今月ワールド・クルーズにご乗船していただいているのは、
プロ・スキーヤー、冒険家・登山家としてご活躍の三浦雄一郎さんです。

三浦さんは今年の5月に世界最高齢の80歳でエベレスト登頂を果たした方です。
20代後半から、「世界プロスキー選手権」に出場し、世界の一流選手と肩を並べてこられた三浦さん。

その後もスピード・スキーや、エベレスト山頂からのパラシュート直滑降など、たくさんの記録を打ち立てています。
三浦さんが見て来た世界の風景、旅のエピソードを伺っていきます。


ー 人間の持っている、冒険心、好奇心、そういうのは誰でも持っているんです ー


干場「世界最高齢の80歳でエベレスト登頂をされる前、4度の不整脈治療の手術があって、登頂前はトレーニングが必要だったと思うのですが、体力作りとしてはどの点に重点をおいたんですか?」

三浦「僕の人生のモットーは何の根拠もなく、なんとかなるんじゃないかと思ってます(笑)。去年の11月にヒマラヤでひどい不整脈になって、急遽ドクターストップがかかったんですね。それで手術をしました。少し良くなったかなと思ったんですけど、エベレスト登頂が半年後にあったので、トレーニングを早めにやりすぎてしまって、それが逆に裏目に出たんですよ」

干場「ご自身に焦りもあったんでしょうね」

三浦「大丈夫だろうと、1週間経って片足5キロずつ付けて、背中に25キロしょって、そしたら、インフルエンザにかかってしまったんですよ。手術した心臓がめちゃくちゃになって、電気ショックをかけてもらって心不全寸前までいきましたからね。これじゃ普段の生活も無理だし、この状態でどうやったらエベレストに登れるか?まず80才という事もあって、"年寄り半日仕事"という言葉を思い出したんですよ」

干場「それはどういう意味なんですか?」

三浦「昔、若い頃は田んぼや畑でも働いて、50才60才になると、だんだん仕事の量を減らそうとするんですよ。山を登るのもそういう考えでいけば、朝に出て、お昼で止まって、お昼ご飯食べて、昼寝して、本を読んだり、音楽聴いたり、ゆったりするんです。夜はよく眠れるんですよ。これを1ヶ月半やっていくうちに、足腰も回復していくんですよ」

干場「エベレストを登りながら、体を回復させながら登ったという事ですよね」

三浦「それがだんだんと体調が良くなって来たんですよ(笑)」

干場「あらゆる困難を超えて、そしてご自身の年齢や体力に打ち勝って、エベレスト山頂にたどり着いた時、そこから見る景色はどんなものだったんでしょうか?」

三浦「本当にみんな助けてくれてありがとう、という感じでした。でも、頂上に着いたという事で、感激だけしていられないんですよ。大体遭難の8割が下りなんですよね。帰りは体力使い果たしてふらふらですし、途中に登山家の死体もありますからね」

干場「そういう過酷な状況を見てるんですね。三浦さんにとって、エベレストはどんなものなんですか?」

三浦「世界最高峰で、僕にとって80歳という年齢で限界を試されている、それを超えてみたいというチャレンジする山ですね。途中、8000メートルで手巻き寿司をやったり、世界最高調のお茶会をやったりしましたね(笑)」

干場「本当に話が尽きなくて、面白いですね。三浦さんの人生において、旅・冒険はどのようなインスピレーションを与えてくれるものですか?」

三浦「人には冒険の遺伝子があるわけですね。先祖がアフリカのサバンナを冒険したように、人間の持っている、冒険心、好奇心、そういうのは誰でも持っているんです。僕はスキー、山という形で追い続けて、人間が宇宙まで行っている時代ですよね。その一員として、人類が持っている冒険・探検の、この続きをずっと追いかけているような気がしますね」


「長期の休みがとれない人の為に、短期間のクルーズはありますか?」

日本国内ではワンナイトクルーズというものがあります。
横浜港を出て、お食事をして一泊して横浜に戻るという内容。
ちょっとした記念日やクルーズがどのようなものかと体験するには、ちょうどいいプランなんです。

海外の場合は、飛行機で船が出港する場所まで行く事は考慮すると、1週間が理想的!
飛行機の1時間は、船の1日と考えていられるそうなんです。

ゆったりとした、静かで綺麗な地中海は時を忘れさせてくれますよ。

今月ワールド・クルーズにご乗船していただいているのは、
プロ・スキーヤー、冒険家・登山家としてご活躍の三浦雄一郎さんです。

三浦さんは今年の5月に世界最高齢の80歳でエベレスト登頂を果たした方です。
20代後半から、「世界プロスキー選手権」に出場し、世界の一流選手と肩を並べてこられた三浦さん。

