Yuming Chord
松任谷由実
2017.03.03.O.A
♪Onair Digest♪
今日は3月3日ひな祭り、きっと、女子会花盛りの金曜日でしょうね。
気の置けない女友達と過ごすひとときは、何よりのストレス解消です!
でも、そんな特別な日じゃなくても、幼い頃から多感な思春期を経て、今もなお、胸のうちを語りかけてみたくなる心の友・・・・・・、いませんか? 今日のコードは「DOLLS」です。


■今週のChordは“DOLLS”

m1 夢見るシャンソン人形
フランス・ギャル

今日は桃の節句、ひな祭り。英語では「DOOL'S FESTIVAL」といいますよね。
ひな人形を飾ってちらし寿司やハマグリの潮汁をいただいて・・・、といったスタイルになるのは、江戸時代も半ばを過ぎた頃のこと。
それ以前、平安の世に生まれた貴族の少女たちは桃の節句に限らず、ひな人形を使って日常的におままごと遊びをしていたそうです。
七段飾りのひな人形があれば、かなり遊び甲斐がありそうですが、実のところ、夫婦のあり方や官女たちとのつきあい方を学んだ・・・という話もあるようです。
お人形遊びは、女の子たちにとって教育の一環、あるいは人生のリハーサルだったんですね。
確かに、人形を使ったおままごとやお母さんごっこは、ほとんどの女の子が通る道。
私もこう見えて、お人形遊びをしてました。
50年代の「DOLLS」といえば・・・1954年発売の「ミルク飲み人形」。
口からミルク・・・というか水ですね、それを飲ませるとお尻から水が出てきて、横に寝かせば目を閉じる赤ちゃんでした。
人気だったのはマスダヤの「小鳩くるみちゃんのミルク飲み人形」。
箱に当時の人気子役だったくるみちゃんの写真がついていました。
1957年には髪結い遊びの「カール人形」が登場。
カールされた前髪と丁寧に植毛されたブロンドのロングへアーで、髪を洗うこともできたし、三つ編みにしたり、カールしたりできました。
そもそも、人形の歴史はかなり古くて、起源は旧石器時代にさかのぼるといわれています。
今から2万5000年前後も前のオーストリアの遺跡から発見された「ヴィレンドルフのヴィーナス」や、3万4000年から2万5000年ほど前のものとされるイタリアの「グリマルディのヴィーナス」。
このあたりが、人の形をした造型物としては有名。丸みのある豊満な女性の像で、これは五穀豊穣や多産の祈りをこめた偶像とされています。
日本の遺跡から発掘されている埴輪や土偶も、人形の一種ですよね。
手遊びのおもちゃとしての人形は、古代ギリシャやエジプトにルーツがあるといわれ、ギリシャの島で出土した紀元前1世紀頃とされるアフロディテ像は、手足が動くタイプ。宗教儀式の道具だったようですが、遊びにも使われていたようです。これもまた、宗教教育の一環だったのかも。
ちなみに古来日本では、人形は「ヒトガタ」とも読めるように、身代わりでもありました。罪や穢れ、災いを移す“形代(カタシロ)”です。
ひな人形も、女の子のすこやかな成長を願うための「カタシロ」としての役割があり、そこへ、おもちゃとしての要素も加わって、見た目の美しさや衣装に贅をつくすようになったとか。
マネキン人形、日本では江戸時代末期に“生き人形”の見世物興業がもととなり、その後、他の娯楽にとってかわられたことから、生き人形師がディズプレイに新たな可能性を見出し、博覧会などに出展。
その後、1910年頃から百貨店のウィンドー用に、人形を制作し始め、和装用・洋装用とバリエーションが増えていきます。日本初のマネキン製造会社の創立は1925年です。
マネキン人形は、美しいものへの憧れを投影するもの。それが、バービーやリカちゃんをはじめとする、ファッションドールの源流になったといわれているそうですよ。


