アシタのアタシきつね

第1話

ちょ、ちょ、ちょっと待ちぃや。
もういっぺんゆーてみ。
はぁ?
なんでアンタと死ななあかんの。

あたしの母は、明日死ぬと言わはった。
よりによって、あたしも道づれらしい。
最悪やわ。
そう思いつつ、母がそんなんなってしもたのをあたしなりに推理する。
今日だけ、アガサ・クリスティーにさせてやー。
まず、原因を振り返らなあかん。
結果っちゅーもんは、過程があってのもんやからな。
うちは、母子家庭や。
母は丸々16年間、あたしをほっそい体で育ててきた。
でもな、だからって死ぬゆーことはないと思うねん。
経済的には、普通の男共より稼ぎは多いし、補助みたいなんももろてるし。
あたしは父がおらんからって不便はないし。
せやなぁ、でも大変やろな。
ほんま一人で、仕事も育児もやってきたんやからな。
母よ。アンタは偉い。
おまけに、今さらそない死ぬゆー話しちゃうしな。
ちゅーわけで、経済説は無いやろ。
男か?
こー、なんや?
フラレたーとかで人生さよならか?
それもちゃう。
仮にそやったとしても、母はあたしを道づれにするほど自己中な人やない。

…と思いついた原因は「あたし」やった。
あたしは、勉強もあんましできひん。
運動かて得意ちゃう。
顔かて不細工ちゅーわけでもないけど、特別良い顔でもない。
平均か、それ以下の普通少女や。
しかし、内面がちゃう。
ファンキーなんや。
ぶっ飛んでんねん。
証拠に東京生まれ東京育ちなくせに、関西弁なんかつこーてる。
おまけに奇声を上げる。
にも関わらず学校に於いての協調性には著しく欠けており、
先生方にはいじめを受けていると勘違いを受ける。
なんやねん、あたし最悪やんな。
間違いない。
原因はあたしなんやー。
母は責任とって心中やねんー。
アガサ・クリスティーは犯人が自分であることを推理した。


死の宣告を受けてから、もう2時間も経った。
あたしの余命あと僅か。
うさぎ屋の豆大福を頬張り、時計と相談。
果たして、いつどこでどうやって死ぬんだろ?
母に聞いてみよーかと思ったけど、
「明日6時にうちで練炭で自殺しますー」なんてゆわれたら、
あたしのナイーブかつデリケートな心が砕け散ってしまう。
でも知りたい。
うん。
知りたくないけど、あたし、知りたいんだ。
こんときあたしは、よくドラマなんかで見かける、
余命宣告を受けた患者の家族が妙によそよそしくて、
かえって不審に思ってしまう、患者の気分を痛感する。
だけど、余命宣告よりあたしの死の宣告のほうが、ずっと強力だ。
なんたって、最長でも24時間。
しかも、死は確実…だと思う。
ふざけて、「明日。あたしと一緒に死のう」なんて言えないわ。
それも真顔で。
あたしが2、3度聞き返しても、頷くだけだし。
だからきっと、本気なんだろなぁと思う。
でも、思う。
だから、思う。
「なんで母は、今日仕事に行くのだろう?」
明日死ぬんでしょ?
給料貰えないじゃん。
母よ、一体どうしたいのだ?

そんなことを考えてると、電話がけたたましく鳴り響く。

「はい、もしもし」
あたしは「○○さんですか?」と聞かれるまで、名乗らん主義だ。
「森田さんのお宅でしょうか?」
1年C組担任、佐藤 智也の声である。
「いいえ、違います」
あたしは応える。
だって違うから。
「申し訳ございませんでしたー。失礼します」
多少焦った感が受話器の向こうから伝わってきて、苦笑。
クラスの人間の名前くらい覚えろや。
あたしは「森口 瑠璃」森田じゃない。
しばらく、あの無機質なツーツーと云う電子音を聞いて、電話を元に戻す。

