yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第三百五十四話 己の本分を守りぬく -【奈良篇】作曲家 セルゲイ・プロコフィエフ-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第三百五十四話己の本分を守りぬく

奈良に滞在し、鹿と戯れ、日本を味わった、偉大な作曲家がいます。
セルゲイ・プロコフィエフ。
現在のウクライナ、ドネツク州の近く、ドニプロペトロウシクで生まれた彼をたたえ、ドネツク国際空港は「セルゲイ・プロコフィエフ国際空港」と呼ばれています。
彼の人生は、戦争や革命など時代の波に翻弄され、まさに波乱万丈。
音楽的にも、新しい嵐が吹き荒れるカオスの中、ひたすら自分の音楽に向き合い、名曲を世に送り出してきたのです。
1918年、27歳の時に日本を訪れたのも、ロシア革命による混乱を避け、アメリカに向かう道中のことでした。
ウラジオストクから日本に入り、アメリカ行きの船を待つ間のおよそ2か月。
ピアニストでもあった彼は、東京で2回、横浜で1回、演奏会を行い、大阪、京都を訪ね、奈良にも立ち寄ったのです。
幼い頃から筆まめで、なんでもメモをとり、文章にして残すのを常としていた彼は、奈良での出来事も日記にしるしています。
奈良公園で出会ったたくさんの鹿について、こんな記述があります。

「公園には神聖なる鹿が歩き回っている。
ひとによくなついていて、パンをあげると、ものすごい勢いでたくさん寄ってきて、あっという間に周りを取り囲まれた」

日本滞在中に聴いた『越後獅子』が、プロコフィエフの代表的な楽曲『ピアノ協奏曲第3番』のヒントになったという説があるそうですが、真偽のほどはわかっていません。
ただ、異国をめぐるその理由が、意に沿わないものであったにせよ、全ての経験、体験が、彼の作曲に影響を与えたことは、少なからずあったに違いありません。
時代の波は、彼の最期においても、皮肉な演出をたくらみます。
61歳でプロコフィエフが息をひきとったその同じ日に、ソビエト最高の指導者と言われたスターリンが、74歳で亡くなったのです。
その時間差は、わずか3時間と言われています。
スターリンの死を悼む多くの群衆。
その中にあって、プロコフィエフの葬儀はひっそりと行われ、参列者はおよそ30人ほどでした。
その中には、共に新しい音楽を求めた旧友、ショスタコーヴィチの姿もありました。
どんな状況にあっても自らの本分を守り抜いた音楽家・プロコフィエフが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

ウクライナ出身の作曲家、セルゲイ・プロコフィエフは、1891年4月23日、旧ロシア帝国ソンツォフカ、現在のウクライナ、ドニプロペトロウシクで生まれた。
父はモスクワ生まれ。農業学院を出て、農地の支配人を務めた。
母はピアノを弾くのがうまく、家にはいつも、ベートーヴェンやショパンの調べが流れていた。
3歳のとき、鉄の箱の角に頭をぶつけ、額に大きなコブができた。
それから25年間、そのコブは消えることがなかった。
高名になったプロコフィエフが肖像画を画いてもらうとき、その画家は、こう言ったという。
「あなたの素晴らしい才能のすべては、全部、そのコブの中にあるんでしょうね」
母は、我が息子の非凡な才能に驚嘆する。
母が弾くベートーヴェンのソナタを、4歳になるプロコフィエフは、完璧にコピーして鍵盤を叩くことができた。
さらに曲の好みがハッキリしていて、「ママ、この曲は嫌い。もう弾かないで」と泣いたり、「これは好き。もう一回弾いて」と、ねだったりした。
母は、息子の音楽教育に熱をあげ、夫に話す。
「あの子の好奇心が、いちばん大切だと思うの。退屈な練習曲ばかりではなく、新しい曲に触れる機会をたくさん持たせてあげたい」。
母は、基礎的なレッスンを20分以上やらなかった。
それ以外の時間は、とにかく、たくさんの曲を聴かせた。
そうして、この曲がなぜ好きか、なぜ嫌いかを、明確に言葉にできるように指導していく。
彼に、批判的な目が宿り、やがて5歳半になったとき、短い曲を作曲できるようになった。

