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高橋貢さんが著書『大人の上品ツヤ肌メイク』に込めた想い  (2021/07/31 放送)

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先週に引き続き、今週もヘアーメイクアップアーティストの高橋貢さんをお迎えしました。

京都出身で、今井美樹さん、三國連太郎さん、森高千里さんといった芸能人から、錦織圭さん、浅田真央さん、大坂なおみさんなどのアスリートまで、数々の有名人のヘアメイクを手掛けてきた高橋さん。ヘアメイクの仕事を目指したきっかけをこう話してくれました。

「元々はサロンに勤めてたんですけど、若かったので生意気だったんですよね。美容室での仕事があまり合わなかったんです。いわゆるファッション誌を見てたら、可愛い!と思うヘアメイクをしてる人が…クレジットが出てるじゃないですか…必ず同じ人なんですよ。新井克英っていうぼくの師匠なんですけど。そうか!って。ヘアメイクって仕事があるんだって、そこで初めて知ったんです」

「あ、ぼく、もうこの人にアシスタント付くしかない!と思って、京都にいる時に履歴書だけ送ってたんですよ。それで、上手くサロンを卒業させて頂いて、門を叩きに東京にピューンっと出てきたんです」


高橋さんはお祖母さんもご両親も美容師だったそう。

「なので、ぼくが継げば3代目だった。あと、叔母もです。叔母も美容師でした」

ただ、子供の頃から美容師になりたかったわけではないようです。

「まったくしたいと思わなかったです。逆にやりたくないと思ってました。ホントに最初はしかたなく、高校卒業と同時に昼間は美容学校に行って、夜は夜間の大学に行ったんです」

「ちょうどぼく、中学受験で立命館に行ってたんですね。それで、昼間は美容学校に行って、夜は夜間に行って。で、そのあとインターンでサロンに入るんですけど、サロンに入ってる間に、ホントにこの美容っていうものを本格的にやろうと思うんだったら学歴いらないわ、と思っちゃったんですね」

「それで大学の夜間の退学届を勝手に書いて(笑)…親の同意書もいるんですよ。それで字を変えて(笑)。そしたらスッって通ったんです。そして事後報告ですよ」


大学を3回生で辞めた高橋さんはパリへの留学も果たします。

「今でもあるんですけど、美容組合っていうのがあるんですね。で、そのパリに本部がある美容組合に、うちの実家も、ぼくの勤めてた美容室も入ってたんです。で、そこで年に2回、留学生試験っていうのがあって、それの1期の1回目がうちの父だったんですよね」

「(パリに行っていたのは)1年弱です。面白かったですよ。もう見るもの見るもの目新しくて…」

「向こうの美容学校で午前中講義を受けるんですけど、昼間は実技なんです。その実技は、お客様に安い値段で来ていただいて実践なんですね」

パリでは美容学校の屋根裏部屋で生活していたそうです。

「技術も学べましたけど、やっぱりファッションの世界、クリエイティヴな世界っていうのはこんなに面白いものかと。お洋服にしてもなんにしてもすべて。それこそ、もうお亡くなりになりましたけど高田賢三さんやら、三宅一生さんやら…。もう今はないですけどトキオクマガイっていう靴屋さんがあったりとか。もう錚々たるアーティストがパリに集結していた時代なので」

「言い方を選ばなく言うと、もっとクリエイティヴな仕事がしたいと思って日本に帰ってきた。それで、いろんなファッション雑誌を見てたら、さっきの師匠の…」


師匠の新井克英さんに履歴書を送った高橋さんですが、なかなか返事が来なかったとか。

「いつ返事来るかわからないので、その間、京都で燻ってるのはヤダわと思って(笑)。それで23の終わり、ほとんど24になりかけで東京に出たんですよ」

「でも生活しなきゃいけないので、割り切って。違うヘアメイクの事務所っていうのがあったんですよ。そこにとにかく入って。割り切ってお金を頂くために。それが1年ぐらいあって。1年経った時に(新井さんから連絡があって)面接代わりに1日アシスタントに付いてくださいって。もうダメかと思いましたよ」

「そこで初めて師匠とお会いして連れて行ってもらった撮影が…ananって今でもありますよね…高田賢三さんのタイアップページで、ロングのブロンドヘアーのトップモデルだったんです。で、カメラマンもスタイリストも、もちろんうちの師匠もトップアーティストでしたから、もうスタッフ全員素晴らしいスタッフだったんですよ。はぁあ、これだ!と思って、この人に付くしかない!って思って」

「で、そのままマネージャーのところに連れて行かれて、あんたね、ヘアメイクになりたいんだからね、感性豊かで神経細やかでよく気が利いて当たり前なんだからね!って。それができなかったらもうやる必要ないわよ、とっとと京都に帰りなさい!って言われたんですよ。いや、冷や汗出ました。そんなこと言われたことなかったので」


