SCHOOL OF LOCK!
SCHOOL OF LOCK!

昨年の未来新聞に記事を載せていただいた、ともぼー☆です。記事を書いてから今日までの約1年間、大きな動きがありました。この春に新しい家が完成します。記事を書いて半年経った秋の中頃、家を建てる準備が始まったと母から連絡があり、冬になる頃には建設が始まりました。まさかこんなに早く家が建つことになるとは思いませんでした。ぼんやりと想像していた”仮設住宅を出る日"が、いよいよ実現味を帯びてきたのです。この記事を書いている間にも建設は着々と進んでいます。今も時々、震災の夢を見ます。大音量で鳴り響くサイレンの中、津波から逃げる為に必死で高台へ走る夢。何度も大きな揺れに襲われる夢。車のエンジン音や重低音といった地響きに似た音が今も苦手で、体が思わず反応してしまいます。3月11日が近づくにつれて繰り返しテレビから流れてくる震災の映像も見ることができません。もしも、またあの時のような大きな地震が起こったら。あの時のような大きな津波が来たら。それが、あの時のように新しく建つ家に襲い掛かったら。そんな不安が一時も心の隅から離れずにいます。昨年記事を書いた時に、私は「”被災地”ということで“可哀想”と思われることが嫌だ」「人に震災のことを話すのを躊躇ってしまう」と書きました。それは今でも変わりません。ですが、書いてから気づいたこともあります。人に震災のことを話すのを躊躇ってしまうのは、震災の話をして相手に苦い顔をされるのが、煙たがれるのがとてつもなく怖かったから。ということです。痛みも悲しみも、全部をそのまま知ることは不可能です。もっと苦しんだ人を何人も見てきました。だからこそ、本当の気持ちを誰にも打ち明けられませんでした。打ち明けられなくて、上手く消化できなくて、どんどんこびりついて。とうとう気持ちが大きく折れてしまったこともありました。ですが、徐々に本当の気持ちを言えるようになってきました。学校にいる時にやや大きな地震があった時に友達や先生が心配してくれたり、気持ちが大きく折れてしまった時には優しく受け入れてくれました。昨年書いた記事を読んでくれた友達もいました。それだけでもう嬉しかったのです。優しい友達や先生に恵まれて、本当に幸せだと思いました。仮設住宅は、少しずつですが空き家が目立つようになってきました。6月には津波の被害を受けていた区間が復旧して、電車が完全に通る予定です。街は新しく変わりつつあります。私はこの春、専門学校を卒業します。卒業後は一旦実家に戻り、再開予定の両親の飲食店の手伝いをします。再開を待ち望んでくれている人達の為にも、精一杯頑張ります。家族みんなが元気に引っ越すことが、今の一番の願いです。

COPYRIGHT(C)TOKYO FM Broadcasting Co., Ltd. All Rights Reserved.