ナゼ、なぜ、何故橙愛

第3話

……頭がボーっとする。
少し、頭痛も。

翔愛(とあ)は机で寝てしまったのと、変な夢に少しうなされたせいで、なんだかクラクラしていた。
『つらい、泣きたい、もう嫌だ。』
ノートの端に書いてみる。
「なんなんだよー……。もうっ」
本当に泣きたい。
もうわけわからない。
プレッシャーに、押しつぶされそう。
昨夜の夢。
和羽(かずは)の言葉。
なんだったの?
そのときだった。
「翔愛! なんか、大丈夫?」
なんで和羽はいつも変なタイミングで来るの?
そういうとこ、少しイライラする。
かけてくれてる言葉は優しかったりするけど、今は1人でいたかった。
「……大丈夫だよっ、大丈夫!」
翔愛は言い放つと、重なっていた視線をそらした。
「大丈夫か、そっか。うん。でも、昨日翔愛、1時間サボったから、三井くんに無精ヒゲ、落書きしてあるよ!」
「ふーん」
「それと……。今日早帰りだから、目標時間上げてもいいんじゃない? それと、明日からの土日。もううちら部活無いんだからヒマでしょ?」
「……そうだね」
「何時間にする?」
「……」
今、翔愛は相手がうざったくって仕方ない。
「今日は……6時間。土日は両方10時間」
早くどこかへ行ってもらいたくて、特に深く考えず答えた。
「……OK。でも、できる? 大丈夫?」
いつまでいるの?
「大丈夫だよ、できるよっ! ……だから、用が済んだのなら、早く……どっか行ってくれる?」
翔愛はつい言ってしまった。

「……わかった、じゃーね」
和羽はそれだけ言って自分の席へ戻ってしまった。
「……6時間、10時間」
今日は、帰ったら3時間、夜3時間やろう。
土日は午前中3時間、午後4時間、夜3時間。
なんなら午後5時間で夜2時間でもいい。
翔愛は1人でザッとした計画を立てる。
大丈夫? できる?
自分への問いがふと浮かんでくる。
それを打ち消す。
「大丈夫。大丈夫だよ。あたしにはできる」
すると自然と心も落ち着いてくるような気がする。
何だって、落ち着かなければ始まらない。
自分を信じなければ、始まらない。
昔、和羽に教えてもらった言葉だ。
小学生の頃から、翔愛はずっと和羽と一緒だった。
毎日一緒に遊んで、一緒に学んで、時には一緒に怒られた。
テストの点を競い合ったこともあった。
喧嘩して、共に泣き合ったこともたまにあった。
けれど、あたしはいつも和羽が好きだった。
私は和羽になんてこと言ってしまったのだろうか。
翔愛は激しく後悔した。
いくら昨夜のことがあったとはいえ、ひどすぎた。
和羽に散々に言われたのは、夢の中で。
現実には全く言われてはいない。
それどころか、和羽は今まで何回も「頑張れ」って言ってくれた。
チャイムが鳴った。
……このあと、謝りに行こう。

「和…羽?……さっきはごめん」
授業が終わるなり、翔愛は和羽の席へ駆け寄った。
和羽は一瞬驚いた顔をしたが、すぐ微笑んで話した。
「え、あぁ、別に大丈夫だよ。翔愛だって今、体力的にも精神的にも大変だもんね。やっぱり1人でいたいよね。こっちこそごめん。邪魔だったよね」
和羽の言葉を聞いて、翔愛は首を横に振った。
「んーんっ、全然! そんなことないよ。自分のことなのに、和羽に当たっちゃったあたしが悪いんだよ。本当にごめんね」
「そんな、当たっちゃうことなんて誰でもあるよ。あ、そうだ。今日早帰りだから、このあと一緒に出かけない?」
「うんっ!……あ、でも勉強ができない……」
「大丈夫。今日は私が誘ったんだから、今日だけ、ナシにしてあげる」
「いいの!? ありがとうっ」
「だって、たまにはリフレッシュしないと、いつか爆発しちゃうから……ね? でもその分、土日頑張ってね」
「うんっ!」
やっぱりあたしは和羽が大好きだ。
大好きで大好きで大好きで大好きだ。
これからも、一緒にいたい。
学校が違って別れても、ずっと連絡取り合って、たまには会いに行って一緒に遊んで。
歳を取ってお互いヨボヨボのおばあちゃんになっても、ずーっと仲良くしていたい。
「じゃあ、今日は思いっきり楽しもうね」
2人は笑顔だった。

