Yuming Chord
松任谷由実
2016.05.27.O.A
♪Onair Digest♪
昼間、お天気のいい日はすっかり夏の気配。
雨の日でも湿度が高いとムシムシ。
暑さに慣れていない身体には、けっこうこたえますよね。
そんなときは、少しでも涼しい気分を味わいたい。
そこで、今日のコードは「ガラス」です。


■今週のChordは“ガラス”

m1 Heart Of Glass
Blondie

ガラスには、4000年以上の歴史があるといわれています。
最古のものに関してはメソポタミア説とエジプト説が有効ですが、ローマの学者プリニウスが記した『博物誌』にある有名なガラス誕生の逸話があります。
“昔、シリアとイスラエルとの国境近くの河畔で、フェニキアの貿易商人たちが野営をしていた。
彼らが炊事のため、積荷の中にあった炭酸ソーダの塊でかまどを作って熱したところ、それが溶け出して海岸の白砂と混ざり合って、見たことのない半透明の液体が流れ出した。それがガラスの起源である”・・・・・・というもの。
これについては、同じ場所で再現実験のようなことをして、ガラスができたことが証明されています。
いずれにせよ、ガラスは、天然に存在するものではなく、人間が作り上げてきた人工的なもの。
だからこそ、ガラス製品には、さまざまな想いやイメージが宿っているんですよね。
ガラスの心・・・Yumingもこう見えてガラスの心の持ち主。
でも、よい仕事の裏には必ず、ガラスのような繊細さがひそんでいますよね!
ガラスの靴・・・といえば、シンデレラ・ストーリーの象徴。
ちなみに、東京のなかむら硝子工房では、本当に履けるガラスの靴を作ってくれるんだとか。
1ヶ月以上前の注文なら1足86,400円です。
ガラスの天井・・・資質や成果にかかわらず、組織の中での昇進を妨げる、目に見えない障壁のことをあらわす言葉。
当初は女性だけの壁だったが、今では男女を問わず、マイノリティの地位向上を阻む壁としても使われています。
そして、なんといっても世界中で共通しているガラスの使い方、そのはじまりは装身具類でした。
日本における最古の発掘例のひとつが、佐賀の吉野ヶ里遺跡から出土した「菅玉(くだたま)」。
穴をあけた小さなガラスに糸をとおしてブレスレットやネックレスにしていたようです。
ガラスは邪気をはらい、力を授けてくれるものとして、特別な力をもつとされていました。
ガラスの性質は、光を通して屈折すること、その魔法を身につけると、何かが起こりそうな気分になります。


m2 Strong
Sonna Rele

ガラスの器使いのお話をしましたけれど、我が家にはガラスコーナーがあります。
海外ものでいうと・・・・・・
ヴェネチアン・グラス
古代ローマ帝国のローマン・グラスからスタート。
ガラスの量産を可能にした「吹きガラス技法」により、イタリア半島全域にガラス工房が作られました。
最盛期の15〜6世紀にはイタリア・ルネッサンスを背景に、レース・グラスやアイス・クラックド・グラスやマーブル・グラスなど、繊細で華麗な新しい技法が生み出されました。
ボヘミアン・グラス
ヴェネツィアン・グラスの技術が盗まれないよう、軟禁状態で働かされていた職人たちが秘法を漏らして、中部ヨーロッパのボヘミアで花開いたもの。
原料や燃料も豊富だったことによって透明度の高い、屈折率の大きいガラスが作られました。
カット・グラスやガラス面に逆レリーフを彫りこむ、グラフィール技法が生まれました。
ボヘミアン・クリスタルには鉛の入った“クリスタル・ガラス”と、鉛の入らない“カリ・クリスタル・ガラス”があります。
鉛が入ると色・つやがよく、加工もしやすくなるので、見た目も美しい!
ステンドグラスも、文字通り神々しい、圧倒的な美しさです。
最近見て印象に残っているのは・・・
南仏・コートダジュール、ニースの山すそにある小さな村・ヴァンス。
山肌にたたずむアンリ・マティスが作り上げた『ロザリオ礼拝堂』。
アンリ・マティスが晩年にその才能と情熱を傾けた場所です。
そして、日本のガラスも味わい深いです。
ヨーロッパのものが、華麗で、ときとして人を寄せ付けないほどなのに対して、日本のものはガラスなのにあたたかみがあるような気がします。
ポルトガルやスペインからの渡来ガラスがきっかけとなってはじまった、和ガラスの本格的なうつわ作り。
当時はポルトガル語の「ガラス」を意味する「ヴィドロ」から、「びいどろ」と呼ばれました。
私が好きなのは、たとえば琉球ガラス。
明治時代に長崎や大阪からやってきたガラス職人によって伝えられ、薬瓶やランプのほや等の生活用品が作られたのが始まりとされています。
戦後、駐留米軍が使ったコーラやビールの色つきガラス瓶を再生して、彼ら向けにガラスを作っていたことから、“気泡”や“厚み”もデザインの一部に。
小樽の北一硝子にも行きました。
1901年(明治34年)、石油ランプの製造から始まった北一硝子。
国際貿易港として道内でもいち早く拓けた小樽に渡ってきた、初代・浅原久吉(あさはら・ひさきち)。
薩摩キリコ発祥の地・九州出身の彼が、大阪での修業を経て小樽で硝子製造を始めました。
そして、日本を代表する硝子といえば切子。
19世紀に入ってから作られるようになりました。和ガラスは鉛を多く含んでいて、光の屈折率が高いのが特徴。切子の装飾をほどこすことで、美しい輝きを放ちます。
薩摩切子は無色に色ガラスをかぶせて切る「色褪せ」が発展。
日本ではじめて透明の紅色ガラスの発色を成功させつつ、彩りも文様も豊かです。
江戸切子の主流は無色透明のガラスに1、2種類の文様をほどこした切子が主流だったとか。
無色透明を際立たせる、シンプルなカット模様を無限に繰り返す・・・そこに江戸の粋があったのかも。

そんなお気に入りのガラスを集めたガラスコーナー。
ひとつずつを手にとって眺めていると、ふと、非現実的な世界へ誘われるような、そんな魔力を感じます。


m3 瞳を閉じて
荒井 由実

ガラスの思い出・・・もうひとつ。
去年出かけた南仏で飲んだ、ロゼワイン。
ワイングラス越しに広がる空を思い出すだけで、幸せな気分がよみがえります。
そして、ただいま創作活動の私ですが、作品づくりに欠かせないキーワードが“ガラス越しに見る風景”。
雨の降る日、夏の海、雪景色、すべての風景とのほどよい距離感が大切なんです。
秋のアルバムリリースとツアーに向けて、引き続きがんばります!
ぜひ、楽しみにしていてくださいね。




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