1個
  • ズッキーニ
  • 1本
  • アスパラガス
  • 2本
  • 長なす
  • 1本
  • 塩・こしょう
  • お好み
  • サラダ油
  • 適宜
  • 【おろしソース】
  • 大根(おろし)
  • 2cm分
  • 玉ねぎ(おろし)
  • 1/4個
  • しょうゆ
  • 大さじ2
  • 大さじ1.5
  • 砂糖
  • 大さじ1
  • みりん
  • 大さじ1/2
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは小房にほぐし、他の材料は食べやすい大きさに切る。
  • 2.
  • (1)に塩・こしょうをして油をひいた中火のフライパンで炒め、焼き目をつけたら皿にとる。
  • 3.
  • (2)のフライパンに【おろしソース】の材料を入れ、軽く中火にかける。
  • 4.
  • (3)を器に入れて添える。
  • recipe LIST

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ARCHIVE

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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、「ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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