m2 Focus
Ariana Grande

西洋の服飾ファッションの始まりは14世紀頃といわれています。
当時、ファッションの中心地だったパリでは、フランス宮廷で流行した衣装をヨーロッパ各地へ伝えるため、等身大の木製人形を使いました。
これが、マネキン人形の元祖。
そして、この人形がファッションの使者となって、やがてファッションドールが誕生するのでした。
日本玩具文化財団のホームページによると、ファッションドールとは、“着せ替え衣装をもった人形たち”の総称。それまでのベビードールや抱き人形とは一線を画していて、対象年齢はハイティーン。ドレスやアクセサリー、小物にいたるまで、「おしゃれであること」をキーワードに製造されました。
その代表といえば、1959年にアメリカ・マテル社が発売したバービー・ドールです。
バービーを実際に生産していたのは、実は日本だったというのをご存知ですか?
当時、工賃の安かった日本なら、手間をかけて良い物が造れるし、何より日本人はまじめで勤勉。繊維も豊富だったので日本で造ることになります。そのためバービー本体はもちろん、衣装や小物も驚くほど高いクオリティだったとか。
1959年のアメリカ発売から3年後に日本でも発売されたバービー。その後、髪型が変わったり、ボーイフレンドのケンや親友のミッジ、妹のスキッパーも登場。そして、ファッションも小物も流行を取り入れて、どんどんカリスマ的存在になっていきます。そんなバービーは、大人になっても卒業できない人、多数。
ちなみに、コレクターも多いバービー。
彼らの間で語られるバービーの歴史は、発売から66年頃までの初期「ビンテージ期」
ロンドンのファッションや音楽に影響を受けた67年から76年の間の、「モッズ/リアルアイラッシュ期」
そしてアメリカの人気ドラマ「チャーリーズ・エンジェル」に出演した女優、ファラ・フォーセットをイメージしたともいわれる「スーパースター期」(77年〜)、この3期に分けられるといわれます。
とにかく、バービーは流行の最先端!だから目が離せない!そして何より、女性の社会進出を体現したのがバービー。
マテル社が掲げた80年代のスローガンが、“we girls can do anything”(私たち女の子は何でもできる)。
その言葉どおり、バービーは多彩な職業女子を演じます。
キャビンアテンダント、外交官、オリンピック選手、ニュースキャスター、シンガー、ナース、果ては大統領候補(1992年以降6回立候補!)や宇宙飛行士にまで。女の子たちの憧れ、夢の存在になっていきます。
そして1999年には、私がスタイリングしたバービー人形も発売!
その名も「ユーミン・バービー 蓮華 Barbie Doll Styled by Yuming」。
そして、日本も負けてはいられない!と純国産のファッションドールが次々と発売になります。
1966年にスカーレットちゃん、67年にリカちゃん73年にマドモワゼル・ジュジュなどなど・・・・・・でも、この頃私はすっかり大人。手前味噌ですが、私自身がファッションドールでした!
ここに、バービーの衣装やイラストが掲載されている本がいくつかあるんですけど、「これ、私ステージで着たかも」というような服がちらほらあります。
初期の頃のバービーのお洋服、小物まですべてデザインしていたのが、シャーロット・ジョンソンという女性。彼女は帝国ホテルに1年間滞在して、ヴィンテージ期のバービーファッションを生み出したといいます。
彼女はきっと、大人の女になっておしゃれをして、街を自由に闊歩することの楽しさを、当時の少女たちに伝えたかったんじゃないかな。
私も、まだまだミュージシャン界のファッションドールとして、自分に磨きをかけていきたいと思います!


m3 未来は霧の中に
松任谷由実

人形ではないのですが、ぬいぐるみをツアーに連れて行ってくれる旅行代理店、ご存知ですか?
旅行に申し込んで愛用のぬいぐるみを郵送すると、ガイドとカメラマンが旅へ連れて行ってくれます。
で、旅先での思い出写真を撮影してSNSにレポートをあげてくれたり、データとともに帰ってくる、という仕組み。持ち主も旅に出かけた気分になれるとか。それにしても、もはやぬいぐるみも人形も、家族同然という時代なんですね。
そして、私もただいま旅の途中。
「三菱 UFJ二コス Presents 松任谷由実コンサートツアー 宇宙図書館」
昨年に引き続き、3月1日からスタートしています。明日、明後日の2日間は名古屋国際会議場センチュリーホールにて。
そして、鹿児島⇒大分⇒福岡と、九州方面へと向かいます!
ツアーは9月まで続くので、長丁場。楽しみながら、最後まで駆け抜けたいと思います。
今後のライブスケジュールは、私の公式ホームページをはじめ、公式ツイッターFacebookをチェックしてくださいね!




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