その後もスピード・スキーや、エベレスト山頂からのパラシュート直滑降など、たくさんの記録を打ち立てています。
三浦さんが見て来た世界の風景、旅のエピソードを伺っていきます。


ー もう一度、三浦雄一郎というやつと、人間の姿で出会ったという感じがしましたね ー


干場「富士山から直滑降の挑戦をされて、1970年に、エベレストでそれをやるわけですよね」

三浦「そうですね。でも、ただ普通のスキーじゃ面白くないから、頂上直下から降りる。スピードは300キロから500キロのスピードになるんですよ。これがまた世界のニュースになったんですよね。NASAがあいつ何考えてんだって(笑)」

干場「NASAの人は驚きますよね?(笑)でも、それは成功されたんですよ」

三浦「それは成功しなかったですね。パラシュートは開いたけど、雪のデコボコに引っ掛かって、転倒して、残り800メートルを落ちて行くわけですから。転んだ瞬間に死ぬというよりも、3億年経ったらどこで何をしてるんだろうと、生まれ変わりの好奇心が強かったんですよ(笑)」


干場「ええ!?それはすごいですね(笑)」

三浦「一瞬この世なのか、あの世なのか分からない、でも生きているという事は、もう一度三浦雄一郎というやつと、人間の姿で出会ったという感じがしましたね」


「面白い年越しイベントが楽しめるクルーズは?」

年越しのシーズンになると、船は南半球に行きます。

例えば、オーストラリア、オセアニア、南米
その中で、保木さんがおすすめするのはシドニーです。

シドニーの港では、花火大会が行われるんですね。
陸のホテルはいっぱいになりますが、船はその日に港に入って、
一番絶景の位置で見る事が出来るんです。

花火が降ってくるような位置で見る事が出来るシドニーの花火大会、おすすめです。


【イベントインフォメーション】
干場義雅と保木久美子が出演 「SEIKO presents WAKO GENTLEMEN'S CLUB」


大人の男性にふさわしい街・銀座。その中心にある和光で、上質なお酒や音楽に酔いしれながら、
最高級のアイテムを気軽にお試しいただけるイベントです。





【開催日時】2013年12月9日(月)・10日(火) 18:30〜21:00(最終入場)
【会場】和光本館

<詳細やご応募はこちらから!>

今月ワールド・クルーズにご乗船していただいているのは、
プロ・スキーヤー、冒険家・登山家としてご活躍の三浦雄一郎さんです。

三浦さんは今年の5月に世界最高齢の80歳でエベレスト登頂を果たした方です。
20代後半から、「世界プロスキー選手権」に出場し、世界の一流選手と肩を並べてこられた三浦さん。

その後もスピード・スキーや、エベレスト山頂からのパラシュート直滑降など、たくさんの記録を打ち立てています。
三浦さんが見て来た世界の風景、旅のエピソードを伺っていきます。



ー 人類は常に不可能と思う事にチャレンジしてきた、ひょっとしたらあんたなら
                   出来るかもしれないと、彼は言ったんですよね(笑) ー


干場「三浦さんは、スピードスキーの世界選手権に出られて世界新記録を出された後に、新しいチャレンジをされますよね。それがパラシュートを使っての富士山の直滑降。まず、スキーとパラシュートを結びつけるというのは、普通は思いつかないですよね」

三浦「自動車スピードレースの世界記録を作ってるようなものでは、ブレーキにパラシュートを使ってますよね。空から飛び降りるスカイダイビングもそう、それをスキーに応用したら面白いと思ったんですよ(笑)」

干場「その発想の斬新さというのは、すごいですよね」

三浦「パラシュートを5種類くらい作ってもらって、この富士山での直滑降のチャレンジの時に1時間のドキュメンタリー番組を作ってくれたんですよ。それで、僕が滑った翌日にはロンドン、パリ、ニューヨークと、世界中にニュースが流れたんです。それを見て、「これは何だ?」と、なったわけなんですよ。これがパラグライダーのルーツになってるんです」

干場「という事は、パラグライダーの元祖を作られたんですね。その後1970年になるとエベレストでそれをやったんですね」

三浦「はい、そうですね(笑)。富士山の直滑降が成功して、それがニュースになって、オーストラリアとニュージーランド政府に招かれて、観光局が世界中のスキーヤーを呼びたいと、ニュージーランドで映画を撮ると、それがまた話題になったんですよ。それからニュージーランドで会いたい人がいたら、会わせてもらえるという事でエドモンド・ヒラリーに会ったんですね」

