MURAKAMI RADIO
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こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、9月ももう終わりに近づいています。蝉の声も止み、虫の声がそれに取って代わりました。しかし今年の夏も本当に暑かったですね。心地よい季節が早く訪れてくれるといいのですが。
さて、今夜はみなさんからいただいたメールを読みます。どんな方々がどんな風にこの番組を聴いておられるのか、どのような意見や感想を持っておられるのか、耳を傾けてみましょう。

<オープニング曲>

Donald Fagen「Madison Time」

最近はミュージシャンの伝記映画、いわゆるバイオピックが多いですね。クイーン、エルトン・ジョン、ボブ・ディラン……などなど、どの映画もよくできていて楽しめるんだけど、先日のNYタイムズに「その手の映画のストーリーが、どれもクリーンすぎるんじゃないか」という記事が出ていました。ビートルズにしろ、ストーンズにしろ、ビーチ・ボーイズにしろ、ドラッグとか、女性がらみのトラブルとか、内紛とか、ダークな問題をけっこう抱えていました。でも映画ではそのあたりがぼかされたり、きれいに取り払われたりしています。どうしてか? 最近多くのミュージシャンは自作曲の版権を企業に売却しています。たとえばディランは600曲の版権(*音楽出版契約)をユニヴァーサルに3億ドルで売り、クイーンは全曲の版権を10億ドル以上でソニーに売ったと言われています。そして買ったほうにしてみれば、大金を投じた手持ちのミュージシャンのイメージが汚(けが)されるのをいやがります。だから映画のストーリーをできるだけクリーンにしておく、できれば美談に持って行く……というわけで、バイオピック映画を楽しむのはいいのですが、それとは違う形の事実も一方にあるんだというあたりは、いちおう押さえておきたいですね。
Coração Vagabundo (My Vagabond Heart)
Karrin Allyson
From Paris To Rio
まず1曲聴いてください。「コラソン・ヴァガブンド」ヴァガボンドの心、です。ブラジルの歌手にして作曲家、カエターノ・ヴェローゾが作った名曲ですね。カリン・アリソンが歌います。
千のナイフさん(55、男性、愛媛県)からのメールです。
毎月、楽しく聴かせていただいています。今年1月に惜しくも亡くなった映画監督デイヴィッド・リンチの遺品オークションが開催され、約450点もの私物が売り出されましたね。その出品物の中に、村上さんの『海辺のカフカ』のペーパーバックが含まれていたことはお聞き及びになっているでしょうか? どういういきさつでリンチが『海辺のカフカ』を手に取り、どんな感想を持ったのか、すごく気になりますが、リンチ本人から詳しい話を聞き出せないのが残念です。



そうですか、それは知りませんでした。でも光栄なことですね。僕はリンチさんの映画のファンでして、作品はほとんど欠かさず観ています。『マルホランド・ドライブ』『ブルー・ヴェルヴェット』、最高ですよね。僕が1991年にアメリカ東海岸に住むようになったとき、ちょうどテレビで連続ドラマ『ツイン・ピークス』を放映していまして、毎週火曜日の夜はテレビにしがみついていました。もちろんブラック・コーヒーとドーナッツをしっかり用意してね。

そしてそのうちに『ねじまき鳥クロニクル』という長い小説を書き始めたのですが、そんなわけでこの作品には『ツイン・ピークス』の影がいくぶん落ちているかもしれませんね。うーん、リンチさんが『海辺のカフカ』を映画化していたら、どんな作品になったのでしょうね。亡くなってしまって、とても残念です。
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Do You Wanna Dance
Rosa Maria
Rosa Maria
ブラジル人の歌手、ローザ・マリアさんがボサノヴァのリズムで歌います。「Do You Wanna Dance」、ボビー・フリーマンの作った1958年のヒット・ソングで、ビーチボーイズのカバーでもヒットしましたね。このローザ・マリアさんのバージョンのアレンジ、とてもいいですよ。
Rihekiさん(34、女性、大阪府)
村上さんのサイン本が当たり、夢のようです。ありがとうございます。大切にします。次回以降のテーマは失恋曲特集でいかがでしょうか。