音楽物語『ピーターと狼』やバレエ音楽『ロミオとジュリエット』の作曲で知られるプロコフィエフは、幼くして音楽を書くことを身につけた。
6歳でワルツを、7歳で行進曲を作曲。
8歳のとき、両親とモスクワに行って、オペラを観て衝撃を受ける。
『ファウスト』『眠れる森の美女』。
物語を創造し、そこに曲をつける芸術があることを知った。
さっそく、オペラを書いてみる。
ストーリーは、友だちとの他愛ないお遊びから生まれた。
そこに歌を書く。
タイトルは『無人島で』。
しかし、それがどれほど稚拙なものか、自分でわかった。
もともとの性格を母の教えが広げ、彼には人一倍、批評する力が身についていた。
その鋭い刃は、自分にも向けられる。
「こんなんじゃダメだ、ちっとも音楽になっていない」
彼の場合、自分の根幹を守るのは、自分に対する冷静な批評力だった。
母は、ついに息子に先生をつけなくてはと思う。
グリニールという超一流の師匠が、プロコフィエフを育てることになった。
グリニールは、音楽だけではなく、彼とチェスや球技、遊びも一緒にやることで、幼い天才の心をつかんだ。
こうして才能は、開花していく。

プロコフィエフの母は、我が息子が中等学校に進むとき、大いに迷った。
地元の普通校に入れるか、親戚がいるモスクワの音楽学校か、はたまた妹が住むペテルブルグの音楽院か。
母は、思う。
「もし、この子の才能が平凡なものだったら、どうなるだろう。
音楽の学校に入れてしまったら、つぶしがきかなくなる。
いっそ普通校に入れて、土木技術を身につけさせつつ、並行して音楽をやれば、道に迷わずにすむかもしれない」
迷った末に、ペテルブルグ音楽院の院長・グラズノフに、息子の作曲した楽曲を聴いてもらうことにする。
聴き終わったグラズノフは、いちおう褒めはしたが、それほど熱心に入学をすすめない。
でも、プロコフィエフは、ペテルブルグが気に入った。
ここで学びたいと願う。
プロコフィエフは、自らの道を知っていた。
どうしたら自分が生かせるか。
どこに自分の弱みがあり、強さがあるか。
冷静に自分を見る力こそ、彼の最大の武器だった。
ペテルブルグ音楽院では、「才能はあるが未熟」と評され、苦難の道を歩むが、それこそが彼の飛躍には欠かせないミッションに思えた。
自らの本分を守り抜くには、自分を見つめる鋭い視線が必要であることを、彼は生涯、忘れなかった。

【ON AIR LIST】
ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 第3楽章 / プロコフィエフ(作曲)、マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)、モントリオール交響楽団、シャルル・デュトワ(指揮)
モンタギュー家とキャピュレット家(バレエ組曲『ロメオとジュリエット』より) / プロコフィエフ(作曲)、シンシナティ交響楽団、パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)
『ピーターと狼』より / プロコフィエフ(作曲)、リーナ・プロコフィエフ(語り)、スコティッシュ・ナショナル管弦楽団、ネーメ・ヤルヴィ(指揮)
交響曲第1番 ニ長調「古典」第1楽章 / プロコフィエフ(作曲)、モントリオール交響楽団、シャルル・デュトワ(指揮)

★今回の撮影は、「奈良ホテル」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
奈良ホテル HP
 

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけとサーモンのバターポン酢炒め

今回は、奈良で盛んに生産されている野菜、ほうれん草を使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけとサーモンのバターポン酢炒め
カロリー
258kcal (1人分)
調理時間
15分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 生鮭
  • 2切れ
  • パプリカ(黄・赤)
  • 各20g
  • ほうれん草
  • 1束
  • サラダ油
  • 小さじ1
  • バター
  • 20g
  • ポン酢
  • 大さじ2
  • 黒こしょう
  • 適宜
  • わさび
  • 適宜
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは食べやすい大きさにほぐす。赤、黄パプリカは一口大に切る。
  • 2.
  • ほうれん草は食べやすい大きさに切る。
  • 3.
  • フライパンにサラダ油を熱し、中火で鮭を皮目からこんがり両面焼く。
  • 4.
  • (1)を加えて強火で焼きつけてから弱火にし、(2)、バターを加えてフタをする。
  • 5.
  • バターが溶けたところでフタを取り、中火にしてフライパンを揺すりながらポン酢を絡める。
  • 6.
  • 皿に盛りつけ、黒こしょうをかけ、わさびを添える。
  • recipe LIST

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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、「ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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