干場「エドモンド・ヒラリーさんは、初めてエベレストを登った人ですよね」

三浦「彼は運良く自宅にいられて、遊びに行かせてもらいました。朝、10時頃に行って、話に夢中になっているうちに夕方になってましたよ(笑)帰り際、エベレストの大きな写真を見て、あなたは初めて登ったけど、僕はここからスキーで滑ってみたいと言うと、ビックリしてましたよ(笑)」

干場「それはそうですよね、エベレストを登るだけでも大変なのに、それを滑るという発想は中々出ないですからね」

三浦「彼は「歩いて行って、帰るだけで何人も死んでるのにとんでもない」と、言いかけたけど、人類は常に不可能と思う事にチャレンジしてきた、ひょっとしたらあんたなら出来るかもしれないと、彼は言ったんですよね(笑)」



「2歳の子供がいるのですが、小さい子供もクルーズを楽しめるのでしょうか?」

クルーズというと、お年寄りの旅と思われてる方も多いと思いますが、そんな事はありません。

実はお子さんをクルーズに連れて行くのは、意外に楽なんです。
子供の遊び場所もたくさんあり、ベビーシッターも頼む事が出来るクルーズ。

大人が食事をしている間に、お子さんを預けたり、子供が遊べる施設も豊富なんですよ。

保木さん一押しなのが、ディズニーのクルーズライン!
船にはミッキーやドナルドが歩いてるので、お子さんもとっても喜びますよ。

ぜひ、お子様を連れてクルーズの旅に出かけてみてくださいね。


【イベントインフォメーション】
干場義雅と保木久美子が出演 「SEIKO presents WAKO GENTLEMEN'S CLUB」


大人の男性にふさわしい街・銀座。その中心にある和光で、上質なお酒や音楽に酔いしれながら、
最高級のアイテムを気軽にお試しいただけるイベントです。





【開催日時】2013年12月9日(月)・10日(火) 18:30〜21:00(最終入場)
【会場】和光本館

<詳細やご応募はこちらから!>

今月ワールド・クルーズにご乗船していただいているのは、
プロ・スキーヤー、冒険家・登山家としてご活躍の三浦雄一郎さんです。

三浦さんは今年の5月に世界最高齢の80歳でエベレスト登頂を果たした方です。
本日はスキーヤーとして、海外で体験されたお話を伺っていきます。


ー 野次馬的な好奇心というか、気持ちは世界一になってみたいと思うんですよね ー


干場「オリンピックを目指していた三浦さんですが、スキーアマチュア連盟から永久追放という厳しい決断がくだされた事もあったと思うのですが、その後世界プロスキー選手権へ出場するまでは、どのような苦労があったんですか?」

三浦「僕は結婚して、2人でオリンピックに行こうかと話してたんです。それから東京に出て、フクハラフィルムの六本木の物置に居候したんですよ(笑)」

干場「物置ですか!?どのくらいの大きさだったんですか?」

三浦「荷物をよけて、布団2枚ひければ良いくらいですね。東京でスキーをやる人は金持ちが多かったんですよ。でも、そういう貧乏暮らしは気にならなかったですね。「世界が待ってる!」みたいな感じで、そっちの方がキラキラしていましたね」

干場「そこからはどうやって世界へ行ったんですか?」

三浦「とりあえず山小屋に入って、足腰を鍛えようと思いました。荷物担ぎといって、山小屋へ食料を運んだり、工事現場に機材を運んだり、100キロの荷物を担いで、雪山を登ってセメントを運んだりしましたね。帰りは走って降りていくんですよ。1961年に第一回の世界プロスキー選手権のニュースが入って来て、それが29歳の時、初めてアメリカへ行きました。予選通過が大変で、少しずつ8位、6位、3位と順位を上げていったんですよ」

干場「常に、前人未到の分野でトップを目指して来た三浦さんの、その原動力は何ですか?」

三浦「結局、野次馬的な好奇心というか、気持ちは世界一になってみたいと思うんですよね」

干場「それがすごいですよね(笑)」

三浦「それを続けていくうちに、アルペン競技の世界一は無理だと分かってきたんですよね。せいぜい3番くらいまでですよ。次から次へと若い選手がオリンピックでメダルをとって、参加してますからね。それなら同じ人と競争してたんじゃ無理だと、スキーでまだやって無かった事を考えてみようと思って、日本に帰って、スピードスキーの世界記録を作って見ようと思ったんですね」