そんな経緯で業界に入り、フリーランスのヘアメイクアーティストとして今年で34年目を迎えた高橋さん。ヘアメイクの仕事を目指している人たちに向けてこんなことを話してくれました。

「今、ヘアメイクって学校がいっぱいあるじゃないですか。もちろんそういう学校に行かれて、そこからの推薦とか枠で就職されるのもありでしょうし。ま、ぼくの経験から言うと、やっぱり好きな人を見つけること。この人のヘアメイク好き!この人のお洋服好き!って思う人が見つかるといいんじゃないかなと思います」

「好きなもの、好きな人、好きな作品、こういうテイストが好きだ!っていうのを自分で突き詰める。そういう仕事をやっていきたいと思ったらどこに行けばいいのか。その人の門を叩けばいいのか、もしかしたら学校なのか、っていう方法で選べばいいんじゃないかなと」


先月、初めての著書『大人の上品ツヤ肌メイク』を光文社から発表した高橋貢さん。この本は主に60代以上の方に向けた内容となっています。

「女性は棺桶の中に入るまで女性。いや、入っても死に化粧があるっていうぐらいだから最後の最後まで女性でいて欲しい、っていう想いがあって。年だからとか、もう私なんて…とか思わないで、綺麗になる権利と可能性はどなたにでも平等にある、っていうことをメッセージとして伝えたくて。それで、好きなお洋服を着て、これで綺麗になったお写真を撮って、それが遺影でもいいじゃないっていう」

「(綺麗でいたいという想いはずっと)持ってたほうがいいですよ。諦めたところから老けます」

『大人の上品ツヤ肌メイク』の表紙を飾るのは、女優の風吹ジュンさんです。

「チャーミングですねぇ。自然なんです」

「シミとかシワっていうのは出来て当たり前じゃないですか。だから、隠すばっかりがメイクじゃないんですよね。その出来たものに寄り添って生きるっていうんですか。それが素敵な女性の生き方じゃないかなと」

「(メイクは)隠し切ることじゃないと思います。すごく気になってるところは隠したほうがいいですよ。でも、それを絶対、ベタ塗りして隠し切ることじゃない。全体を見た時にそこに目が行かなくなるように全体を仕上げる、そっちの方がいいと思います」


メイクの足し算が許されるのは20代までだという高橋さん。「それ以上の年齢になると引き算も覚えなきゃいけないと思います」とおっしゃっていました。

「お洋服もそうだと思うんですよ。頭になんかポーンとついてて、イヤリングも大っきいのついて、指輪もしてジュエリーもして、時計もして…だったら、もう家にある一流のもの全部付けてきたんじゃない?っていう。それじゃお腹いっぱいじゃん、と思っちゃうんですよ。今日の私のどこを見て欲しいの?って」

「ファッションもそういう見せ方が大事なんですよね。“抜け感”を作るっていうんですけど、そういうのは。メイクもその“抜け感”をいかに作っていくかっていうのは、年齢が上がるごとに覚えていただきたいことだと思います。自分でできます、ただ、失敗を重ねて重ねて覚えなきゃいけないです。美は1日にしてならず、です」

また、高橋さんは『大人の上品ツヤ肌メイク』でも書かれている“時短メイク”についてこう話してくれました。

「時短にするには日々のスキンケアです。いかに肌のいい状態を作っておくかによって…」「朝のお顔を洗って、そこからがメイクじゃないんです。夜、お家に帰られて、お化粧を落として顔を洗う、そこから明くる日の朝のメイクのスタートなんですよ」


高橋さんにメイクを通して学んだことについて伺うと、こう答えてくれました。

「ある方から頂いた言葉があるんですけど、その言葉を頂いて、はぁ…そんなに自分がありがたい仕事に就けて人の役に立ってるんだと思って、その言葉自体を財産にしているんですけど」

「それは三國(連太郎)さんから頂いた、メイクは人を綺麗にして、明るくして、笑い顔を作ったりしますと。そして、それぞれの持つ戦場に送り出す勇気を与えてくれるんですよって。だから、大げさに言うと人の人生を左右するぐらいの大切な仕事を貢くんはしているんですって。この言葉が財産です」

「(メイクは人生を変えるもの)ですよね。でも、そこまでのものだとは、ぼくはまったく気づかずに来たので。だから、それを言っていただいた時はすごい感激しました」


高橋さんにとっての挑戦とは「ぼくの生き方そのもの」なんだとか。ただ、本人的には挑戦してきたとは思っていない、ともおっしゃっていました。

番組では、そんな高橋さんの挑戦に関するメッセージを色紙に書いて頂きました!こちらを1名様にプレゼントします。このホームページのメッセージフォームから「高橋貢さんの色紙希望」と書いてご応募ください!
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