本が当たったんですね。よかったですね。おめでとうございます。喜んでいただければ何よりです。「失恋曲特集」ねえ、いいかもしれませんね。失恋を歌った名曲はいっぱいあります。僕が好きな失恋ソングは、キャロル・キング&ジェリー・ゴフィンのコンビがつくった「Go Away Little Girl」です。リトル・ガール、行くのなら早く行っちまってくれ、行かないでくれと僕がすがりつく前に……。うーん、この気持ち切ないですね。

でもね、僕の乏しい経験から申し上げまして、失恋したときに心にぐっと届く曲って、内容的にあまり失恋とは関係のない曲が多いみたいです。意外にハッピーな曲が心にぐさっと刺さったりしてね。音楽って不思議なものです。
Desafinado
坂本美雨
Getz / Gilberto +50
今日は「みなさんからいただいたメールを読む」回ですが、メールとメールの間にかける曲は、ブラジル・ボサノヴァ系の音楽を集めてみました。ボサノヴァ、お好きですか?僕は大好きです。

次にお聴きいただくのは、この番組でいつもお世話になっている坂本美雨さんが歌う「デサフィナード」、これも言わずと知れたアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲ですね。そして伴奏のピアノはなんと山下洋輔さん。このお2人はボサノヴァ特集の「村上JAM」(2021年2月)で、ナマで共演してくれました。
お元気ですかさん(19、男性、東京都)
僕は0歳のときから母子家庭で育ち、小学校進学のときに家族で佐賀県から上京しました。落ちこぼれないよう人並みに勉強し、有名大学に進学しました。順風な人生に聞こえるかも知れませんが、できるならば小さい頃から人生をやり直したい気持ちでいっぱいです。僕は「良い大学に進んで良い会社に就職する」という流れについていけません。人と競争することが苦手な性格で、体力もなく、何より気力がありません。ただ、母親が楽になれるように、母のために良い子でいなければと思い続けていただけです。将来、職を持って生きて行かなければいけないことを考えると不安に襲われます。自分にはやりたいことも何かの才能もありません。恋人などもいません。中身がない感覚です。どうすればいいのでしょうか。



19歳の方からのメールです。このメールを読んで僕が思ったのは、これって僕が19歳のときに思っていたこととだいたい同じじゃないか、ということです。彼の気持ち、よくわかります。僕には当時付き合っていた女の子はいましたが、だんだんうまくいかなくなっていたし、将来どんな職に就けばいいのか思いつけなかったし、学校の成績もよくないし、これという才能もないし……と、慢性的な不安に襲われていました。19歳で慢性的な不安に襲われない人ってまずいないんじゃないのかな? で、じゃあどうすればいいの、と訊(き)かれても、ちょっと答えようがありません。僕の場合、なんか知らないうちに人生の大渦(おおうず)に巻き込まれて、そこでどたばたと悪戦苦闘して、ふと気がついたときにはそれなりに社会化された大人になっていました。

そういう大人になるまでの、通過儀礼としての大渦とか悪戦苦闘とかって、誰にでも多かれ少なかれ巡ってくるものなんだけど、人によってその様相はずいぶん違います。一般化はできない。もうこれは実際にやってみるしかありません。決して楽しいものじゃないけど、通り抜けるしかないんです。うーん、あなたへの励ましにはあまりなってないみたいだけど、すみません。それくらいしか言えなくて。

