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寺岡呼人さんが語るジュンスカ秘話&ミスチル、ゆずとの出会い  (2018/02/10 放送)

先週に引き続き、今週もミュージシャンの寺岡呼人さんをお迎えしました。

2月7日に50才の誕生日を迎えた寺岡さん。ジュンスカことJUN SKY WALKER(S)のベーシストとして1988年にデビューし、1993年にソロデビューということで、今年はデビュー30周年、ソロデビュー25周年という区切りの年です。

寺岡さん以外のジュンスカのメンバーは、東京の全寮制の中高一貫校に通っていたそうで、広島県出身の寺岡さんは、その学校に入った弟さんを通じて、ジュンスカの音をカセットテープで聴いていたとか。そして、大学入学のために上京すると、ライブの客から始まって、スタッフのような形でジュンスカに関わるようになったそうです。

「そうこうしているうちにデビューの話が決まるんですけど、その時はまだメンバーじゃないんですよ。で、88年の5月にデビューでレコーディングが2月、って決まった12月か1月ぐらいに『お前メンバーになれよ』みたいな感じになったんですよね」。

ところが、その時の寺岡さんはベースを弾いた経験がなかったそうで、1ヶ月ほど練習しただけですぐレコーディングに挑むことになったとか。

「だから、当時の、今で言う夏フェスですか、ああいうのを見ると、他のバンドのベースの人たちの上手さといったら…。これはもう、いのいちばんにいなくなるんだ俺…って思ってたんですよね」。


誕生日当日の2月7日に東京で開催され、12日には大阪でも行われる寺岡さんのバースデーライブには、Mr.Childrenの桜井和寿さんもゲスト出演。先週も話してくれましたが、寺岡さんと桜井さんとの出会いは、ジュンスカ時代に高校の後輩のバンドを観に行った渋谷のライブハウスだったとか。

寺岡さんはその時、ミスチルのことを「当時のバンドブームの中ではちょっと異質な、ポップな感じで面白いなぁ」と思ったそうで、その半年後ぐらいに行った初のソロツアーに桜井さんを誘い、一緒に曲も作ったそうです。

そして、その時に誕生したのが、Mr.Childrenの「星になれたら」という曲なんですが、この曲は、JUN SKY WALKER(S)が今年1月にリリースした初のカバーアルバム『BADAS(S)』でカバー。ちなみに、93年にジュンスカをやめた寺岡さんですが、2007年からの再結成には参加しています。


続いて寺岡さんが話してくれたのは、初めてのプロデュース業となった ゆず のこと。お二人との出会いは、後にゆずの会社の社長になるスタッフに誘われて、ゆずの地元・横浜での路上ライブを観に行ったことだったとか

「当時、お客さん3人ぐらいでしたけどね。3人中2人が身内って言ってましたから(笑)。そんな感じで、僕もプロデュースっていうのは初めてで、やったことないし、彼らも路上しかやったことがないんで、レコーディング・スタジオに1回も行ったことがないんですよね。だから、そういうわからないもの同士の…何て言うんですかね…勢いだったりとか、ぶつかりあいっていうのが、独特なサウンドになったんじゃないかなと」。

寺岡さんは、ゆず本来の良さを生かすため、最初の頃の作品では、一定のリズムを刻むメトロノームなどを使わないでレコーディングしたそうです。

「メトロノームに合わせたら絶対に彼ららしさがなくなるなぁと思って、まず2人にいつも通りにスタジオで演奏してもらって、それに合わせてドラムとかを後で叩くんです。それ、難しいんですよ。だって、彼らのリズムに合わせて叩くから。ある場所では凄い走って、ある場所では凄いモタるんですけど、音楽の良さ、感動って別にメトロノームに合ってるから感動するわけじゃなくて…」

「でも、それを続けていくと、だんだん彼らの方から『もうメトロノームでやらせてください…』みたいな感じになってくるんだよね(笑)」。


寺岡さんは、これまでの挑戦についてこんなことを話してくれました。

「例えば、バンドやめたのは25なんですけど、その時は、30になるよりも今だったらムチャができるんじゃないかなって。ムチャして失敗しても、恥かいても『まぁ今だったらいいんじゃない?』っていう。言い換えれば若気の至りなんですけど、だったら今挑戦してみようかなぁって」

「あと、ソロアルバムとかの自分のポイントっていうのは、恥をかけるかどうかっていうとこがあって。これをやって恥かいた自分が、まだ『恥かいた、カッコ悪いなアハハ』って笑えるか、『もうプライドが許しません、こんなのは…』ってなるかっていうので、いつまで恥をかくことができるか?っていうのは自分のバロメーターみたいな感じがあります」。


2月7日、50才の誕生日にリリースとなった寺岡呼人さんの最新ソロ・アルバム『LOVE=UNLIMITED』には、ボーナス・トラックとして落語家の春風亭一之輔さんをフィーチャーした「仕舞支度」の別バージョンも収録。先週もおっしゃっていましたが、寺岡さんは元々、一ファンとして一之輔さんの独演会を観に行っていたそうです。

「ちっちゃいところでやると、一之輔さんが最後、お客さんを見送ってくれたりするんですよね。その時になんとなく顔を覚えてくれだして。で、去年、僕が落語のイベントをやる時に、一之輔さんに出てもらいたくて、それでお願いして」

「そういうのがありながら、今回この『仕舞支度』が出来た時に、これ一之輔さんにもやってほしいなと思ってたんですけど、ファン過ぎてなかなか恥ずかしくて言えなかったんです。でも、アルバムの締め切り2週間ぐらい前にお会いした時に、勇気を持って『こんな感じなんですけど』ってその場で曲を聴かせて『この辺りを全部語って貰えませんでしょうか?』っていうのでお願いしたら、もう二つ返事で『いいですよ』っていう感じでした」

「面白いのが、フィーチャリングっていうと、だいたいはオケにたいしてラッパーの人がライミングするんですけど、一之輔さんの場合は『僕は音があると喋れないんで無音でやります』って、ストップウォッチを片手に頭からサビまでを計って、そこで無音で喋るんですよ。もうホントに感激しました。『生の一之輔さんの喋りを俺、横で聞いてる』みたいな。『客、俺しかいない』みたいな。贅沢な感じも含めて、もう一生の宝物ですよね」。


最後に寺岡さんは、ご自身にとっての挑戦についてこんなふうに話してくれました。

「とにかく音楽なので、音楽って結局、作って、レコーディングして、ライブして、っていうこの3つは変わらないんで、この3つをもっともっと…」

「それこそ僕の大好きな さだまさしさんはライブを4千何回やっていて、ライブの終わりに必ず『なんでこんなにライブをやるかっていうと、昨日よりも上手くなりたいからです』って言うんですけど、あの台詞はやっぱり沁みるんですよね。だから、挑戦っていうのはまた繰り返しなんじゃないかなって。今までやってきたことの繰り返しも挑戦だと僕は思うんですよね。挑戦とは繰り返すこと、プラス、まぁ、好奇心かなと思いますね」。

番組では、そんな寺岡さんの挑戦に関するメッセージを色紙に書いて頂きました!こちらの色紙を1名様にプレゼントします。このホームページ右のメッセージフォームから「寺岡呼人さんの色紙希望」と書いてご応募ください!
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