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八木沼純子さんがフィギュアスケートでの挑戦を振り返る  (2019/01/12 放送)

先週に引き続き、今週もスポーツコメンテーターの八木沼純子さんをお迎えしました。

八木沼さんがフィギュアスケートを始めたきっかけは、5歳の時に近所の品川プリンスホテルのスケートリンクに行ったことだったとか。そこで行われていた幼児スケート教室の先生がオリンピックに2度出たことのある福原美和さんで、八木沼さんのお母様とは昔、後輩と先輩の関係だったそうです。

「で、『あらあらどうしたの?何やってるの?』みたいな話から『じゃあ、ここに1回入れてみようか』って習いだした、っていうのがきっかけで、その先生との出会いがなかったら続けてなかったと思います。」

ちなみに、八木沼さんのご家族に本格的にスケートをやっていた人はいなかったそうで、お母様と福原さんが品川プリンスホテルのスケートリンクで再会したのも偶然だったとか。

「だから、母にスケートリンクに連れて行ってもらわなかったら、スケートさえも知らなかったです。」


最初はそれほどスケートが好きじゃなかったという八木沼さんですが、福原美和さんは教えるのが上手くて、だんだんとそのマジックにハマっていったそうです。

「私は転んでは泣き、転んでは泣き、だったらしいんですよ。で、それふぁっとすくい上げてくれて、一緒に滑ってくれて、風を感じさせてくれるとすごく楽しくなって『また先生、来週来まーす!』って笑顔で帰らせてくれるような…上手いやり方を先生がしてくれたんですよね。」

「一番最初に『アクセルジャンプが飛べるようになったら試合に出させてあげる』って先生に言われて。『アクセルジャンプって何?』ってところから始まって、そこからなぜかプチ特訓が始まったんですよ。で、どうにかこうにか飛べるようになって、試合に出ました。で、結果は2位だったんですよ。」

「2位になったから嬉しいんじゃなくって、リンクを独り占めして1人だけで滑ることができるっていうのが面白かったんです。ちょっとこうヒラヒラした衣装を着て、1人で滑れるし、みんなに見てもらえるし、拍手くれるし…これもうちょっとやってみたいな、っていうのからハマっていきました。」


やがて八木沼さんが競技志向になっていくと、福原先生のレッスンも大きく変わっていったそうです。

「リンクを製氷する時に端っこに雪がたまるので、ホウキで掃くんですよ。で、ホウキの柄の部分ってありますよね。あの柄の部分を、それを持って私を教えだしたんですよね(笑)。選手を目指すとなったら、もうホントに怖い先生になったんですよ。」

「(やめようと思ったことは)もう何度もあります(笑)。何度も何度もあります。親とケンカするわ、先生ともケンカするわ…」

「でも、1回寝ると、必ず朝6時にはリンクに立ってるんですよね。いくらイヤだって思っても。だから、イヤじゃなかったんでしょうね。ストレスが溜まってて、うわーって発散して「さ、また頑張ろう!」みたいな感じだったんだと思うんですよね。」

また、八木沼さんはお母様についてこんなことをおっしゃっていました。

「特に母がずっといつもついてくれて、送り迎えしてくれて、リンクで見ててくれて、という母だったので、それはありがたかったですね。」


1987年のジュニア世界選手権で準優勝した八木沼さん。1988年には14歳にしてカルガリーオリンピックに出場します。

「いやぁ(オリンピックは)嵐の中にいるみたいで、うわーっとその中に巻き込まれて、終わってしまったっていう(笑)感じでしたかねぇ。」

「だから、私の中ではその後のほうが辛くて、“オリンピックに出た八木沼”っていう肩書ができて凄くありがたい反面、まだ自分がまったく実力がついていないっていうことをわかっていたので、辛かったっていう部分も多くて。ずっと“オリンピックの何々”の鎖に縛られてた感じでした。」

「だから、そこから脱却するのに数年間かかりましたけど、大学に入ってからだんだん自分自身が戻ってきて、変わってこれたかなっていう感じはしました。」


そして、95年に大学を卒業した後はプロスケーターとして活躍。2013年までの18年、『プリンスアイスワールド』に出演し、10年間に渡ってチームリーダーも務めました。

「私がプロ1年目の時に福原先生に言われたのが『あなた1人で滑っててもダメよ。お客さんにちゃんと手を差し伸べて、一緒に目を見て滑らなきゃプロじゃないわよ』って。」

「それまで私は現役上がりだったので、3回転もいろいろ飛べるし、『じゃあトリプルルッツ飛んで、トリプルループとトリプルサルコウ…』とかいろんなトリプルを入れてプログラムを構成してたんですよ。」

「で、『よおし、やってやった!』って。『今日は上手くいった!』って言っても、お客様の反応がイマイチだったりするんですよ。『なんでだろう?』って言って時に『自分で独りよがりで滑っていても何もみんなには感じられないから、もっと周りを見て一緒に手を取り合って滑らなきゃダメよ』って。なるほど…って凄く思いました。」


最後に八木沼さんにとっての挑戦についてたずねると「新たな出会いの始まり」という答えが返ってきました。

「もしかしたら私、まだそんなに凄い大きな挑戦ってしてないんだと思うんですよ。もちろん辛いなぁ、嫌だなぁって思うこともあるんですけど、それが新しい出会いの始まりにも繋がっていくと思うんですよね。」

「で、挑戦することが嫌だなって思わないで、前向きに『よし!絶対になんか良い出会いがある。探してみよう!』っていうふうに思えたほうが自分の中でもストンと落ちるし、スッキリするし、やってみよう!って思えるので、そういう考え方もありなのかなっていうふうに思いました。じゃないと辛すぎて…(笑)」

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