もう一度、19歳になりたいかと訊かれたら、「いや、けっこうです。あれはもう1回でじゅうぶんです」と僕は答えることになると思います。ほんとに。
Don't Know Why
Romero & Pamela
Audiophile Bossa Voices II - 15 Brazilian Love Tracks
ブラジルのデュオ・グループ、ロメロ&パメラが「Don't Know Why」をボサノヴァ・テンポで歌います。ノラ・ジョーンズの曲ですね。
アサヒさん(62、男性、埼玉県)
いつも楽しく拝聴しています。私はペン字練習に村上さんの小説を書写(しょしゃ)しているのですが、同じ作品の中で、例えば「入って」という漢字表記が、「はいって」と平仮名表記になっています。それも、すぐそばの箇所です。そして、その類いのことが、特定の作品に限らず、あちこちの作品で見られます。何か使い分け方法をご自身で決めておられるのでしょうか?



はあ、ペン字の練習に僕の小説の文章を書写しておられるんですか。なんか写経みたいだけど、お経ほどありがたくないんじゃないかな。僕としてはちょっと不安になります。人格に悪い影響が出ないといいですけどね。

はい、僕はたしかに同じ「入る」でも、漢字の「入る」と、平仮名で開いた「はいる」の両方を使いますね。僕はパソコンのソフトを使って書いているので、どちらがそのときの優先変換になっているかで、漢字の「入る」になったり平仮名の「はいる」になったりします。意識してどちらかに揃えるときもあるし、意識して揃えないときもあります。そのときの気分次第です。平仮名のほうが字面が滑らかに見えるときもあるし、逆の場合もあります。どっちでもいいやというときもあります。しかしペン字の練習に使われているかもしれないと思うと、なんか緊張しちゃいますね。仕事机の前で思わず姿勢を正してしまったりして。
Doralice
Stan Getz, João Gilberto
Selections from Getz/Gilberto '76
次はジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツで、「ドラリセ」を聴いてください。やはりカルロス・ジョビンの作った曲で、ドラリセというのは女性の名前です。この曲は1964年にリリースされたLP『ゲッツ/ジルベルト』に収録されていましたが、こちらは1976年に再録音したものです。サンフランシスコの小さなジャズ・クラブでのライブ録音です。ライブということで、ゲッツのソロもオリジナルのものより、いくぶん生き生きしたものになっています。ゲッツはジルベルトの奥さんのアストラッドをいわば略奪しちゃったんですけどね。ここではそういうしこりも特にないみたいで、なんだか仲良く共演しています。最後に全員の合唱があります。

あきこ♪さん(49、女性、長崎県)
『村上の世間話7』で、村上さんも夏目漱石の「こころ」を途中で放棄したとお聞きしてなんだか嬉しかったです。私は高校時代の夏休みに何度かチャレンジしたのですが、どうしてもダメでした。肌に合わないと言いますか……。でも村上さんの本は何度も読み返しています! やはり人生の貴重な時間はできるだけワクワクすることに使いたいですね!



はい。僕は漱石の小説はおおむね好きで、何度も読み返しているものもありますが、『こころ』だけはどうも苦手です。だいたい手紙が長すぎますよね。あんなに長い手紙が封筒に入りきるわけないだろう、とか思ってしまいます。それに状況説明が長すぎて、理屈っぽくて、けっこうめげちゃうし。まあ、だからこそ国語の先生に好まれて、課題図書に選ばれるのかもしれませんが。
まあ、こういう好き嫌いは個人の嗜好の問題なので、あまり気にしないでください。腹を立てたりもしないでくださいね。僕の好みはだいたいかなり偏っているものですから。
The Duck (O Pato)
The Hi-Lo's
The Hi-Lo's Happen To Bossa Nova / The Hi-Lo's Happen To Folk Songs
ジャズ・コーラス・グループ、ハイ・ローズが歌います。これもまたアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「オ・パト」、鵞鳥(がちょう)のサンバです。「アヒルのサンバ」という邦題もあります。とにかくクワッ、クワッ、クワッと鵞鳥が鳴きます。