「和羽っ!ごめん、少し遅くなっちゃった……」
「大丈夫だよ。まだ電車の時間まで結構あるし!」
「ありがと」
「いいよ。でも、どうしたの?」
「いや、靴履こうとしたらなんか歴史の先生に呼び出されちゃって……」
「そっか」
「なんか、あの先生、ほんっとムカつくーっ」
「んふふ、そうだよね。いちいち細かいところを突っ込むなっつーの!」
「どんだけ神経細かいんだ! ……ってね!」
「そうだよ、几帳面すぎ!」
楽しい。
2人でこうやって、笑いながら先生の悪口言ったりするの。
言っていることはあまりいいことではないけど、でも笑いながら話すのってほんと楽しくって。
何週間ぶりだろ、この感覚。
それから2人は色んな事を話した。
テレビのこと、家族のこと、後輩のこと。
話しても話しても、話すネタは尽きなかった。
そして……。
学校の近くの駅から、電車で20分くらいのとこ。
都会に比べるとまだまだだけど、翔愛が住んでいる町に比べたら、随分にぎやかな町。
いろんなお店が並んでいる。
「どっから行く?」
「んー、じゃあ、あそこから行こ!」
2人はいろんな店に行って行って行って。
いろんなモノを買ったり、眺めたり、諦めたり。
翔愛と和羽はずっと笑顔だった。

ある店に入ったときだった。
そこの店にはいろんな電化製品を売っている。
洗濯機、ゲーム、ミュージックプレーヤー。
そしてテレビのコーナー。
テレビには、とある番組が流れていた。
なにげなく観てみると、
「あっ!」
そこには『クエスチョンズ』の新曲のPVが流れていた。
思わず翔愛の声があがる。
それに反応して和羽の視線もテレビの画面へと向かった。
楽しそうに踊っている『クエスチョンズ』のメンバー。
でもやっぱり梅井、大原、柳葉の3人の顔は昨日のままだ。
鼻毛出ているし、まつげ長いし、眉毛が太い。
溜息をつこうとしたそのときだった。
そのテレビの前をたまたま通りかかった、翔愛たちと同じくらいの女子3人がテレビの前で立ち止まった。
どうやらその女子も『クエスチョンズ』に反応したようだ。
「あ、『クエスチョンズ』だっ!」
「ほんとだぁ」
「これって、新曲のPVでしょ?」
「そうだね。でも、最近『クエスチョンズ』、かっこよくないよねー?」
「うんうん。なんか大原くん、まつげ長くってオカマみたいだし! あたし一番好きだったんだけどなぁ?」
「あたしもー。梅井くん好きだったんだけど、なんか鼻毛出てるし、いつになっても鼻毛抜かないから、もう好きじゃなくなった!」
翔愛の心臓が一回大きくドクンと鳴る。
「あたしもだよ! 最近、すっかり変になっちゃったから、新曲のCDの予約、キャンセルしちゃった!」
再び心臓が大きく鳴る。
……なんなの、この人たち?
「あたしなんて、ファンクラブ脱会しちゃった! ……だって、もうかっこいいのは、杉本くんと三井くんしかいないし、三井くんだって今朝観たら変なヒゲ生やしちゃってるし!」 え、ヒゲ?
翔愛は画面の中の三井を観た。
ほんとだ……。
三井は無精ヒゲを生やしていた。
「だからー、そんな人たちのためにお金払うのもなんかなーって! それなら、洋服とか買った方が全然いい!」
「そーだよねー!」
「わかるーっ!」
女子3人組は、もう『クエスチョンズ』には興味がなさそうに再び歩き出した。
なんなの、あの人たち……。
人を見た目で判断するの?
それで……、いいの?
翔愛は呆然としていた。
その腕を和羽が引っ張る。
「翔愛、行こ?」
「……うん」
翔愛たちもトボトボと歩き出した。