干場「スピードに対する恐怖は無かったんですか?」

三浦「いや、面白かったですね。前の世界記録が164キロだったんですけど、172キロを出して、世界新記録を出したんです。今考えると、何であの頃目標200キロにしなかったのかと思いますよ(笑)

「クルーズの中でフォーマル着用のシーンに着物はOK?」

クルーズのフォーマルシーンで、着物はもちろんOK。
むしろ、外国の船で着物は喜ばれるそうなんですよ。

荷物を考えた時に、乗船前や降りた時に利用出来る、
宅急便で送るのも一つの手ですよ。

海外では、お客さんや乗務員にも喜ばれるし、レストランのフォーマルな場面でも映えるんです。
ラグジュアリーなクルーズに、和の雰囲気が合わさって、着物はとても素敵ですね。

今月ワールド・クルーズにご乗船していただくのは、
冒険家・登山家の三浦雄一郎さんです。

三浦さんは今年の5月に世界最高齢の80歳でエベレスト登頂を果たした方です。
三浦さんに様々な旅のエピソードをお伺いしていきます。


ー 病院にいると、「退院出来たら、蔵王に連れて行く」と、言われて。
                   それを聞いた途端にすぐに飛び起きて元気になったんですよ(笑) ー



干場「三浦さんといいますと、強靭な肉体と精神力の持ち主というイメージですが、幼少の頃は長期で入院をされるほど、体が弱かったとお伺いしました」

三浦「生まれは青森で、親父が公務員で、あちこち転勤をしてて、仙台に引っ越した頃ですね。小学校3〜4年で、それまでは田舎の学校で遊んでたのが、付属小学校に入れられて、勉強もついていけないし、言葉は青森訛りで、すっかり学校が嫌になったんですよ(笑)不登校の元祖みたいなものでね、病気すれば学校に行かなくて済むと思っていたら本当になってしまったんですよ(笑)」

干場「そうだったんですね、それからスキーを始めるのはどういうきっかけだったんですか?」

三浦「当時、父親が東北大学の山岳部のスキーコーチを頼まれてて、冬休み前に病院にいると、「退院出来たら、蔵王に連れて行く」と、言われて。それを聞いた途端にすぐに飛び起きて元気になったんですよ(笑)」

干場「勉学は嫌いだったけど、運動は好きだったんですね(笑)」

三浦「それで東北大学のお兄さん達と、冬休み中は蔵王でスキーをして、それで学校に行ってみると、なんでこんなちっぽけな事でくよくよしてたんだろうと、不登校から、気持ちも元気になって、それが一つのきっかになったんですよ」

干場「中学、高校で次々とスキーの大会で優勝記録を作って、スキーヤーとして頭角を表したそうですが、この当時を振り返ると、真っ先に思い浮かぶ事は何ですか?」

三浦「中学3年で青森に引っ越して、スキーの大会に初めて出たんですよ。そしたら、岩木山という山を山頂から麓まで滑る大会で優勝しちゃったんですね」

干場「それはすごい!その前には東京に戻られたり、ブランクもあるわけですよね」

三浦「それからは、青森県のスキー連盟から強化選手に選ばれて、全国、国体と大会で出る様になったんですね。スキーが好きで一生懸命やってましたね。子供の頃に体が弱くて、鍛えないといけないという事で、夏は水泳部に入って、山歩きやって、春は岩木山に登ったり、野生児に帰っていきましたよ(笑)。それでスキーの成績が良くなっていきましたね。それからは将来スキーでオリンピックに行けると信じきって、張り切り過ぎましたけどね(笑)」

「秋の特色を活かしたクルーズ」

「クルーズ」というと、やはり地中海・エーゲ海のイメージが強いですが、

秋の紅葉を楽しめるクルーズもあるんです!

ニューヨークから出航する、ニューイングランド地方のクルーズ、これがとても素敵なんです。

ニューヨークの夜景を見ながらハドソン川を出航、ライトアップされた自由の女神を臨み、
次の朝にはボストンの街に寄り、ロブスターを食べながら東海岸を北上。

カナダの街ハリファックスは、タイタニック号が沈没して遺品が一番流れ着いた街。
ミュージアム等もあるんですよ。

ケベック、モントリオールへ入って行くと、山全部が赤や黄色で素晴らしい景観。

アメリカ人のセレブリティ達の別荘地、普通に陸から行くと、門構えしか見れませんが、
海から行くと、庭が見れちゃうそうなんですね。

さらに、ジャクリーンとケネディが結婚式をあげたボート小屋も見る事が出来るんですよ。

クルーズならではの海からの景色が臨める、秋には秋のクルーズの楽しみ方があるんですね。