むらにゃんさん(56、男性、熊本県)
村上さん、見間違いだったらすみません。今朝(7月30日)熊本市の江津湖(えづこ)あたりを走っていませんでしたか? 村上さんにジョギング中に遭遇したのは、2016年2月のホノルル以来なのでびっくりしました。またしても、まともな挨拶もできなくて後悔しています。



江津湖、水前寺公園の近くですね。よく「村上を見かけた」というお便りをいただくのですが、そのほとんどは間違いです。それは僕によく似た「村上はるきちくん」です。村上はるきちくんは日本中、というか世界中に散らばって、あちこちで何かと活躍しているみたいですね。7月30日(2025年)に僕は、熊本はおろか、日本におりませんでしたので、熊本市の江津湖のあたりをジョギングしていたのは明らかに僕ではなく、はるきちくんです。はるきちくんのことは個人的にはよく知らないのですが、聞くところによれば、なかなかいいやつみたいですよ。石を投げたり、いじめたりしないでくださいね。
にゃー(猫山)
Antonio’s Song
John Pizzarelli
Sinatra & Jobim @ 50
ジョン・ピツァレリがギターを弾いて、ボサノヴァのリズムに乗せて歌います。「アントニオズ・ソング」。マイケル・フランクスの作った歌ですね。

ストレイシープさん(22、男性、北海道)
人生の岐路に立っている若者の相談に乗ってください。春樹さんなら夢と愛のどちらを取りますか? あまり詳しくは言えないのですが、現在、一生そばにいたいと思えるほど素敵な女性がいます。幻のポケモン「100パーセントの女の子」ってやつです。でもその女の子との愛を実現するには、いろいろな事情で僕の夢は諦めなければなりません。彼女と僕の夢を天秤にかけると、日によって傾く方が変わります。すごく漠然とした抽象的な相談になってしまいましたが、春樹さんのアドバイス、というよりはむしろ、春樹さんだったらどうするか、聞ければ嬉しいです。



今日はなんだか若者からの相談が多いですね。いいですよ、若いリスナーは大歓迎です。相談に乗りましょう。

愛と夢はどちらを優先するか? そんなの、いうまでもありません。もちろん愛です。夢なんて、いちど潰(つい)えても、そのうちにまた新しいものが出てきます。雨上がりのあとの茸(きのこ)みたいにすくすくと。でも、「誰かを愛する」という気持ちはそれぞれ固有のものであって、同じものは二度と出てきません。一生そばにいたいと思える女性が今そばにいるのなら、手放さないほうがいいですよ。あとできっと後悔します。それに、夢を叶えることは、それがどんな夢なのか僕にはわかりませんが……、1人よりは2人のほうがうまくできるかもしれません。考えてみてください。
Never Die Young
Luciana Souza
The New Bossa Nova
ブラジルの歌手、ルチアナ・スーザさんが、ジェームズ・テイラーとデュエットで歌います。「Never Die Young」、ジェームズ・テイラーのオリジナル曲ですね。この歌、僕は好きです。
パンケーキとホットケーキの違いについて、いろいろとご意見をいただきましたが、全体を通してこういう意見が多かったようです。

JILLさん(35、男性、千葉県)
本来は同じものですが、アメリカでよく食べられる「パンケーキ」は生地が薄いもので、「ホットケーキ」と呼ばれるものは厚めのものが多いようです。 他に、ホットケーキは甘く、パンケーキは甘さ控えめにするなど、違いを出しているところもあるそうです。



はい、僕もだいたいそのように思うのですが、アメリカのホテルでパンケーキを頼むと、ふっくら分厚いものが出てくることもあります。かと思うと、ぺらぺらに薄いものが出てきたりしてね。なんなんだろう。考えれば考えるほど違いはよくわかりません。いずれにせよ日本で「パンケーキ」という名前のものが出されるようになったのは、わりに最近のことですね。

