2017.08
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【学生コラム】科学的妄想のすゝめ

こんにちは。未来授業学生委員会、東京農業大学3年の吉岡佑真です。

先日、旅行で軽井沢に行って来ました。
今ではショッピングモールなども整備され、観光地っぽさが増していますが、少し歩くと閑静な別荘地が広がっています。
冷涼な気候、豊かな自然、おいしい水、夏を過ごすにはうってつけな場所です。

将来リモートワークが進めば、小型デバイスと自分の身ひとつでこんな別荘で仕事をできる日が来るのでしょうか?
夏が苦手な僕としては大いに期待したいところです(笑)


(写真:軽井沢で見かけた別荘。苔むした庭と、森にひっそりとたたずむ洋館のコントラストが素晴らしい。)

さて、この前、幼稚園来の友人とライブ会場で会う機会がありました。
そいつは昔から面白いやつで、みんながDSでポケモンをやっているのには目もくれず、よくわからない培養キットや隕石を集めては喜んでいるような、現代にはめずらしい科学大好き少年でした。今は大学でプログラミングを専攻する好青年となった彼を仮にT君と呼ぶことにしましょう。

昔はポケモン側だった筆者も少しは大人になり、小難しい話もできるようになりました。
今年の未来授業のテーマでもあるAIは、僕も最近気になっているところで、特に2045年に来ると言われている技術的特異点(シンギュラリティ)、AIが人間を超えるとされる日にはどんなことが起きているのかを考えるのがちょっとしたマイブームです。

それはT君も同じだったようで、ライブを見た後に、飲み屋に行った僕らの会話は大いに盛り上がりました。


僕はT君に問いました。

「AIと人間の違いは何だと思う?」

これは単純そうでかなり難しい問いだと思います。

するとT君は『黙知』という考え方を教えてくれました。

これは、最近話題になることも多い落合陽一さんという方が提唱したものだそうで、T君いわく、「AIというか現代のコンピューターは0か1、つまり『物事を知っているか知らないか』の2択だが、私たち人間は0と1のあいだである『表面的には覚えていないが、無意識的に知っている』状態をつくることができ、その無意識下での知識の結合が人間独自の豊かな発想につながっている」というのです。

ちょっと難しくてこんがらがってしまった人もいますね。要は「今のAIでは仕組み的に人間と全く同じ発想法はできないんじゃないの?」ということです。

僕はたいそう感心して、人類の可能性を見た気がしましたが、同時にあることを思い立ってしまいました。
そう、「量子コンピューター」です。

僕も特段くわしいわけではないのですが、なんで量子コンピューター?そもそも量子コンピューターとは何ぞ?という人のために少し解説します。
量子コンピューターは今のコンピューターに代わる、次世代のコンピューターと目されているもので、量子力学的原理という筆者もよくわかっていない原理を使った、とにかく何かすごい性能を持ったコンピューターだそうです。

その量子コンピューターの何が問題なのかというと、量子コンピューターでは従来のコンピューターと違い、0と1の状態を同時に取ることができるのです。
さきほどのT君の話を少し思い出してください。T君は言いました。「人間の発想の源は0と1の狭間にある」と。

これって何だか似ていると思いませんか?

量子コンピューターの実用化はそう遠い話ではないと言われています。2045年の技術的特異点ではもう普及していてもおかしくはありません。そのとき、我々人類は何をしているのでしょうか。いや正確には、そのとき人類にはまだ何ができるのでしょうか。

この後T君との話は、実は人間こそが何者かにつくられた量子コンピューターなんじゃないかというオカルトチックな方向へ飛んでいき、無事お開きとなりました(笑)

さて、長々と書いてきましたが、みなさんいかがだったでしょうか。ここまで読んでくれた人なら、きっと科学的妄想の才能があるはずです。妄想と言いましたが、僕はこれを楽しみながらも大真面目に考えています。

2045年なんてまだ先の話です。専門家でもよくわかっていません。だったら僕ら素人が好き勝手考えたっていいじゃありませんか。もしかしたらその妄想の中に、未来をよりよくするヒントが隠されているかもしれません。

その『もしかしたら』を、ぜひ一緒に未来授業で考えてみませんか。妄想と妄想の衝突から生まれる妄想は、きっとすてきな未来です。

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(文責:東京農業大学 国際食料情報学部国際農業開発学科 3年 吉岡佑真)

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