でも、電話番号は合っていたのだから、もう一度掛かってくるかな、と思い、
子機を手に取り自分の部屋に戻る。
艶やかな黒い電話に豆大福の粉が、あたしの指を形どっていた。



と、部屋に戻る前に電話が鳴る。
当たり前なのに驚いてしまった、あたしはおもわず電話を落としてしまう。

カツッ

フローリングの床に響いたそれは、どこか悲しげで、何かに似ていた。
そんな気がした。

そして、あたしは電話を取り、「通話ボタン」を押す。
「もしもし。森口です」
もりぐち、を強調して。
「あ、度々すいません。間違えてしまいました」
だから、間違ってるのは名字だっつーの。
非常に腹立たしい。
心配してる振りする前に、まずその対象人物の名の確認してくれ。
「申し訳ございませんー」
あたしの気持ちを名前も覚えられない担任が察してくれるはずもなく、
ヘラヘラとした態度で、再び電話を切ろうとする。
だから言ったのだ。

「先生。あたしは森口です。あたし、先生の所為で明日死にます。でわ」

駆け足で、そう告げて電話を切る。
「切」のボタンを押した後の電話からは、あの無機質な音が聞こえてこなくて、
なんだか死んじゃったみたいだ、と思った。
無機質なのに。
無機質。
あたしも、明日にゃ「物」になる。
死んだ肉になる。
電話なんかより、ずっと価値のない、邪魔っけな「物」になるんだ。
それでも、いいんだ。
母と、母と一緒なら。

そういえば、昔から何でも母と行動してきた。
服を買うのも、勉強するのも、音楽を聴くのも。
プライベートな時間も勿論あったけど、別に隠すようなことはなんにもなくて。
母は、あたしにとって、母であり、親友なのだ。
唯一の本当の友達、それが母である。


せやな。
あんたは、たった一人の母。
あんたは、一番の親友。
あんたは、あたしの大事な人。


せやから、そんな友達一人置いて死なせる訳にいかへんわ。
それに、担任から名前すら覚えてもらえないあたしに生き場所は、母しかあらへん。
めっちゃマザコンかもしれへん。
いや、マザコンやんな。
あたしは、それで別にええ。
マザコンゆーて、馬鹿にする友達もおらへんし。
ええねん。
それで、ええねん。
あたし、将来テレビ出て歌うたいたい。とか思てたけど、無理な夢。
でも、それだって、その唯一の親友が、
「アンタがテレビで歌ってんの見たい」なんてゆーてくれたからであって。
歌が好きだからであって。
カラオケに行きたいからであって。
そんな、あたしは可愛い女の子みたいに涙なんか流しちゃってる訳で。

正直に生きるっちゅーのは、難しくて、矛盾しちゃって、
優柔不断で、わがままやんな、って思った。
今持ってる、この電話さんみたいに、通話・切・通話・切ってやれたら、
随分楽になるやろなぁ。
そないなこと思ってたら、
「あ、さっきのアレ、あたしやったんか」と気づいた。
さっきのアレっちゅーのは、電話を落とした音で。
ほら、あのカツッて音。
あたし、悲しーんやな。淋しーんやな。

だから、お願いや。
あたしの大好きな親友。
服を買うのも、勉強するのも、音楽を聴くのも、もう一緒じゃなくてもええよ。
明日、一緒に死んでもええ。
カラオケだって我慢する。
言う事何でも聞く。
だから。
だから、お願いや。
仕事なんか行かんと、あたしとおってよ。
お願いやから。
世界の終わりなら、それでええから、それまで一緒におって。
そんでな。
欲張りかもしれへんけど、担任佐藤よ。
あたしを覚えていて。
アンタが殺した生徒を覚えていて。
よろしく頼むよ。

子機は涙で濡れて、あたしの想いと裏腹になんだか涼しそうだった。

【第2話に続く】

第1話アシタのアタシ

蒼き賞
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