今を去る1983年に、サラザールというアメリカの長距離ランナーが福岡マラソンに出場しました。彼はレースの朝はいつもパンケーキをたらふく食べてカーボローディング(炭水化物摂取)をしていたのですが、どれだけ探しても、福岡の街でパンケーキを出す店が1軒も見つからなくて、パニクッたという話を聞きました。当時は福岡みたいな都会でもパンケーキは一般的じゃなかったんですね。それでも、そのときのサラザールさんのタイムは、パンケーキなしで2時間9分21秒という立派なものでした。優勝はできませんでしたが、まあ良かったですよね。ちなみにそのレースで優勝したのは瀬古利彦さんでした。これ、名勝負でしたよ。
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Wave
Ronnie Aldrich His Two Pianos
The Way We Were
今日のクロージング音楽は「ロニー・アルドリッチと彼の二台のピアノ」が演奏するカルロス・ジョビンの名曲「ウェイブ」です。ステレオでお聴きの方は左右のスピーカーから、2台のピアノがそれぞれに聴こえてくると思います。ロニー・アルドリッチさんが2台のピアノを弾いているみたいです。まさかスタジオの中を走り回って、左右かわりばんこに弾いているわけではないと思いますけど。
さて、今日のお言葉はアメリカのハードボイルド・ミステリーの作家、ロス・マクドナルドさんの言葉です。というか、正確に言えば、彼の創作した私立探偵リュウ・アーチャーさんの言葉です。どの小説に出てきたか思い出せなくて、正確な引用ではないかもしれないけど、こんな内容の言葉でした。
<カリフォルニアには季節がないと不満を述べる人がいる。カリフォルニアにもちゃんと季節はある。それを感じとることのできない人がいるだけだ>

うーん、ハードボイルドですねえ。でも筆者のカリフォルニアに対する愛のようなものがきっぱりと感じられて、良いです。僕はロス・マクドナルドの書いた全小説、若い頃に完読しました。上質な文章を書く人で、素敵な言い回しが各所に出てきます。

それではまた来月。

残念ながら放送できなかった以下のQ&AをWeb上でご紹介します。


さいぞうさん(57、男性、青森県)
毎月最終の日曜日、首を長くして放送を楽しみにしています。私はランニングを習慣として24年走っていますが、今年の2月、5年ぶりにフルマラソン(京都マラソン2025)に出ました。4ヵ月前からそれに向けたトレーニングを始めましたが、観測史上最高の積雪だった青森でひたすら雪の中を走り続けました。その時に読んだ本が村上さんの『走ることについて語るときに僕の語ること』でした。100キロマラソンなどあまりのストイックさに驚愕しましたが、トレーニングのモチベーションアップにとても役立ちました。本番では目標タイムには及びませんでしたが、苦しみながらも力を出し切り、ゴールすることができました。5回目のフルマラソンで初めて楽しいとも感じました。村上さんは今もランニングをされているのでしょうか?



そうですか、雪の降り積もった冬の青森で走り込みをなさるのは、ずいぶんご苦労だったと思います。京都マラソン、完走できてよかったですね。僕も京都マラソンは何度か走りました。コースが素敵ですよね。仁和寺(にんなじ)の前を通りかかると、若いお坊さんたちが門前で猫のかっこうをして応援してくれるんです。なんで猫なのかなあとつらつら考えてみたら、「徒然草」の中に仁和寺の法師が猫又に襲われる話があるんですね。ああ、そうか、それで猫なんだ、と走りながら納得しました。

僕はめでたく高齢者の仲間入りをしたので、最近はゆっくりとしたペースで走るようになりました。ゆっくりしか走れなくなったという言い方もできますが……。まあ、そんなわけで40年続けて毎年一度は走っていたフルマラソン連続完走の記録も、2年前に途切れてしまいました。それでも毎朝、だいたい1時間くらいは、音楽を聴きながらジョギングかウォーキングをするようにしています。人生、やはり身体が資本です。お互いがんばりましょう。