「今日は楽しかったね!」
「うん……そうだね」
「どうしたの、翔愛。なんか、急に元気がなくなったけど?」
「……んーんっ、なんでもない……! 大丈夫だよ」
翔愛は笑顔を見せた。
100%の笑顔ではないが。
「そう……、大丈夫ならいいんだけど」
「うん、ごめん、ありがと……。ちょっと疲れちゃっただけだから」
心が。
……そんなこと、言えるわけない。
とりあえず、歩き疲れちゃったことにしておく。
本当は和羽に嘘をつきたくはないんだけど。
でも、ごめん。
「そっか。……じゃあ、気をつけて帰ってね」
「うん。……今日は誘ってくれて、ほんとにありがと。和羽こそ、気をつけてね」
「うん。じゃあね、ばいばい」
「ばいばい……」
お互いの家への道が分かれるところで、翔愛は立ち止まっていた。
帰ってもやることないし、なんならこのまま和羽の背中が見えなくなるまで、ここにいようかな?
なんていつもは思う。
でも今日は違う。
今、なんかすごく勉強がしたい。
……正確に言うと、勉強がしたいというより『クエスチョンズ』を救いたい。
今日のお店での1コマがあったから。
あんなこと、言われてたまるか!
絶対、元の『クエスチョンズ』に戻ってもらうんだ。

「ただいまーっ」
玄関で靴を脱ぎ捨て、駆け足で自分の部屋へ向かう。
時間は丁度、6時になったとこだった。
あっと思い、電話の子機を手に取り、押し慣れた番号を押す。
『もしもし?』
「もしもし、和羽?」
『うん、なぁに?』
和羽には、翔愛の電話の声が昨日よりはっきり明るいのがわかったようだ。
「あのさ、今日の勉強目標時間、ナシにしてくれるって言ったでしょ?」
『うん』
「あれさー、やっぱ、アリにしてくれない?」
『……いいよ。あ、でも今日はちょっと遊んで来ちゃったから、目標時間、少し下げる?』
「あー……どうしよう……。じゃあ、1時間下げてもらって、5時間でもいい?」
『うん、いいよ。でもどうしたの?急にやる気出しちゃって。なんかあったの?』
「いやいや、なんもない。ただヒマだったから……」
翔愛は苦笑する。
あの女子3人組に腹を立てて、見返すためにも『クエスチョンズ』を救いたくなった!
……なんて言えない。
『そっか。じゃあ、頑張ってね』
「うん、ありがと、頑張るね」
それから翔愛は必死に勉強した。
途中1時間だけ、夕飯とお風呂の時間を作って休憩し、そしてまた勉強を始めた。
やめたくなってくると、女子3人組の会話を思い出した。
もう「かっこよくない」なんて絶対言わせない。

0:00。
「よし…終了……」
勉強を始めてから、6時間が経った。
でも途中、1時間の休憩を取ったので、正確には5時間。
翔愛には大きな進歩だった。
すごく大きな達成感が気持ちいい。
目標時間は5時間にしてしまったので、落書きが消されることはないが、でも今回は増えることもない。
翔愛にはすごく嬉しいことだった。
この積み重ねができれば、落書きは消えていく。
1週間後には、また元の『クエスチョンズ』に戻っていることだろう。
「やったー……5時間!」
もしかしたら、生まれて初めてかもしれない。
こんなに長く勉強したのは。
肩が痛い。
でも、それも頑張った証拠なのかもしれない。
今日は自分で自分が誇らしく思えた。
「寝よう……かな?」
いつもはここで、何のためらいもなく寝られる。
だが、今日は少しだけためらう気持ちもあった。
でも、寝不足だと余計にイライラするって言うし、和羽をこれ以上傷つけないためにも、それと明日も頑張るためにも、今日はもう寝よう。

今日は、落書きは1つも増えなかった。

明日も、頑張ろう。
翔愛は心に誓いながら眠りに落ちた。

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第3話ナゼ、なぜ、何故

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