冬にタネを田んぼに直接まいて、イネを栽培する技術
オンエアレポート
2025.02.06

「冬にタネを田んぼに直接まいて、イネを栽培する技術」

今回のイノベーターは、岩手大学農学部の下野裕之教授です。

「冬にタネを田んぼに直接まいて、イネを栽培する技術」。こちらについて詳しく教えてください。
「イネは夏の作物で、通常、春にタネをまき、夏に大きく育て、秋に収穫します。
これは2000年以上前の弥生時代にイネが日本に入ってきてから、今まで続けられてきた標準的な作型です。
そのイネを冬に播くという、新たな技術を開発中です」
冬にタネをまいて、イネを栽培しようと考えたのは、どうしてなのでしょう?
「日本のコメ生産を担う生産者の高齢化に伴う、大量のリタイアが背景にあります。
結果、やる気のある大規模な生産者に、どんどんリタイアされた生産者の農地が集積してきています。
ただ、そのスピードが早すぎ、受け入れが難しくなってきています」
「受け入れが難しい原因の一つが春の作業集中です。
農業は季節に依存します。適期に作業を行わないとよい収量が得られません。
稲作全体の労働時間の40%以上は春の作業に費やされます。
春の適期に苗づくりや圃場の耕起(=土壌を掘り起こしたり反転させたりして、土壌を柔らかくする作業)などを
行わないと、いけません」
「ただ、限られた人数で、また限られた農業機械で、最適な春に播種(=種を土にまくこと)から移植までの
すべての作業を行うことが難しいことが背景にあります」
「特に積雪寒冷地ですと、冬には圃場に雪が積もっているので、雪解けを待ってからしか作業ができません。
また、秋が早いため、春作業が遅くなると、イネを大きく育てることができず、収量があがりません。
そこで、初冬にイネの種を直播きし、雪の下で、種子を越冬させ、春に芽を出させるのが
『初冬直播き栽培』です」

初冬にタネまき
こちらの技術は、どのような地域で使うことを想定しているのでしょう?
「今、現在は、実際の生産者が少数ですが、東北、北陸地方で利用しております。
特に、青森県、新潟県や岩手県、山形県、宮城県などの生産者が積極的に取り入れてくださっています。
把握している導入生産者数はまだ30生産者程度ですが、今後どんどん増えることが予測されます」
冬にタネをまいて育てたイネ、しっかり育ちましたか?
「芽がちゃんと揃ってさえくれれば、春にまいたのと同じく、よく生育します。
また、春に、田んぼに直接、タネをまくよりも、生育そのものが数日から1週間程度、早くなる傾向があります」
育ったイネは収穫したのでしょうか?
「研究機関で検査してもらったところ、通常の春にタネをまいたコメと同程度の品質であることを確認しています」

積雪寒冷地の田んぼ、冬の様子
現状、課題だと感じていることはありますか?
「課題は、やはり出芽率です」
「この技術で想定する出芽率は40%程度で、春に播種(=タネをまく)する約半分の出芽率になります。
ですので、タネをその分、多くまく必要が出てきます。
越冬でき、出芽まで至るタネを多くすることが、このタネのコストを下げることにつながります。
ただ、地域の気象により、あまり春とかわりなく、越冬できる地域もあります」
「なお、タネには特殊なコーティングをしています」
特殊なコーティングとは、何なのでしょうか?
「この技術(初冬直播き)では、タネを6か月以上の野外の土のなかで過ごさせ、生存させることが重要となります。
そのため、岩手大学では延べ100種類以上、越冬性を高めるためのタネへのコーティングなどを試した結果、
現在、有効なコーティング剤を見出しました」
「また、岩手大学では鉄粉を用いた新たなコーティング技術も開発し、特許を取得しております。
これらのコーティングが初冬直播きを行う上で必須となります」

タネにコーティング
こちらの技術。今後はどのようなことをしていこうと考えていますか?
「この技術を全国に広めるプロジェクトを立ち上げました」
「この技術は寒冷地向け、特に東北、北陸地方では徐々に認知度が高まり、
導入を検討される生産者さんが増えてきています」
「ただ、担い手不足のコメ生産という構図は、何も寒冷地に限ったことではないということを
全国の生産者さんや研究機関の方々と話していて感じ、この技術を全国に広げたいと思い、
プロジェクトを立ち上げました」
「冬に雪のない地域では、初冬だけではなく、
初冬から早春までいつでも、タネをまくことができる体系を提案したいと考えています。
初冬から早春までのあいだ、手の空いた好きなタイミングでのタネまきです」

こちらの技術を全国に広めることについては、どのようなことが課題だと感じていますか?
「初冬直播きでも、暖地ですと、暖かすぎて播種して、すぐに芽が動いてしまうことが懸念です」
「そうすると、越冬できません。種子は土の中で動かないで眠っていてもらう必要があります。
それをどう抑制するか、新たな種子コーティングを開発中です」

積雪寒冷地だけでなく、全国のコメ農家さんの負担を軽減する可能性がある、この技術。
全国に広めるための試行錯誤や新たな種子コーティングの開発、これからも応援しています。