タノック(64、男性、埼玉県)
村上さん、いつも楽しみに拝聴しております。ジャズの古い録音で、とんでもない疑似ステレオのものがあります。ピアノは左壁でベースは右壁、それぞれベッタリとか。とても聴きづらいと思うのですが、村上さんはいかがですか? 昔のオーディオ装置ではモノラル再生ができるスイッチがついていたりしたのですが、今の私のコンポにはついていません。悩ましいところです。



はい。そうですね。おっしゃっていることはよくわかります。
ご存じない方のために説明しておきますと、疑似ステレオというのは、モノラルで録音された音源を、主に1960年代に、レコード会社が商策として人工的にステレオ化したものですが、あまり良い結果は生まれませんでした。ヘロヘロした音に膨らまされて、色づけされたりしていてね。

レコード会社によってステレオ化のプロセスは違っています。たとえばブルーノート・レコードの疑似ステレオは、ヘロヘロはしていないのですが、楽器の音が極端に左右に分かれていることが多いので、聴いていて今ひとつ落ち着きません。ご指摘のように、長いベース・ソロが延々、片側のスピーカーからしか出てこなかったりして、イライラさせられますよね。じゃあ、オリジナルのモノラル盤を探して買えばいいんだろうけど、中古屋さんでは数万円単位の値段がついてしまっていますしね。

逆にプレスティッジ・レコードの疑似ステには、ほとんどモノラルと変わりないものが多くて、わりに安心して聴くことができます。しかし、じゃあ、わざわざ疑似ステにする意味なかっただろうにとか思いますが……。レコード・コレクターの道はなかなか険しいです。
ヨーロピアンクラッチ(26、男性、神奈川県)
僕はまもなく彼女と人生で初めての同棲を経験します。今年の秋には2人で住み始め、私としては今年のクリスマスこそプロポーズに最適のタイミングなのではと考えています。そこで春樹さんへの質問なのですが、プロポーズは家でおこなうべきでしょうか? それとも、それらしいリッチなレストランなどで盛大にやるべきでしょうか? 春樹さん自身のお話も伺えればと思います。よろしくお願いします。



これもまた若いリスナーからの相談ですね。いいですよ。お答えしましょう。
プロポーズはなんといっても高い山の頂上でおこなうのがいちばんです。そして「君と一緒になれなかったら、僕はここから身を投げて死んでしまう」と彼女に言えばいいのです。たぶんそれでうまくいきます。

もしうまくいかなかったらどうするか? うーん、あとのことは自分で考えてください。実際に身を投げるか、それとも「ははは、ジョークだよ、ジョーク」と笑って誤魔化すか、そのへんはあなた次第です……というのはもちろん冗談です。

スタッフ後記

スタッフ後記

若い方からの質問も多かった今回。”愛なのか、夢なのか”に対しての「夢なんてそのうちにまた新しいものが出てくる」という村上春樹さんの回答には、20代の番組スタッフも「だから人間は長生きしたくなるのか」とどこか腑に落ちた様でした!皆さんはどのように感じましたか? いつもたくさんのご感想をありがとうございます。放送で答えきれなかった回答も載っているので、ぜひ読んでみてください!(「村上RADIO」スタジオ・チーム)

村上RADIO オフィシャルSNS

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村上選曲を学ぶテキストはこれだ!

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『古くて素敵なクラシック・レコードたち』
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『意味がなければスイングはない』
文藝春秋(2005年11月)、文春文庫(2008年12月):『ステレオサウンド』2003年春号~2005年夏号に連載された音楽評論集。
『村上ソングズ』
和田誠(絵・エッセイ)と共著 中央公論新社(2007年12月)「村上春樹翻訳ライブラリー」シリーズに収録(2010年11月):歌詞の翻訳と和田誠の挿絵が中心の楽しい一冊。
『走ることについて語るときに僕の語ること』
文藝春秋(2007年10月)文春文庫(2010年6月):音楽本ではないが、ランナーにも愛読者が多い。

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。